第280話 どこから湧いて出た
(教会魔導講師殿から助言をもらい、想定よりも短時間で魔法陣の解析を終えることができたな。しかし、教会はどのような伝手を使って、これほど優れた人材を講師に招き入れたのだろうか。クレタス内にカルバリ魔導研究院と肩を並べるような、魔術の研究や魔導師育成に精通している組織なんぞ、私の知り得る限り存在しないはずなのだが・・・)
エルダジッタのリーダーは、解析作業を完遂させると、シャポーの横顔へちらりと目をやりつつ己の記憶に問いかけていた。
研究院や宮仕えをしていない在野の魔導師が、私塾を開いているのは間々ある。だがそれらは、素養ありとおぼしき人材を弟子として、魔導師検定試験を好成績で通過させるのが目的の魔導塾だ。魔導の精鋭エルダジッタと意見交換――そのうえ助言までも――ができるレベルの見習い魔導師を私塾が輩出したなど、耳にした覚えもなかった。
近年において、天才と呼ばれるセチュバー宰相メドアズですら、魔導師検定試験をトップで通過した後に、魔導研究院にて多くを学びその才を伸ばした。試験を受ける前の見習いだった時点で、彼がエルダジッタと同レベルの魔術式が使えたかといえば、答えは『否』だ。
魔導研究をするには、個人では所有も管理も困難と考えられる高価で高精度な機材が不可欠だ。当然維持するためのメンテナンス費用も機能に比例して高額となるのは言うまでもない。例えば、魔含物質の分解や合成を行い、新たなる元素や粒子を生成し観測するための設備ともなれば、巨大な装置が必要となるので物理的な土地面積を確保せねばならないのだ。
そして、魔法の鍛錬を行ったり研究の成果を試験したりするには、相応の魔力耐性を強化された施設を使用せねばならない。生命に危害を加える可能性のある魔法であれば、外部への影響範囲拡大を抑えねばならなためだ。また、初めて実験として行使される術式ならば、必要以上の魔力供給を行ってしまい暴発させた場合、魔力溜まりを生成してしまうこととなる。魔力汚染の原因ともなり、人体への悪影響のみならず動物などを魔獣化させてしまうことにもつながり、部屋全体に漏魔力防止措置が施されている事が望ましいというのは、魔導師業界の常識だ。
魔導師達は、よりよい環境で魔導の研鑽に打ち込めるよう、結果を出し論文や術式を世に発表して互いに切磋琢磨している人種といえる。
例外的に上位と認められた一握りの魔導師は、専用の特殊な機器類や試験室を所属政府や公的機関などから貸与され、専門分野に特化した独自の研究を行う者もいなくはない。それでも、巨大な装置を必要とする実験においては、魔導研究院などの設備を使用せねばならない場面が往々にして発生する。カルバリ行政府や魔導研究院は、施設管理者の立場でもあるため、上位魔導師やその弟子などの情報を把握している状態だといえよう。
「あんな優れた見習い魔導師がいるなんて、噂でも聞いたことがないですよね」
リーダーのようすに気付いたのか、女性魔導師がぼそりと呟く。その視線は、手にしたゲージへと注がれたままだ。
彼女含む四名の魔導師は、ゲージに集約していたゾレンの魔法陣の解析データを、次段階となる解除魔法への足掛かりとするため分析に取り掛かっていた。
準備していた解除の術式で対応が可能なのか、はたまた別の術式を加えねばならないのか、緻密な計算が四人の間で相互にやり取りされている。
「君もそう思ったか。魔導の資質が高い者は、それほど多いわけではない。解析の最中にも、我々へ術式変更を数回も助言できるほどの見習い魔導師。カルバリよりも先んじて教会が見出し、あまつさえ講師にしているなど、前代未聞と言ってもいい」
第十一要塞に視線を戻しながら、リーダーは言葉を返した。
エルダジッタ部隊の解析魔法は、相手側に感知されることなく作業を終了している。だが、警戒やトラップ魔法の種類によっては、解析魔法の残留魔力を検知して作動する物も存在する。故に、リーダーの魔導師は解析魔法を引き上げた後も、ゾレンの魔法陣に妙な動きが発生していないか見張る役目を負っていた。
分析が終了してゾレンの魔法陣の全てが明らかとなれば、見張り役の要不要も判断ができる。だが、現在は情報分析中のため、危機回避策としてリーダーが直接目視で確認しているというわけだ。
「深き大森林に設置された巨大魔法陣を解除したとか、さっき本人が言ってましたよね・・・」
「末恐ろしい。いや、現時点で我々と肩を並べているのだから、既に恐ろしい才能の持ち主と呼べるかもしれないな」
精鋭エルダジッタの紋章を背負うだけあって、二人は雑談を交わしながらも各々の役割をきちんとこなしている。
