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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第九章 立ちはだかる要塞群
243/312

第241話 首を差し出す

「ケータソシア、とても久しぶり。モは、お腹がへっている」


 描族の指揮官であるモが、ケータソシアへの挨拶に加え、現在の腹具合を切に伝える。


 エルート族よりもやや背の低い描族は、顔のつくりも相応に小ぶりで、見上げてくる視線が意図せずに空きっ腹の切実さを訴えているようにみせるのだった。


「モさんお久しぶりですね。言葉以上に空腹の様子ですが、どうなさったのですか」


 ケータソシアは、彼女の声の響きから、モが必要以上にお腹を空かせているのを聴き取って質問を返した。


「お腹いっぱいは、つまらない話し合い、眠くなる。真面目なモ、朝食を食べていない」


 会議の場で眠ってしまわぬように、モは朝のご飯をも食べずに軍議へと臨んでいたのだ。


「昼食の時間も過ぎてしまっていますから、とてもお腹が空いてしまっていることでしょう。ドワーフ軍と描族軍の移動が終わり次第、グレータエルートの陣で食事がとれるよう手配しておきますね」


「さすがケータソシア、話せばわかる。モは、我慢頑張れる」


 さっとゲージを取り出して、ケータソシアがエルート軍へ指示をだすのを見て、モは満足そうに鼻をひくひくさせるのだった。


 二人の隣では、存在感をもっと示すべきであっただの、ドワーフ族がまるで置き人形のような体たらくでどうするだのと、ゴボリュゲンの説教が続いていた。


「お、叔父上がむちゃくちゃ怒ってるみたいだったから、あたし達が下手な事言えなくなったのに。ねえ、ドンドス」


 開き直り気味のマイリュネン将軍が、参謀官のドンドスに同意を求める。


「巻き込まないでいただきたい。私は軍議の際に、必要とされる発言はしています」


「うそ、ここで上官を裏切る?ちょっと叔父上、今の聞いた?こんな参謀官ってありえないでしょ」


 今度は、ゴボリュゲンに賛同を得ようと、マイリュネンが足を踏み鳴らせて言った。


「うぬら二人とも、人族に舐められて終わっておるわ。ちなみにわしは、怒ってなぞおらんかったぞ」


 ため息交じりに答えるゴボリュゲンに、マイリュネンとドンドスが、震える程我慢していただろうにと声をそろえて聞き返す。


 ゴボリュゲンは、すこしばかり考えるそぶりを見せると、口元に笑いを浮かべて「あれか」と答えた。


「笑いを堪えておっただけよ。あ奴らの仕掛けた策に、中央王都の奴らが慌てふためくのが面白くてな」


 ゴボリュゲンが親指で示す先には、テスニス軍人と話をする三郎達の姿があった。


「でかい声、強い証拠。頭もいいなら、なお強い」


 ドワーフ達の話に、モが警戒するように背を丸めて三郎を見やった。


「構える必要は無いぞ。あれは『勇気あるバカ共』だからな。命がけで仲間を護ってくれようし、こちらも命を懸ける価値ある奴等だわい」


「ゴボリュゲンが、そこまで言う、珍しい」


 がははと笑うゴボリュゲンを見て、モは警戒するのをやめた。描族の論理で、信頼している土族が仲間と呼ぶ相手は、信用すべきとの思考が働いたためだ。


「軍の再編や、カルバリ軍との協力作戦もあることですし、サブローさん達の話しも戻りながらとしてもらいましょうか。ゴボリュゲンさんのお説教も、続きがあるなら再編後にお願いします」


