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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第九章 立ちはだかる要塞群
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第298話 赤黒い光

 トゥームは、前方に集まり始めた操られし者達と魔導師ゾレンの挙動を見逃すまいとして、ぴたりと槍を構え鋭い視線を向けている。


 だがその背中で、三郎がどのようにシャポーへ答えるのか聞き耳をたててもいた。


 ゾレンは巨大魔法陣を操り、クレタス全土の脅威となり得る程の相手だ。セチュバーの企てた内乱を利用し、暗躍して現在の状況をつくり出すだけの「狡猾さ」も備えている。


 もし、三郎がシャポーに攻撃の許可を与える際、ゾレンを死なせずに捕らえることを優先するよう言うならば、その難しさを伝えて考えを改めさせる必要がある。それは、自分の役目だとトゥームは考えていた。


 シャポーならば、生かしたまま捕縛するのも不可能ではなかろうとトゥームも思う。しかし、敵を捕らえるのは命を奪うよりも難しい。強敵ならば尚更だ。


 トゥームが「剣として仕える者」として決意を固めていると、三郎の言葉が彼女の耳に届いた。


「シャポー、殺す覚悟が出来ているなら、攻撃魔法を許可します。出来ていないなら、今まで通り防御側にいてもらいます」


 真剣な表情であることがわかる口調だ。


「覚悟は……できているのです。セチュバーの人々を、魔導の道具として使い捨てているのは、魔導師として見過ごせないのです」


 シャポーの声からも、強い意思が伝わって来るようであった。


 三郎は、視線逸らさぬシャポーの瞳に本物の覚悟を見て取ると、静かに瞑目した。


「攻撃魔法の使用を許可します。ただし――」


 目を開いた三郎は、僅かに表情を崩す。


「危なくなったら無理はしないこと。仲間に助けを求めること。いいね」


「はいです」


 シャポーは真剣な表情のまま、こくこくと頷いて返すのだった。


「トゥーム、シトス、ムリュー。シャポーの援護をお願いしたい。標的はゾレン」


 三郎が言うと、シトスとムリューが「スィッ」と前を向いたまま了解を伝えてくる。三郎の声から戦いの方針を聴き取ったグルミュリアが、後方のドート軍に「ゾレンには我々が対処します。近寄る敵の軍勢を抑えてください」と指示を送った。


「殺す覚悟だなんて、問題なかったの?」


 トゥームは三郎に近づき囁くように問う。


 野盗すらも法に照らせと口にする者の言葉とは思えなかったからだ。


 一瞬何を指しているのか分からない顔をした三郎だったが、すぐに理解した様子となり小声で答えた。


「既にクレタスで魔導罪人として裁かれている人物だから、俺が口を挟める相手ではないんだよな。でも、命を奪うって選択と判断は、シャポーに背負わせるんじゃなく、俺が背負うべきものだとも考えた。攻撃を許可すると言うよりも『お願いする立場』だとも思ったしさ」


 二人はシャポーに聞こえぬよう小さな声量でやり取りをする。


 彼女に余計な気遣いをさせないためだ。


「なるほど、ね。貴方がこちらへ来る前に私達が法で処罰した物事を、ひっくり返すのは違うってことね」


「そういうこと」


 三郎の相槌に、トゥームは腑に落ちた表情をする。


「サブローは馬車まで戻っていて。グルミュリアさん、護衛をお願いします」


「はいはい。天啓騎士団でしたっけ、彼らも追いついてくれたみたいなので、サブローさんの安全だけはきっちりと保障しておきます」


 グルミュリアは、三郎の襟を掴むと引きずるようにして馬車へ戻ってゆく。


 天啓騎士の名を聞いて思わず振り向いてしまったトゥームの目に、走り疲れてふらふらになっている騎士達が映った。


「サブローの安全『だけは』って……ううん、深くは考えないようにしておくわ」


 トゥームは首を振って、再び前を向くのだった。


***


 ゾレンは、干からびた魔導師の死体を眺めていた。


 亡骸を持ち上げているのは、ゾレンの背後から伸びる黒い腕だ。魔導文字が赤黒く明滅するその腕は、ゾレンの積層魔法陣から発生した太い蛇のように曲線を描いている。


 死体を前にするゾレンは、魔装臼砲への体内魔力の流出速度や肉体に発生したであろう熱エネルギーの計算をしつつ、屍術式を施すことで果たして戦力として使い物になるのだろうかと思案している所であった。


