第260話 腹部を圧迫する者
エルート族の陣営に戻った三郎達は、ケータソシアの使う指揮官用天幕に身を寄せていた。
体調の悪い三郎は、ふわふわの毛布にくるまって、天幕の隅で寝息を立てている。そんな三郎を枕に、広範囲魔法の制御で疲れていたシャポーも、すやすやと規則正しい呼吸で眠りについていた。
当然、ほのかもその仲間に入っており、三郎をベッドがわりにして大の字になっているのだった。
「モは、あっちの仲間に、入りたい」
「何言ってんの。描族の指揮官なんだから、寝て貰ってちゃ困るじゃない」
羨ましそうに三郎達を指さす描族のモに、ドワーフ軍の将軍マイリュネンが答える。
「モは、目の前の獲物を切り裂くだけ。作戦とか、あんまりない」
「描族ってば、クレタス内でも戦闘力はずば抜けてるもんね。でも、モだって狩りの時にチームワークくらい組むでしょ。そのための話し合いだって思えば、必要じゃない」
「モ達だけなら、仲間の動きにその場で合わせて、チームワーク完成。他の種族いる、話すの必要、とてもなっとく」
ふんふんと得意気に鼻を鳴らして、モは納得の意思を示した。マイリュネンが描族は強いと褒めたのも、大いに効果を発揮した様子だ。
「さて、洞窟内部の道の整備について、諸王国軍が全面的に引き受けてくれたところまで、皆さんよろしいですね」
眠っている三人へ温かな視線を向けた後、ケータソシアが軍議の再会を促がす。
「根を傷つけぬよう、ドワーフ軍本体から監督役を出しておるし、問題なかろう」
髭を撫でつつ、ゴボリュゲンが返事をする。隣に座るマイリュネンが、うんうんと自信たっぷりに頷いていた。
現在洞窟を支えているのは、メーシュッタスの巨樹なのだ。根や幹を傷つけるのは、洞窟を崩壊させる愚かな行為と言える。
洞窟といった構造物に見識が広く、なおかつ精霊にも親交のあるドワーフ族が、現場監督として立ち会っているのだから安心以外の何物でもない。
「半壊状態にある第六要塞の内部偵察についてですが、作戦に当たれるグレータエルートを全て投入しました。現在、第六要塞の前まで到達し、進入路を確保中との報告が来ています。多くの敵兵の生存を確認した場合、戦闘には入らず、状況報告だけに留めるよう指示を与えています」
「危険な役目ばかり負ってもらってすまんな」
ケータソシアの報告を受けると、ゴボリュゲンが申し訳なさそうに言った。
「先の行動では、ドワーフ族とシュターヘッドに助けられたと言えますから、お互い様ですよ。それに、洞窟内はメーシュッタスの森と呼べるほどになっていますから、我々が適任です」
にこりと笑って、ケータソシアはゴボリュゲンに返す。
「そう言ってもらえると助かる」
責任感の強いドワーフ族の指揮官は、頭をぼりぼりと掻くのだった。
「修道騎士団の方々にも同道いただいていますので、仮に戦闘となった際にも問題なく撤退できるでしょう」
「それなのですが、カーリアから『身を盾にしてでもエルート族を護る』との連絡が入ってきたので、一応ですが、全員無事での帰還を最優先に考えるよう、強く返しておきました」
ケータソシアに付け加えるように言ったトゥームの話しを聞き、ゴボリュゲンが「気概やよし」と笑うのだった。
「しかし、修道騎士の方々が、根の張った森とも呼べる足場の悪い状況で、我々グレータエルートに遅れもせず付いて行けるとは、流石としか言いようがありません」
「深き大森林など、本物の森であったならば話は別ですよ。元が平たんに整えられた道で、障害物が設置されてしまったと考えれば、訓練はつんでいますからね。現に私も、深き大森林の移動時には、乗り物に乗せてもらいましたし」
トゥームとケータソシアが互いに「御謙遜を」「いえいえ」と譲り合うのを見て、描族のモが手を上げる。
「モは、森の移動も得意。なんなら、今から追いついて、手伝える」
二人の互いに認め合っている様子が、羨ましく映ったようだった。
「確かに、描族の身体能力はずば抜けてるもんね。でも、偵察任務だから、適材適所が大事なんだよ。モが、敵を見つけたらどうしちゃう感じ」
「殴る」
「でしょう。もし、敵がご飯食べてたらどうする」
「奪う」
「でしょー。そういうのが必要な時に、モ達には動いてもらうからね。言わば、作戦を立てる時の選択肢として、備えておいているってこと」
マイリュネンの言葉に、モは「偵察面倒」と言って納得した。
「描族には、牙を研いでおいてもらわねばならんのは確かだわい。いつ激しい戦いとなるやも分からんからな」
「ゴボリュゲンが言うなら、信用できる」
モは、確信を得た力強い口調で言う。
