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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第九章 立ちはだかる要塞群
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第254話 とても気分が悪い

 栄誉ある『勇者説教会場』に選定されたのは、テスニス軍の陣営内にある軍議用の天幕であった。


 言うまでもなく、勇者説教会場などというふざけた名前は、三郎の仲間内で使われている通称だ。正式名称は『第六要塞への攻撃における中央王都軍作戦指揮及び作戦行動についての確認審議会』という句読点も入らない長ったらしい名称が、諸王国軍と中央王都軍の間ではつけられている。


 テスニス陣営内で行われる理由は様々に上げられるが、中央王都軍の陣に一番近いことや、諸王国軍の中で唯一国王の直接指揮下で行動していないというのが、表立った大きな理由とされていた。この場において一番中立かつ公正な場所を選んだのだと、クレタスの国民や為政者に対して説明できる『名目』が、中央王都と諸王国軍幹部の中では非常に大切な様子であった。


「では、説教・・・もとい、審議会を始めるかの」


 野太い声が天幕内の空気を揺らす。


 開会の宣言をしたゴボリュゲンは、勇者の命を救った功労者として、またドワーフ族の代表として出席をしている。


「これよりの進行は、グレータエルートの指揮官であるケータソシアが務めさせていただきます。中立な立場として立ち会わせていただきますが、ドワーフ族もエルート族も多大な犠牲を払っています。感情的にならぬ保証はありませんので、公平性を欠く発言がありましたら、すぐに申し出てください」


 感情のこもらぬ事務的な口調ながらも、ケータソシアは机の向かいにいる者に対し、いたって穏やかな表情で言葉をかけた。


 ドワーフ軍同様、グレータエルートも中央王都軍を助けた者であり、その指揮官が出るのは当然とされた。何より、虚偽の報告や発言を防ぎ、審議会を無駄な問答で長引かせないため、諸国王らから出席を求められたのだ。


「はっ。お気遣い感謝いたします」


 王国の剣騎士団長のスビルバナンが、直立の姿勢のまま騎士の礼を返すと、深い反省の色を浮かべた表情で答えた。


「どこが中立で公平なんだよ。完全アウェーじゃんか」


 ぶつぶつと誰にも聞き取られないような小声で文句を口にしたのは、立って控えるスビルバナンの前でテーブルについている勇者テルキだった。


「勇者テルキ、聞こえていますよ」


 穏やかな表情こそ崩さないが、細められた瞳の奥に威圧感を潜ませたケータソシアが注意する。


「・・・っ、じゃあ早速言わせてもらいますけど。シュカッハーレさんや中央王都軍の幹部も、ここに居るべきじゃないんですか。誰が見たって、オレの方の人数が少ないって分かるでしょ」


 聞こえてしまったならばと開き直り、テルキは思ったことを素直に言う。ケータソシアが先に述べた、公平性を欠けばすぐに申し出るようにとの言葉が、単に形式上の文言だとテルキには受け止められなかったのだ。


 彼の後ろに控えているスビルバナンは、表情を曇らせるだけで口を挟むことはしなかった。


「人族軍内部のことですので、私からお伝えいたします」


 そう声を発したのは、三郎の後ろに控えて立っているトゥームだった。


 三郎はと言えば、勇者の正面に座し、うつむき加減に険しい表情で両目を閉じている。


「シュカッハーレ・オルホーソは、軍議において開示すべき情報を隠匿し、当人もしくは自所属の利益を優先したとして、現在身柄を拘束しています。中央王都軍の指揮官も同様です。友軍や諸王国軍に与えた影響は看過できぬところであり、与えられた権限の一切を凍結されています。この場への参加も、当然ながら許されません」


 教会理事の秘書官として、トゥームは淡々と現状の報告を済ませた。


 テルキは、シュカッハーレの策謀に乗せられたと判断されており、図面の存在を隠さぬ方が良いと進言したスビルバナンは、騎士としての職務を遂行したとして指揮権剥奪を免れていた。しかし、中央王都に戻れば、公式の場で法に照らしあわせて行動を再精査されることになるのは決定している。