「ふむ、忘れる所であった。そうしよう」


 ケータソシアが笑顔で促すと、ゴボリュゲンは髭を撫でつけて頷いた。


「ちょっとケータソシアさん、せっかく終わりそうだったのにぃ」


「マイリュネン!ケータソシア指揮官と呼ばんか。一軍の将なら、親しき仲でも場を考えろ。ばかもんが」


 再び説教モードに入ったゴボリュゲンに、ドワーフ軍本隊のマイリュネン将軍は叱責される。


 ケータソシアはふふと優しく笑うと、三郎へ前線に戻るよう声をかけるのだった。


「ほら、シャポーしっかりして。ケータソシアさんが戻るって言ってるわよ」


「緊張しすぎまして、お尻とか足が硬直してて痛いのです」


 へっぴり腰で立ち上がるシャポーを、トゥームが手を差し出して助ける。


「ゴボリュゲンさんの代わりとして、立派に説明できていたわ。緊張したのは頑張った証拠よ」


「でしたか。ふへへ、よく覚えてないのですが良かったのです」


「ぱぁ」


 元気を取り戻したシャポーのフードから、勢いよく始原精霊のほのかが飛び出し、頭の上で仁王立ちとなって胸を張った。シャポーが褒められたのを聞きつけ、自分ごとのように自慢しているのだ。


「ほのかも起きたか、ちょうど今から陣営に戻ろうって話がでたところだよ」


「ぱぁぱぁぱぁぁ」


「だな、昼飯の時間はとっくに過ぎちゃってるし、お腹もすくよな」


「ぱぁ!」


 三郎とほのかの会話を聞いて、カムライエは(やはり、相変わらずのよく解らない空気感、不思議とほっとしてしまいますね)と心の中で苦笑するのだった。


「そういえば、さっきカムライエは『二点ほど』って言ってたけど、一個はパリィの件として、もう一つって」


 思い出して問い直す三郎に、カムライエは伝えずらそうな表情を浮かべる。


「会ってもらうほうが早いかもしれません。外に待たせておりますので」


 天幕出口の方向を手で示し、カムライエは先導するように歩き始めた。


 疑問の表情を浮かべて後に続いた三郎達へ、天幕を出た途端に大きな声が飛んできた。


「教会評価理事サブロー殿とご一同様へ敬礼!」


 両腕を背に隠し、顎を突き出す独特の礼をする一団が目の前に立ち並んでいた。まるで首を差し出すかのようなポーズに、ご一同様と呼ばれた者達はびくりと圧倒されてしまった。


 敬礼と表して、この様な姿勢を取る軍を、その場にいる誰もが目にしたことも耳にしたことも無かったのだ。


「えっと、ギレイル・・・さん?敬礼って、そんなでしたっけ」


 三郎は見覚えのある十三名のうち、先頭に立つ男へと声をかけた。彼らは『天啓騎士って名乗ってもいいですよ』と三郎が、結果的に許可を与える形となった騎士団の主要メンバーであるギレイルと十二騎士であった。


「顧問役であらせられるサブロー殿に、命をお預けいたしております我々が、首を何時でも差し出す覚悟があるとの意味を込め、考えました次第にございます」


 堂々と答えるギレイルも、上空へと顔を向けながら目を瞑ったままの姿勢を維持している。お好きに首を切ってくださいと言わんばかりの物言いだ。


「ぶふぉっ」


 話しの聞こえてしまったゴボリュゲンが、唐突に吹き出して腹をかかえて笑いだす。要塞攻略の合間に、三郎の逸話の一つとなっている『首狩りの理事』の話を面白おかしく聞かされていたためだ。


 他の者達はぽかんと呆気にとられ、カムライエは額を押さえている。


「首とか差し出さなくていいですから。その敬礼は、絶対にやめてください」


「御許可いだだけませんか」


「いただけません」


 残念そうにするギレイルに、三郎はきっぱりとお断りを入れつつ質問を続ける。


「というかですね、ギレイルさん達は、キャスール地方の治安維持に従事するはずではありませんでしたか」


「はっ。テスニス軍へ加わることを許され、観光資源を守る軍としてキャスール地方の警備の任を仰せつかりました」


「そちらの任務は、どうされたのですか」


「現在も、天啓騎士団が担わせていただいております」


 直立の姿勢に直った十三名の騎士は、瞳を輝かせて三郎を見つめていた。一瞬言葉を失いながらも、三郎は顧問役として問いたださねばならない立場にいる自分を奮い立たせて口を開く。


