第235話 味方の線引き
「カルモラ王の言われたとおりであるが。戦勝の宴において、反乱の首謀者たるセチュバー王を討ち取ったことを、クレタス全土へ高らかに宣言したは事実。王都解放後ともなれば、中央王都国王クレタリムデ十二世陛下に従うが自明の理というものであるが」
シュカッハーレは、機嫌を直したかのような表情になると机についていた手をはなし姿勢を戻した。そして、完全に状況から置いて行かれているテルキへ、席に着くよう丁寧に促すのだった。
カルモラは、勇者テルキが座るのをちらりと確認して再び口を開いた。
「さてさて、皆様も落ち着いたところで、話を進めようではありませんか。当然ながら、前線への合流も含め、そこからの軍議とさせて頂きますよ。教会評価理事殿に配慮してのことと、ご理解くだされば幸いに思いますよ」
口元だけに笑顔をつくり、カルモラは三郎へ向けて、借りを作ったのだと伝えんばかりに言った。
「お待ちいただきたい。軍議の進行は、諸王国軍の参謀長である私が務めると申しあげたはずですが」
「同じ問答を繰り返すのは、時間ばかりを浪費し何の利益にもなりますまい。とにもかくにも、現状の報告を受けねば始まりません。前線が第五要塞を超えた『この場』となっている理由についても言及せねばならないでしょう。参謀長殿も同じ考えかと」
カルモラの笑っていない笑顔が、今度はシュカッハーレへと向けられる。
「なれば、中央王都国王の名代として、カルモラ王に一時進行をお預けいたします」
教会理事の勝手な進軍について、始めに追及するつもりなのだと分かったシュカッハーレは、カルモラの提案を快く受け入れるのだった。
「では、サブロー殿にお答えいただきたい。諸国の軍や中央王都への許可も得ず、セチュバーへの進軍を開始した理由。それに加え、被害状況の報告を怠りながらも、要塞の攻略をおし進めた理由。諸王国軍が戦線に加わるのを、無駄に遅らせる行為とも取られかねませんよ」
ぎょろりと動いた視線が、三郎を射貫くように見据えた。
第五要塞に至るまで、諸王国軍の中では何度も軍議が繰り返されてきた。それ故か、カルモラの言葉は、シュカッハーレの胸の内を十分に代弁しているものであった。
(あまつさえも、総指揮官であることに固執し、勇者や国王を軽んじる発言をしたことをも厳しく問いただしてほしかったが。甘いと言いたいところではあるが、また別の機会に公式の場で教会理事として弾劾訴追してやればよいか)
シュカッハーレは、贅沢は言うまいと心のうちでほくそ笑みつつ、三郎はどのように答えるのかと待つのだった。
「そうですね」
机に両肘を乗せ、三郎は目を伏せたまま一言呟く。
誰かの飲み込んだ唾の音が聞こえそうなほど、天幕の中は静まり返っていた。
「進軍の許可については、後程ご説明させていただきたいと思います。まず、被害状況の報告をしなかったのではなく、正確には『できなかった』のです」
尋問されたに近い状況の人物が発するには、三郎の声があまりにも落ち着いていたため、静かな波のように議場がざわりとする。
三郎の眼光は、真っ直ぐにシュカッハーレへと向けられていた。
「できなかったと。前線にいた全員が、ゲージを失ったわけでもないのでしょう。我々とともに、教会の者やドワーフの方々がいたのですから、連絡の手段はいかようにもあったと思いますが」
進行役を一任されているカルモラが、左眉を上げてさらに疑問を投げかけた。三郎と視線を交錯させているシュカッハーレは、不審な動き一つ逃すまいといった険しい表情のまま、口をはさもうとする様子はない。
「セチュバー側の目や耳が、どこに潜んでいるか分からないという状況下で、軍の内部事情が漏洩するリスクを鑑みた結果です。中央王都奪還の作戦時や、テスニスでの作戦行動中にも、セチュバー工作員の影が見え隠れしていました。安全を最優先に考えてのこととお考え願いたく思います」
三郎の言葉に、シュカッハーレの眉間の皺が深くなった。教会の理事ともあろう者が「人族の中に裏切者がいるので報告できなかった」と断言したに他ならない。