女性魔導師は、高速で展開される術式の解を次々と入力して、解析対象の魔法陣の全容を少しづつ解明して行く。リーダーは視神経の魔力感知能力を高め、目の前の敵の魔法陣に不自然な揺らぎが生じていないかをつぶさに観察し続けていた。
(十三層からなる二次元多層構造魔法陣だなんて、魔導罪人とはいえゾレンの魔術の才だけは本物と認めざるを得ない。解除作業に取り掛かるのは、休憩を挟んで明日の朝からになるかも)
分析の手を止めることなく、女性魔導師は頭の片隅で作戦スケジュールを組みなおしていた。四人がかりなので作業としては順調に進んでいる。それでも尚、周到にパッケージングされたゾレンの術式を解除するためには、今少しの準備と時間が必要だと予想された。
西へと傾いた日の光は、高いクレタ山脈の稜線に差しかかろうとしている。
セチュバーの観測兵にも状況を伝えねばなるまい、と考えを巡らせていた女性魔導師の耳に、魔導師少女の声が入ってくる。
「あの~、お忙しい所だと思うのですが、十四層の構造解析が終わりましたので、良ければ見てもらえないかと思いまして」
「え?十四層?」
女性魔導師は思わず聞き返す。
「はい。二つの警戒用のトラップ魔法陣と一個の位置座標を固定する魔法陣を除きまして、残る十の魔法陣に一点ずつ同位体魔含元素が存在するのです。等間隔だったので魔力量の順に繋ぎ合わせると十芒星が形成されているのがわかりまして、パッケージ魔法のエネルギー伝達ルート制御をしているのが判明しました。魔法陣の解除順を示唆する手掛かりとなるのですよ。平面多重構造であるが故に仕込めた、安全装置のような働きもする魔法陣だったのです」
シャポーが地面に置いたゲージを、エルダジッタの面々が覗き込む。
そこには、十三層構造の魔法陣が描かれており、別に浮かび上がったという十芒星が隣に図示されていた。
「分析を終えて、図に起こしている、だと?」
飛び出しそうなほどに両目を見開き、リーダーの男が絞り出すように言った。
エルダジッタ四名で分析途中であるものを、既に魔法陣の図面にまで描き終わっているという事実に驚きを隠せなかったのだ。
「皆さんが解析データを共有してくださっていたので、解析されている最中にですね、順次図式化させてもらっていたので早くできました」
にこにこと笑顔で言うシャポーを、口をぽかんと半開きにして見ている者すらいた。
「えっと、質問してもいい?吸い上げたデータをダイレクトに多層魔法陣の構造に形成してたってこと?」
「法陣を構成する基軸元素ごとにレイヤーを作っておいたので、はめ込んでいくだけで概要は掴めましたのです。データが出揃った時点で、パッケージ魔法として再計算して修正をかけまして、思考実験的に発動状態を再現することで同一効果が見込めたので、整合性も問題ないと考えられるのです」
女性魔導師の疑問に、シャポーは嬉しそうな表情で鼻息も荒く答えるのだった。
女性魔導師は、リーダーの肩をがばっと掴み、顔を近づけて小声で言った。
『隊長。この子が我々と肩を並べてるとか言ってましたよね。解析中にデータ構築をしてたとしても、流石に速すぎやしません?』
『あ、ああ。少しばかり、いや、かなり早すぎるかな。どこからこんな魔導師が湧いて出てきたんだろうな。だが、我々だって、同じ時間があれば分析くらいは完了できたんじゃないかな。ははは』
『ははは、じゃないですよ。四人で分析までは終わらせられた「かも」しれません。が、図式までなんて無理ですよ』
『ははは』
『現実逃避しないでください』
ごにょごにょとやり取りする二人を、シャポーがきょとんとした表情で見つめていた。
「あ、何か見落としがありましたでしょうか」
はっと気づいた表情に変わり、シャポーは自分のゲージを素早く操作して、データと術式を螺旋状に並べかえ再計算を怒涛の勢いで行う。
(((((はっや!)))))
エルダジッタの五名が抱けた感想は、たったその一言だけだった。
「むむ~。解析でいただいた情報は漏れなく使用できてますね」
確認を終えたシャポーが、難しい顔をして首を捻っていた。
「シャポーさん。構築した法陣の情報を、我々にも共有してもらっていいでしょうか。もちろん、整合性の確認もさせてもらいますが、先程『魔法陣の解除順』の話をされていましたよね。その点を詳しく説明してもらえないでしょうか」
エルダジッタのリーダーは、襟を正すと、首を傾げているシャポーに言った。
「もちろんなのです。解除の順番は、同位体の質量数が小さな魔法陣からだとおもうのですよ。なぜなら―――」
表情を明るくしたシャポーは、皆のゲージへとゾレンの魔法陣の情報を送ると、説明を開始するのだった。
リーダーは魔導師としての長年の勘で気付いていた。この教会魔導講師少女の説明は、解除作戦の正確な手順なのだろうな、と。
次回投稿は2月5日(日曜日)の夜に予定しています。