「・・・騎士団員はキャスール地方にいると言うことですね。そして、ギレイルさんと十二騎士がここにいる、と」


「はっ。ご明察の通りです。我ら天啓十三騎士は、サブロー理事のお怒りを覚悟のうえで、戦場いくさばに推参いたしました」


 ギレイルの背後の十二騎士が「首を跳ねられる覚悟の上にて」と声を合わせ、先程の首を差し出す敬礼の姿勢をとった。


 周囲で再編成の為に動き回っている諸国の兵や、中央王都の兵士達が好奇の眼差しを向けてひそひそと話し合っているのが、三郎の目の端に映りこむのだった。


(首狩りの理事の話が、また変に広まっちゃったらどうしてくれるんですかねぇ。ていうか、天啓十三騎士って、ギレイルさんも加わっちゃってるし)


 三郎は頭を抱えたくなるのを抑えつつ、カムライエへと視線を移すのだった。


「申し訳ありません。連れて行かなければ、自ら首を跳ねると脅されてしまいまして。サブロー理事のご判断を仰ぎたく、同道させました次第です」


 頭を深く下げて言うカムライエだが、その言葉とは全く別の意味が存在しているのだろうなと、三郎は彼の口調と雰囲気から理解した。


(カムライエ、やっと再編した天啓騎士を簡単に失いたくなかったんだな。俺が顧問とかいう立ち位置だから、教会との太い繋がりにもなるとか言ってたし。追い返す役目も理事の俺が伝えるほうが効き目があるだろうってところか。でも、たぶん・・・)


 三郎は、ため息一つつきながら下を向いてうな垂れた。今からギレイルに問いかけるその答えが、容易に予想出来てしまうからだ。


「ギレイルさん、もし私が、テスニスに戻るよう申し付けたら」


「サブロー殿が死地へと向かわれる中、ご一緒できぬのであれば我等存在する意味もございますまい。この場にて首を―――」


 ギレイルの語り口調を右手で制し、三郎は眉間に皺を寄せた。


「それ以上言わなくても結構。命を軽んじる発言は今後一切禁じます。己の命であっても、同様と心に刻み込んでください」


 三郎の不機嫌な様子に、天啓十三騎士はざっと直立不動の姿勢をとる。


「も、申し訳ございません。サブロー殿の人の命を重んじる精神、騎士団には当てはまらぬと考えておりました故、ご容赦願いたく。ただ、我々のお役に立ちたいという気持ちも、どうか、どうか」


 片膝をついたギレイルは、感激に震える声で懇願するように言った。


「ギレイルさん顔を上げてください。戦いに加わってくれようとの気持ちは、素直に有難いと思うところです。感謝はこちらがするべきなのですよ。ありがとうございます」


 立ち上がるギレイルを手助けし、三郎は表情を崩して感謝の言葉を口にした。


「では、ご許可をいただけるのでしょうか」


 ギレイルの震える声に、三郎はゆっくりと頷く。そして、再び表情を硬くすると、譲ってはならない部分を伝える。


「ただし、天啓騎士はあくまでテスニス軍として参戦するよう。以後、カムライエ殿の指揮に必ず従うことを命じます」


 三郎の発した命令に、ギレイル達の表情もが一変する。


「はっ。天啓十三騎士、顧問役サブロー殿の命に従うことをお誓いもうしあげます」


 ざっと足を鳴らせ、十三人の騎士は両腕を背後にまわし、首を差し出す件の敬礼の姿勢で三郎に誓った。


「その敬礼も厳禁とする!」


 おっさんが叫ぶように言うと、十三名の騎士はあからさまに残念そうな表情を浮かべるのだった。

次回投稿は5月1日(日曜日)の夜に予定しています。

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