こともあろうに、軍や国への報告義務についての回答として口にしたのだから、政府機関を信用できないといったも同然と受け止められる。
クレタリムデ十二世の名代として、カルモラ王にこの場を任せたとはいえ、シュカッハーレは黙っているわけにはいかなかった。
「言い訳としては、あまりにも稚拙に過ぎるが。察するに、間諜の存在があるからと、セチュバーへの進軍についても許可を求められなかったと言いたいのであろうが」
「正に」
首を垂れて返す三郎に、シュカッハーレは小馬鹿にされているとの印象しか受けなかった。
「そのような戯言が。裏切りならば、高司祭が寝返った教会の得意とするところであろうが」
シュカッハーレは、三郎をじっと睨みつけて静かな低い声で言った。
三郎の目の端に、トゥームの肩がぴくりと反応するのが映る。
「我々の視点から見れば、高司祭であったモルー卿が裏切ったといえます。しかし、モルー卿の視点から考えれば、クレタス諸国と教会が裏切り続けたともとれますからね」
諭すような声色で、三郎はシュカッハーレに答える。その言葉は、シュカッハーレにだけ発したものではなかった。修道騎士であるトゥームに向けた言葉でもあり、クレタス諸国の為政者や軍関係者にも届けたい言葉であったのだ。
「戯言を重ねるか。軍議の場を侮辱し混乱に貶めているとして、身柄を拘束することもできるのだが」
「中央王都にて開催された会議において、モルー卿の件については内乱が終わってから処すると結論が出ています。侮辱されているのはシュカッハーレ殿ではないでしょうか」
真っ直ぐな視線を返し、三郎は穏やかながらも強い意思の込められた口調で返した。
「・・・カルモラ王、進行を続けてもらえますか」
束の間の静寂を破ったのはシュカッハーレの方であった。戦勝の宴の後に開催された対セチュバーの会議については、彼も知るところとしていた。決定された内容は政府の各省庁の幹部に通達されており、高司祭モルーがセチュバー側に与したことは内乱鎮圧まで口外しないことと厳命されてもいる。
口を滑らせたのは、図らずともシュカッハーレの側と言えた。
「ふむ。これ以上話を進めるともなれば、軍の合流については先ほどサブロー理事が申された通りで問題ありませんからね。第六要塞の攻略についてとなりますが、よろしいでしょうか」
瞳の奥が笑っていない笑顔で、カルモラはシュカッハーレへと提案する。
「何を申されているか。そこな理事は、報告を怠った理由を、間諜のせいにしておるのだが。カルモラ王は聞き溢されましたか」
驚きに目を見開き、シュカッハーレは聞き返せずにはいられなかった。
「悔しくも、我がドート軍内部を、流言で惑わせた敵兵を捕らえてもいますからね。間違いとは言い切れぬところなのですよ」
カルモラは、華美な指輪の食い込んだ両手を広げて答えた。当たり前のように眼の笑っていない笑顔のままだ。
「カルバリの魔導研究院も、反乱発生後に研究や論文資料をセチュバーから閲覧された履歴を検知しています。協力者の有無については調査中と、既に報告はしていますがね」
後を引き継ぐ様に、技研国カルバリのオストー王が、同じようなジェスチャーで付け加える。
「テスニスにおいても、キャスール地方でセチュバーの手の者が暗躍していたのは間違いない情報です。ジェスーレ王の名代として、重ねて報告いたします」
要塞国トリアの者達を飛ばし、カムライエが立ち上がって敬礼する。
「カルモラ王・・・オストー王まで、教会理事の肩を持つおつもりか」
信じられない光景でも見ているかのように、シュカッハーレは震える声で呟く。
「あくまで事実を述べているだけですよ。軍議の場における虚偽報告は重罪。利益にもならない偽りなど、得になりませんからね」
意図をうかがい知ることのできないカルモラの両目は、細められたまま軍議の場へと向けられているのだった。
次回投稿は3月20日(日曜日)の夜に予定しています。




