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白銀王と日帰り王妃  作者: 守野伊音
第一章
11/69

11勤







 今日は華麗なる日曜日。

 いつもならぐーたら昼まで寝て、気まぐれに適当な教科を予習して、飽きて、昼寝して、おやつ食べてゲームしながら、ルスランが鏡台の前に来るのを待っている日だったけれど、バイトをし始めてからは朝一で出勤している。私えらい。今朝はちょっと寝坊しかけたけど。




 空中庭園に引き続き水中庭園にも敗北した私は、今日は中庭にチャレンジしている。地面が浮かんでおらず、水も浮いておらず、魔力も必要としない素晴らしい場所だ。世界はこんなにも輝いている。


「あ、そこの橋魔力いるからちょっと待ってな」


 後ろを歩いていたロベリアが私を追い抜き、先端に菱形の石が浮いている棒の上に手をかざした。

 世界はこんなに輝いているけれど、水路は地上を這い回っているし、あちこちに魔力必須の小細工が施されている。これが、ちょこざいな! と避けられるタイプの小細工ならともかく、普通に散策する為の必須箇所に設置されているので、この中庭にも私が敗北宣言する日はそう遠くはないだろう。


 とにかく、魔力で人の気配を察知するシステムは早急にどうにかすべきだ。人の気配を察知しなければスプリンクラーよろしく水をぶちまけている噴水が止まらない仕様は、本当に今すぐどうにかしたほうがいいと思う。

 設計者は今すぐ名乗り出て、噴水が途切れるまで延々と待ち続けた私に謝ってほしい。そして、そんな私を放置してうとうとしていたロベリアは今日も美味しいお菓子を買いに行ってほしい。まじ許すまじ。




 この世界本当に魔力0に厳しすぎる。

 昨日の水中庭園も、魔術でなんやかんやして水壁を避けていると思いきや、個々の魔力に反応して水壁が避けているだけだと聞いたときの悲しみ。魔術ですらなかった。

 何でも、水壁を整えるために魔術を使っているため、変に他の魔術と反応して水壁が壊れても困るので、あの中では魔術が使えないよう黄水晶に制限をかける『黄喰い』と呼ばれる特殊な石が設置されているのだという。だから水中庭園では黄水晶が使えず、黄水晶が使えなければ魔術が使えない。だから、水中庭園内では魔術が使用できないのだ。

 黄水晶がなくても魔力が使えるルスランには、黄水晶が使えようが使えまいが関係ない話だけど。更に魔力が0の私にも一切関係のない話だけども!







「王妃様ってさぁ」

「んー?」


 水面をスライドするように橋板が滑り出てくる……いやこれ板かな……ガラスや氷っぽい。透明な推定ガラスはそれぞれが薄ら色づいて、向こうに行けばいくほど色が濃くなってグラデーションが綺麗だ。透明な内部は花や葉っぱが飾られていて可愛い。

 可愛いのだけど、何故こんなにも滑りそうな橋なのか。どうしてみんな滑らないのか。デザイン重視じゃなくて機能性を重視したほうがいいと思う。特に通路は。もっというなら、魔力0にも優しい町づくりを推奨して頂きたい。

 魔力0に厳しい町づくりのファンタジーな橋にそぉーっと足を踏み出す。


「夫婦仲、よくないの?」


 ロベリアは、私の足と同じくらいそぉーっと聞いてきた。


「え……よくなく見える?」

「いや、全然。寧ろ溺愛してるように見える」

「あ、よかった」


 そうそう、私達の愛は溺愛だ。ただし、あの日急遽結婚することになった即席の出来愛だけど。

 出来合いのおかずのほうがもうちょっと計画性がある、即席仕様、出来愛仕立て結婚だった。

 本日の錯乱メニューでございますから発生した結婚は、一応今日までつつがなく続いているので定番メニューと考えても大丈夫なはずだ。本日のおすすめ、日帰り王妃でございます。日替わり王妃じゃないんで、そこんとこ宜しくお願いします。




「特に王様はすげぇそう見える。だってさ、昨日どこから現れたんだよ。王妃様の居場所常に把握してんの? こえぇよ……」

「あー……かもねぇ」

「かもねぇって……呑気だなぁ、王妃様」

「ルスランは怖がりだから」

「……王妃様、誰の話してるか分かってる? え? 俺達ちゃんと噛み合ってる? 同じ世界に生きてる?」

「生まれた世界は読んで字のごとく違うね……おぉ、不思議橋」


 橋板は何枚も滑り出てきたけれど、いざ足を踏み出してみると長い一枚になっていた。不思議橋だけど、今更こんなことで飛び跳ねて驚かないくらいには慣れてきた。






「……まあ、何はともあれ、王様今日は無理そうだけど」

「ルスラン忙しいの? いつも忙しそうだけど」


 鼻歌を歌いながら、ご機嫌で橋の上に進み出る。滑っても制服だしいいやーと思ったけど、制服だからこそ明日学校だからまずいか……? と頭を過り、心持ち慎重さを足して歩く。

 その後ろを、しずしずおどおど、全く危なげなくロベリアがついてくる。



「王様は溺愛してるように見えるけど、王妃様は相変わらずよく分かんねぇんだよなぁ。呑気だし、毎日ひょいひょい日帰ってるし」

「学生は学業が本分なんで、毎日ひょいひょい日帰るよ、私は!」


 水路はあっという間に川になって湖に辿りついた。池かもしれないけど大きいから湖ということにしておこう。そもそも、池と湖の違いって何だろう。大きさ? 深さ?