「ちょ、アタシのことを、完全には信用してないみたいに言わないでよ。他の種族の偉い人が居るって分かってて、やってるでしょ。一応将軍なんだから、信用されるって大事なんだからね」
ぷっくりとした頬を膨らませて怒る様は、とても迫力に欠けたものだ。抗議の声を上げるマイリュネンを気にすることなく、モは「偉いとかどうでもいい、戦いに、仲間意識が大切」と、正論のように聴こえる訳の分からない答えを返すのだった。
「お前ら、儂が普段から甘やかしてるように見られるからやめんか」
いつもこんな調子なのだろう。ゴボリュゲンの声には諦めにも似たため息が含まれていた。
「お主らも、その温かい笑顔を向けるのをやめてくれ。とんだ恥さらしだわい」
ケータソシアとトゥームへと言った言葉には、さらに大きなため息が込められるのだった。
ゴボリュゲンが、軍議だというのにピリピリとしていないのには理由がある。
この場には、彼が『身内』と考えている者しか顔をそろえていないからだ。
人族の諸王国軍は、完全に出遅れてしまったのを穴埋めするように、全軍総出で洞窟内の舗装を請け負っている。
中央王都の軍はといえば、スビルバナンの教えを受け、テルキが実戦力として使い物になる編成を必死に組んでいる最中だ。
グレータエルートの軍には、シトスや軍の副官らを始めとして、優秀な指揮官が揃っており、第六要塞の偵察にいち早く動き出していた。
ドワーフ軍の本隊に至っては、やることは変わらないとばかりに、洞窟の補強作業から速やかに行軍路の舗装整備に移行し、参謀官ドンドス指揮の元、休むことなく作業を続けている状況だった。
軍議とは言っているが、各所からの情報を受け取り、非常時に備えているだけに過ぎないのだ。
目下、一番気を配っているのは、第六要塞の偵察についてであろう。それですら、指揮官クラスの者達が複数配備されているので、報告を待つだけの体制となっているのだが。
そして、この場が設けられているもう一つの理由は、言わずもがな三郎を休ませるというものだった。
「あまり長くは時間も取ってやれんだろうが、サブローは回復できるかのう」
髭に手を当てながら、ゴボリュゲンは三郎へと視線をやった。
審議会から戻る際、三郎は足元がふらついており、トゥームに助けてもらいながらやっとの思いでこの天幕までたどり着いたのだ。
「体調を整える教会魔法は使いましたので、あとは休ませるだけかと思います。正直、あそこまで具合が悪いとは思っていませんでした」
心配気な瞳をしたトゥームが、同じく三郎へと目をやり答える。
「声から調子が悪化している響きは聴き取っていましたが、予想していた以上でした。精霊力の過剰行使が危険だと知っている身であるのに、サブローさんならばと考えてしまっていた自分を、情けなく思います」
深い後悔の念を浮かべた表情で、ケータソシアは静かに言った。
「我慢しすぎなのよ。ふらふらなのに『大丈夫、大丈夫』とかゲッソリした顔で言えちゃうんだもの。心配するこっちの身にもなれって言うものだわ」
心配を通り越し、なにやら腹の立ってきたトゥームは、口を尖らせる。
「うむ、一理あるぞ。指揮官たる者、体調の良し悪しも判断できぬでは、今後の戦況を大いに左右すると言うものだわい」
「サブローが起きたら、その辺りをきっちり教えておきます」
「良い心がけだわい」
心配から一転、まだ回復もしていない相手に鞭を入れるようなことを言いだした二人に、ケータソシアは「あれ、えっと、今さっきまで心から心配してましたよね」と確認するように聞き返すのだった。
そんな中、ケータソシアの手元にある事務用のゲージに、第六要塞の偵察から報告が入った。
「皆さん、偵察の者からの連絡です」
真面目な顔に戻った一同は、ケータソシアの言葉を待つ。
「生存している多数のセチュバー兵を確認。彼らは武装解除し、投降の意思を示していたため接触。セチュバー宰相メドアズ・アドューケの名で、停戦について会談の場を望んでいると、伝えてきているそうです」
ケータソシアの読み上げた内容に、その場に居た全員が疑いの表情を浮かべていた。なぜなら、徹底抗戦の構えと思われたセチュバーが、突然にしてその姿勢を崩したと言えるのだ。
現時点で、セチュバーの本国まで五つの要塞が存在し、諸王国軍を消耗させる手立てが残されている段階での停戦交渉。疑ってかかるのも、無理からぬことだろう。
その時、気を失うように眠りに落ちていたおっさんは、魔導師少女の頭により腹部を圧迫されて、苦しさに眉間の皺を深めているのだった。
次回投稿は9月11日(日曜日)の夜に予定しています。




