14勤
石には、塊でばらばらと割れる石と、断面がぱきんと平らに割れる石がある。石の性質や名前などを詳しくは知らないけれど、そういう石はトンカチなどで叩いた音も違う。がっがっとお互いを砕き合うような音と、きぃんと澄みきった音を立てて自らが割れるような石だ。
ここには、澄んだ音が響いている。私は周囲をぐるりと見回して驚きの息を吐いた。
澄んだ音は、硝子とも鈴とも違う。強いていうなら風鈴に近い気もするけれど、やっぱりどっちかというと石に近いように思う。よく伸びて震える、甲高いのに耳障りではない音を発しているのは、石の通路だった。
青い宝石なのか水晶なのか分からないけど、凍りつくような寒さはないから氷ではないのだろう。ごつごつとした表面は明らかに石なのに、あまりに透き通っているから硝子にも思える。
そんな通路がずぅっと続いている。同じ光景がずっと続いているから、近くに行かないと曲がり角も分からない。そして、曲がり角があることにも驚いた。これは、本当に通路なのだ。
「ここは、本来ならルスラン様しか使っちゃいけない場所なんだ。というか、ルスラン様しか使えねぇし、使って良くても誰も使いたがらないんだ。ここでは黄水晶が使えねぇから」
不思議で幻想的な光景に見惚れてしまう私の歩みはとても遅いけれど、ロベリアはつかず離れずの距離で前を歩いている。急かしも置いてもいかず、歩調を合わせてくれていた。
「魔術の使えない場所ってこと?」
「ルスラン様以外はな。この青い石には、黄喰い石と同じ性質がある。っていうか、これが結晶化したものが黄喰い石として使われてる。これは、その原石。王妃様も、ここ一回使ってるはずだぜ」
「いつ!?」
初耳だ。驚いている私に、ロベリアは首を傾げた。
「王妃様が初めてこっちの世界来た日。ルスラン様が一瞬で部屋に戻られたって聞いたから、ここ使ったんだろ?」
「ルスランの顔しか見てなかった……美形だなぁと……気づいたらルスランの部屋だった」
「勿体ないなぁ! 条件が決まっているとはいえ、瞬間移動できるのはルスラン様だけなんだぜ?」
「そうなんだ!? っていうかあれ瞬間移動だったんだ……勿体ないことした。今度やってもらお」
「全然勿体ない気がしねぇ! すげぇお手軽な感じでやってもらおうとしてる!」
「えー!?」
それにしても、初めてこの世界に来たときは、異世界に来た以外でもそんなに貴重な経験をしていたのか。全部が物珍しくて、何が普通で何が珍しいのか全然分からなかったので、確かに勿体ないことをした。今でも何が普通で何が珍しいかは全く分からないけど。
青い石の壁をぺたぺた触りながらゆっくり歩いている間も、ロベリアはたまに何もない場所を指さしては「ここが階段裏」「ここが本棚裏」「ここは暖炉の中に出るから迂闊に触るとすっげぇ熱い」と教えてくれる。
顔を近づけてまじまじと見たら初めて石の間に境目が見えた。鏡の部屋の中の扉と同じような感じだから、目が慣れてくればなんとか分かる。
ロベリアは指先で青い壁を撫でた。
「この石自体が特殊だから、城の中であればルスラン様はわざわざ扉を使わなくても行き来できるんだぜ。だからルスラン様はたまに使われてる。王妃様がここ通ったときも、いったんここを経由して寝室に戻られたはずだ。でもこの通路、絶対に誰かを連れては使わないんだ。だから、王妃様をつれてく時に使ったって聞いて驚いた。俺は鍵を貰ってるから自由に出入りできるけど。ここに入りさえすれば、後は純粋な肉弾戦だ。俺実はさ、肉弾戦も強いんだ。だから重宝してもらってるんだよ。黄喰いは敵も味方も同条件にさせるから、その上で役に立てる人間は重宝されるんだ。だけどまあ、まさか大事に抱え込んでた王妃様の護衛にされるとは思わなかったけどなぁー」
「災難だねぇ。ご愁傷様です」
「……王妃様さぁ、もうちょっと自己評価高く持とうぜ。胸張って高らかに『わたくしの護衛を務めさせてあげるわ。光栄に思いなさい。そして死んでおいきなさい!』くらい言わなきゃ」
「えぇー……」
ちょっとの高さがエベレスト。
自分に自信を持つのは悪いことじゃないけど、そんなエベレストだって恥じ入るレベルの自己評価の高さを持つには、私はまだまだ足りないことばかりなので、今はちょっと『私の護衛を務めさせられるんだ、災難だね……』くらいのレベルで勘弁して頂きたい。