「勇者近衛騎士団から指揮官が呼ばれててもいいじゃないですか。王都軍だって、指揮官がだめなら副官がいるんですから」


 テルキの言い分に、ケータソシアが眉根を寄せる。


「勇者近衛騎士団の指揮官はアナタですよ。自覚もなく自らの騎士達に指示をだしていたのですか。中央王都の軍についても、現状勇者の指揮下となっているはずです」


 ケータソシアの耳先がピクリと震えた。あまりにも軽々(けいけい)な物言いに、耳を疑わざるを得なかったのだ。


(勇者が指揮官教育も受けていないのだと、改めて理解しました。中央王都の軍は、こんな状態の子供を旗印に据え、傀儡的に全軍を動かそうと・・・いえ、企てたのはあの男なのでしょう)


 ケータソシアが名を呼びたがらない「あの男」とは、シュカッハーレのことを指している。


 後方を振り向き、確認するような視線をスビルバナンへと送る勇者テルキを見つめ、ケータソシアは「無理解の加害者」という言葉が胸中に浮かんでいた。


 自身の立場や発言そして行動にいたるまで、他者に与えてしまう影響の強さを理解せず、深慮のない言動によって他者へ不利益をもたらす者のことを、エルート族はそう呼ぶのだ。


「ここに居るべき人は揃ってるって言いたいんですね。でしたら、その子がここにいる理由も説明してもらいますよ。オレからすれば必要とは思えないんですから」


 正面へ向き直ったテルキは、三郎の隣に座っている人物を指さして言った。


 その席には、シャポーが姿勢を正してきちんと座り、真面目な顔をしている。


 勇者の求めに応じて答えようとケータソシアは口を開きかけたが、シャポーがすぅと息を吸い込む音を聞き、助けは必要ないのだなと感じ取って黙るのだった。


「私は、教会より魔導講師を引き受けていますシャポー・ラーネポッポと申します。サブロー理事の魔道知識のアドバイザーとして参加させてもらっています。申し上げておきますが、こちら側に座るべき者の数は多く、中央王都の方々への配慮として最小限に留め置いていることを理解すべきです。出席者の要不要の判断を述べる権利は、審議される側の方々にはありませんので口を慎しんでください」


「なっ・・・は・・・」


 同年代の女の子にぴしゃりと返され、テルキは言葉を失った。


 シャポーの言う通り、各種族の副官達も審議の席についていなければ、偵察を指揮していたシトスもロド隊長もいない。修道騎士団の代表としてカーリアも参加する権利を有しているし、諸王国軍からも数名が顔をそろえていても良いはずなのだ。


 それらを分かっていても尚、陣営に帰ってきた三郎は、嗚咽おさまらぬ状態で皆に言った。


『大勢で追い詰める場になってはならない』


 三郎の一言が無ければ、審議会などとは名ばかりで、勇者らの失敗を吊るし上げるだけの会議になっていた可能性も否めない。


 最小限の人数に抑えるという三郎の心配りが、無下に扱われたような気がしたシャポーは、テルキが口出しすべきではない部分をはっきりさせようと発言したのだった。


「第六要塞を越えねばならないので、時間も人手もたりていません。審議を短くするため、早々に進めます」


 口をぱくぱくとさせているテルキを余所に、ケータソシアは会議の進行を再開する。


(とは言いましたが、勇者へ物申すべきサブローさんがいっぱいいっぱいみたいですね。ちょっと頑張らせすぎてしまいましたか。感情的にならぬ保証が無い一番の人物は、私でしたね)


 反省の気持ちを込めて、ケータソシアはちらりと三郎へ視線を向けた。


 落ち着いては来ているものの、まだまだダメージ抜けきらぬといった青ざめた横顔が目に入った。


『サブローさん、彼らが要塞を攻めるに至った経緯だけでも私が聴取して、もう少し時間を作りましょうか』


 ケータソシアが、仲間内にだけ声を届ける精霊魔法で三郎の体調を気遣う。


 声をかけられた三郎が、眉間に深い皺を刻んだ顔を上げた。


「いや、気分が悪い・・・(だけ。大丈夫)」


 三郎が、小声ではなく普通のボリュームで返事をしたため、ケータソシアが慌てて精霊魔法の強度を高める。それゆえに、言葉尻のみが物凄く小さな音量となって向かい側の席に届いた。


 おっさんの表情と暗い声の響きに、スビルバナンの背筋が一気に凍り付つく。テルキですらも、異常なまでの機嫌の悪さを感じ取ったのか、息を飲み込むのだった。

次回投稿は7月31日(日曜日)の夜に予定しています。

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