「魔力を全て失っている上、たんぱく質の劣化も見られるか。屍術を行使したとて、一般的な死者並みの性能は得られまいよ」


 ぶつぶつと呟いたあと、ゾレンは興味を失って先頃まで魔導師であった物を投げ捨てる。


 その時、歩いて来る数人の人影に気付き顔を向けた。


「死者を冒涜してはならない。尊敬する教会の理事様の言葉なのですよ」


 歩みを止めた者の中から、シャポーがゾレンに言った。


 ゾレンは、まだ距離を置いている状態で見習い魔導師の静かな声が聞きとれたことで、精霊魔法によって声を届かせたのだなと興味を覚えていた。二人のグレータエルートの存在があったからだ。


 見習い魔導師とゾレンの間に立つようにして、修道騎士が槍を構えている。


(面白い。エルート族に精神支配が機能するのか、是非とも試してみたいのだがね。修道騎士ならば屍術の支配下とした暁に、どれ程の戦果を上げれるのだろうか。こちらも実に興味深いではないか)


 彼らを遠巻きにして、ドート軍と操られし者達との戦闘が再開しており、金属音やドートの兵が上げる戦いの声が空気を震わせている。シャポーの発した通常の話声など、ゾレンまで聞こえようもない環境になっていた。


「これはこれは、魔装臼砲が発射できぬと見抜いた見習い魔導師ではないか。エルート族に修道騎士殿まで、私に何か御用かね」


 大袈裟な身振りに合わせてゾレンが言う。


「こちらは、武器も持たぬ魔導師一人なのであるからして、声も届かぬ距離で立ち止まる道理があろうかね」


 ようこそと言わんばかりにお辞儀をしたゾレンは、胸元に片手をあててみせた。


 相手の所作を観察していたシャポーは、視線を切るようにトゥームの背後に顔を移動する。


「前方の空間に、攻撃用のトラップ魔法がいっぱい仕掛けてあるのです。迂闊に近づくのは危険なのです」


「あー、何だか嫌な気配がするなって思ったのは、それかぁ」


 シャポーの言葉に、ムリューが肩をすぼめて見せた。


「殺気だらけだものね」


 トゥームも察知していた様子でため息をついた。


「操っているセチュバーの人達を背後にも置いていませんから、彼の周り全方位に魔法の罠が張り巡らされているのでしょうね」


 シトスの言う通り、護衛を配置できる時間があったにもかかわらずゾレンの周囲には敵軍勢の姿が無い。


 シャポー達の慎重な様子に、ゾレンががばりと顔のみを上げた。


「警戒するのは良いことだ。であるが、行動が遅ければ先手を取られるのだよ」


 手入れをしていない白髪から、歪んだ笑みを覗かせたゾレンが呪文のように言い放つと、左右に展開しているドート軍をかき分けてゾレンの操るセチュバー兵が数人飛び出した。


 体中に負った深い傷にもかかわらず、セチュバー兵はシャポー達に向けて全力で駆けて来る。人族の限界を超えた速度であるところから、ゾレンにより脳の制御を操作されているのは明らかだった。


 シトスとムリューが左右に飛び出し、接近する者達を次々に行動不能にさせて行く。


「こんなの使い捨てじゃない。気分悪い!」


 ムリューは憎しみを込めて叫ぶ。切り伏せている相手は、ドート軍を抜け出た時点で致命傷を受けているのだ。


 トゥームは、どちらの援護に入るでもなく、シャポーの前に立って修道の槍を構えていた。


「騎士は慌てぬか」


 片眉を上げて言うと、ゾレンは右手を前方に差し出し、くいっと持ち上げる動作をする。


 シャポーの近くの地面に変化が起こり、屍兵が地面から這い出してきた。トゥームは、シャポーに一番近い屍兵との距離を一瞬で縮めると、槍のヴァンプレート部で跳ねのける。


 新たに出現した四体の屍兵とトゥームは、交戦状態へと突入した。


 トゥームは、大地に仕掛けられている巨大魔法陣以外の気配、屍兵の存在を察知していたのだ。


「屍兵では長く持たぬかな。なれど、見習い魔導師を護る余裕はあるまい」


 ゾレンの差し出した指先に、複雑な魔法陣が出現する。二十面体を構成する法陣は、赤い光を巡らせて、瞬時にゾレンの魔力を集約させてゆく。


『ゾレン・ラーニュゼーブの名を起動の鍵とし、二十の魔法陣を解き放つ許可とする』


 二十面体は圧縮されたかのように小さく変化すると、間を置かずにシャポーへ向けて解き放たれた。


 音を置き去りにした赤黒い光が、シャポーの胸を貫かんと迫る。


 ゾレンが一人目を狩ったと確信した次の瞬間、鈍い低音が短く鳴った。


「防御魔法を、使う時間など……」


 ゾレンは目を見開いて、絞り出すように呟く。


 己の魔法が、見習い魔導師に到達することなく金色の魔法陣一枚に阻まれ、空中で完全に停止していたのだ。

次回投稿は6月11日(日曜日)の夜に予定しています。

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