ちょっとの高さがエベレストなら、ちょっとの深さはマリアナ海溝で挑みたいと思うので、よろしくお願いします。
右も左も、下手をすると前も後ろも分からなくなる青い廊下をしばらく歩いていると、ロベリアが突然ぴたりと足を止めた。立ち止まった位置の壁をよく見ると、薄ら境目が見えて、ここが扉なのだと分かった。
目印なんて一切ないのにどうやって判断しているのだろう。ここでは魔術が使えないとのことだから、感覚と肉眼で判断するしかないはずだ。
「こっから先、静かにな。すぐそこが会議室だから」
「……今更だけど、会議室って部外者入って大丈夫?」
会議をこそこそ盗み聞き。どう好意的に見てもスパイだ。私のバイトは王妃だったはずなのに、いつのまにスパイミッションが始まっていたのか。
「今日集まってる面子から考えて大丈夫だと思うし、秘密裏のやつ決めるときはもっと奥の部屋を使うし。それに、俺は入る許可があるぜ!」
「私は!?」
「……………………」
「ロベリアさん!?」
「…………黙ってたら、いいんじゃね?」
黙ってないと駄目というわけですね。了解しました。私は口元で指二本を交差させてバッテンを作った。ロベリアは怪訝そうな顔で首を傾げる。そして、不思議そうに手を持ち上げ自分の口元でバッテンを作った。訳が分からないのに付き合ってくれるロベリアは、かなりいい人だ。
「というか、黙っててくれねぇと俺が王様に殺される」
頷いて了承の意を伝える。バッテンを作ったままそう言ったロベリアは、やっぱりお口バッテンの意味は分かってないらしい。
そして、何故かしゃがんだロベリアが鍵を壁に近づける。すると、鍵の形がぐにゃりと変わった。どうやら扉ごとに鍵の形が違うようだ。鍵一本に至るまで不思議ファンタジーとは、恐れ入りました。
だけどこの鍵一本でいけるなんて便利すぎる。マスターキーだ。斧じゃないマスターキーを鍵穴がない場所に差し込むという、どこを切り取っても不思議しかないことをさらりとやってのけたロベリアの前で、きぃんと、おおよそ鍵が開いたとは思えない音がした。決して大きくはないけれど、妙に響く澄んだ音に、中の人にばれないだろうかとぎょっとしたけれど、慌てていないロベリアの様子を見るに大丈夫のようだ。
鍵を開けるときとは違い、ほとんど無音で開いた扉に、ロベリアがしゃがんでいた理由が分かった。ここの扉は普通の扉と比べて半分ほどの大きさしかなかったからのようだ。
ごそごそと四つん這いで中に入っていくロベリアの後を追う。まさかこの歳ではいはいが必須項目になるなんて思わなかった。物心つく前に履修しておいてよかった。ありがとう赤ん坊の私。おかげではいはいも寝返りも匍匐前進もできるよ。努力ご苦労!
進んだ先は、また壁だった。通路の扉が開くぎりぎりのスペースの先すぐに壁がある。狭くて薄暗い空間は左右に広がっていて、ここもまた一つの通路のようだ。通路の扉を開けたらまた通路で、お城って迷路みたい。そして、ルスランが通路を瞬間移動で省略した理由がなんとなく分かった。壁の裏をはいはいで進む王様。その辺のホラーより怖いし、王様に対しての夢はずたぼろなるので皆の夢はしっかり守って、これからもこの通路を使用するときは瞬間移動を貫いてほしい。
扉が小さいだけで、二つめの通路は立って歩ける高さがあった。けれどロベリアは中腰のまま進んでいく。はいはいの後に中腰はきついけれど、その苦行からはすぐに解放された。さほど歩かず、ロベリアが止まったからだ。膝立ちになり、壁に向かって何かをしているロベリアの隣に私も膝立ちで並び、その手元を覗きこむ。
ロベリアは、壁に爪を差し込んでゆっくりと開いていく。小指ほどの大きさが開いたら黙ってそこを指さし、横にずれた。そしてずれた先でも同じことをしている。もう一個小指ほどの大きさのスペースが開きそこを覗きこんでいる姿を見て、これが覗き穴だと気づいた。
そぉっと覗きこんだ狭い視界の中では、二十人弱の知らない人達が楕円形の大きなテーブルを囲って座っていた。老若男女、といいたいけれど、老男女といったところだ。若くて私のお父さんくらいの年齢はいっていそうだ。
その人達を、私は見下ろしている。中腰の位置に開けられた覗き穴なのに、座っている人達を頭の上から見下ろしているので不思議だ。いつのまに一階分上がったのだろう。不思議通路は、不思議建造物でもあった。もうこれ迷路でいいんじゃないかな。