 それにしても、ここは中庭だと何回言えばいいのだ。空中庭園といい水中庭園といい、ちょっとした空間が無い。今まで見たのは、ちょっとしすぎている大規模な空間だけである。

 入場料払って入ってきたほうが納得できる美しい光景がそこらじゅうに転がっているので、うっかりこれが普通だと錯覚してしまいそうだ。





「あ、魚」


 こっちの魚達は水中庭園の魚のようにLED内蔵を疑うような光は放っていないけど、太陽の光を鱗が反射してきらきらして綺麗だ。前を見ても後ろを見ても、橋を渡ろうとしている人はいないので、橋の途中でしゃがみこんで水面を覗き込む。

 小さな魚、大きな魚、一色の魚、欲張り色の魚。欲張り色の魚は、虹色くらいにしといたらいいのに、鱗一枚一枚色が違う。凄い、特選レベルだ。そんな中、底のほうで影が揺れているのに気付いた。じぃっと目を凝らしていると、徐々に上がってきたことでそれも魚だと分かった。


「君、水中公園にいた子に似てるねー」


 黒っぽいというか灰色というか、藍にも見えるし茶にも見える。よく分からない色だ。


「君の色のズボン欲しいなー」

「えー、欲しいかー? 地味じゃね?」

「上を明るい色にしたらいいじゃん。それか鞄とか靴」

「帽子とかもありだな」

「あー、私帽子あんまり得意じゃない。頭小さいからサイズが合わないんだよね」

細頭(さいず)?」

「あれ? なんか発音が凄い変だった気がする」


 西洋風でありながら、当然異世界であるこの世界では、どうやらカタカナで表記される系の言葉だとうまく通じない物があるようだ。たまに『それいまどんな字を当てはめた?』という発音で返ってくることがあった。


「ロベリア、フレンドリーって言ってみて?」

「腐憐鳥?」


 これである。彼の中でどんな字が当てはめられているのか私には分からないけれど、絶対フレンドリーな展開にならないことだけは分かった。

 しゃがみこんで、水面に指をつける。


「魚くーん、おいでー」

「魚は人間の体温でも火傷するから触んねぇほうがいいぞ」

「え!? それはまずい……ご飯も持ってないのに呼んじゃってごめんね、魚くん」


 上がってきてくれた魚に触らないよう、慌てて手を引っ込める。魚はぱしゃんと水面付近で跳ねて、ぐんぐん底に戻っていった。

 よっと立ち上がって、目的地目指して歩く。






「座れるところってこの先?」


 進行方向を指さしたら、ロベリアはそうそうと頷いた。

 今日の拠点は、この中庭にある東屋を予定している。私の所為で毎日拠点を変えなければならないけれど、ロベリアは特に気にした様子もなく色々候補を探してきてくれる。けれど、気の所為だろうか。回を重ねるごとに、王妃の休憩場所というより、彼のお昼寝スポットに案内されているような気がしてきた。


「奥まったとこにあるから滅多に人来ないぜ。だからこそ、来てる奴は大抵訳あり」

「えぇー……先客いたら進むのも戻るのも気まずいじゃん……」

「まあ、ほんと滅多にいないか、ら…………」


 橋を渡り切り、魔力必須ボタンが無くても最初から設置されている地面という素晴らしい足場に到着する。渡ってしまえば多少前を見てなくても平気なので、後ろのロベリアを見ながら話す。だが、不自然に口を閉ざしたロベリアに嫌な予感がして、視線を前に戻した。


「お、王妃様……ど、どうしましょう……」


 きちんと手入れされているお城の中では珍しく、生い茂った森みたいに重なって植えられた木の影に、白い屋根が見える。木々に埋もれる形で建っているこじんまりとした可愛い東屋が、本日の拠点なのだろう。

 だが、おどおどロベリアになったということは既に先客がいるらしい。

 仕方がない、引き返すかと足を止めたら、呻き声がした。




「えぇー……」


 なんだか聞いたことがあるぞと、嫌な予感しかしない。嫌な予感はするけれど、具合が悪い人がいるなら見捨てていく訳にはいかない。しかもこんな人通りのない場所で何かあったらと思うと、一応確認だけでもしていかなければならないだろう。たとえ、ロベリアがうへぇという顔で私の袖を掴み、首を振っていたとしても。


 木の影からそぉっと東屋のほうを覗き込んだから、きらきら金髪の青年が椅子に頭をつける形で地面に蹲って呻いていた。

 帰ればよかった、東屋散歩。

 しかも、人の気配に気づいたのか、金髪の頭が上がり、私達を見てべそりと呻く。


「お、王妃様……うっ……」


 嘆いているのか呻いているのかよく分からない声で呼ばれて、私とロベリアは天を仰いだ。

 人はこれを自業自得と呼ぶ。








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