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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第九章 立ちはだかる要塞群
224/312

第222話 獣と話す髪ぐしゃぐしゃな人

「この状況で前進する作戦を言い出せるとか、やっぱウチの理事はちげぇわ」


 馬車の整備をしつつ、ホルニが感心した声を上げる。


 戦いの中で幾度とない荒い走行に耐えてきた車体は、車軸が傷ついており、サスペンションに僅かな歪みが生じていた。


 痛みの激しい部品は交換し、直せる箇所はミケッタと二人で修理しているのだった。


「結論から言いだすものだから、最初は意図がつかみきれなかったけれどね」


 くすっと笑ったトゥームが答える。トゥームは、ボロボロになった幌の修繕を申し出て、車上で針仕事をしていた。


 縫える所は縫い合わせ、大きく裂けてしまった場所は、エルート族から分けてもらった布で補強しているのだ。


 その隣では、縫いやすいように布を持ち上げているシャポーが、トゥームの見事な手さばきに見入っていた。定位置である頭の上のほのかも、目を輝かせて楽しそうに覗きこんでいる。


「多少は座学で戦術などを学んだので思いますが、即座に反対意見がでていてもおかしくはなさそうですけど」


 車体金属に備わっている修復機能を高め、ボディについた傷を粗方直し終わったミケッタが、車輪の調整に取り掛かりながら言う。


「そう言われてみれば、誰も口をはさまなかったわね。サブローの意見だったからかしら」


 トゥームは顔を上げるでもなく返した。ホルニが「かー、ウチの理事はすげぇもんだ」と感想をもらしつつ、車体の下へともぐって行った。


 彼らの他愛もない会話を横に、話中の本人である三郎は、馬車椅子に座って幌の外された骨組みを見上げたり、他の馬車の準備を進めているエルート達の姿に目を向けたりしていた。


 体が本調子ではないためか、おでこにできた櫛の痕は今もくっきりと残っている。


(何だか知らんけど、トゥームの機嫌がもどってる。変に聞くのは藪蛇やぶへびかなぁ・・・いやいや、後できちんと聞かなきゃだめだろ。大人として)


 周囲に漂わせていた視線に紛れさせ、三郎はトゥームの横顔をちらりと確認した。


 鼻歌でも歌いだしそうな雰囲気で、せっせと手を動かすトゥームは少し嬉しそうにも見える。


 三郎は無意識に、おでこの点々を手でさすっていた。


 その時、縫物のお手伝いをしていたシャポーとちょうど目が合ってしまった。


「サブローさまのおでこ、朝からぜんぜんなおらないのです」


 シャポーにとっては、単純に疑問を口にした程度のことだったに違いない。だが、三郎にとってすれば、もう少しだけそっとしておこうと思った矢先の話題振りであった。


(しゃぽーさーん、さーん、さーん・・・)


 三郎は心の中に響き渡るやまびこを聞いた。額にあてがわれていた三郎の手は、そのままぴたりと動きをとめていた。


「そんなに強くやったつもりはないのだけれど、無意識に魔力をのせちゃったかしら」


 ほんの少しだけ申し訳なささのこめられた声で言い、トゥームは三郎のおでこへと目を向ける。


 幌を縫う手は休められ、太めの針は肩の高さまで持ち上がっていた。


 トゥームの表情より何より、三郎の意識は手に持たれた縫い針に注がれていた。攻撃の構えにも映るそれは、ぞわりとした感覚をお尻の辺りから背中まで駆け抜けさせるのだった。


「おおふ。大丈夫、そのうち治るでしょ。もしかしたら俺も、岩盤層の影響を受けての・・・アレやコレやなのかもしれないし」


 身震いをしつつも、三郎は笑いを浮かべると、両手で大丈夫だとアピールして言った。


「そう、なら良いのだけれど。あんまりサブローがぼうっとしてると、骨にまでダメージが入ったのじゃないかって心配になるわ」


 作業へと戻りながら、トゥームは恐ろし気な言葉をさらりと口に出すのだった。


(ん?トゥームさん『私は櫛で頭蓋骨割れますよ』って言ってるようなものなんですけども。もしもーし)


 顔の笑いが苦笑いへと変わり、三郎が再び身震いを覚えたのは無理からぬことだろう。


「むぬー・・・ほのかちゃんの精霊力の影響を受けているサブローさまなら、体調が悪いのもそのせいかもしれないのです。ぼうっとしたり、痕が消えにくかったりするのも筋が通るのです」


 トゥームのお手伝いを再開したシャポーが、うんうんと首を振りながら考察する。


「自分から言っといてなんだけど、当たってるかもしれない」


「ぱぁ!」


 三郎のボヤキに、ほのかがピンポーンと音がしそうな勢いで拳を振り上げた。


「あ~、正解だったかぁ」


 ほのかの回答で、三郎は更に体が重くなるような気がするのだった。けだるさの抜けない体を椅子にずるりと預けた。


(・・・の割に、ほのかは元気なのな。始原精霊って、こっちが思ってるよりも物凄く強かったりして)


 諦めのため息をつき、三郎は再びぼんやりと視線を周囲に向ける。


 隣からは「シャポー右手引っ張りすぎよ」だとか「申し訳ないのです。精霊力について考えてしまってたのです」だのというやり取りが聞こえてくる。


 ミケッタとホルニが、懸命に教会馬車の整備をしている音とともに、椅子から振動が伝わって来ていた。


(治療用の前線基地には、戦力的に行くことになるだろうなぁ。体調が戻るなら、良しとするかぁ。しかし、屋上から降りてきたら、だるさが増した気がする)


 三郎は体調の変化に気づいてはいたが、無暗に心配をかけまいとして黙っておくことにするのだった。


 馬車のメンテナンスが進んだところで、三郎の視界に見慣れた獣の姿が映った。


 空色の体毛もふぁさふぁさと軽やかに、しっかりとした足取りで三郎達の方へ向かってくる。


「クウィンス、怪我はもう良くなったのか!?」


 体調の悪さも忘れたかのように、三郎は馬車を飛び降りるとクウィンスを出迎えた。


「クァ」


 クウィンスは、普段と変わらぬ様子で、三郎の頭にかじりつくと羽繕いで挨拶を返してくる。だが、そのくちばしには、敵の槍によって受けた大きな傷が深々と刻まれているのだった。


「体もかなり血が出てただろ。動いても大丈夫なのか。血の跡は残ってないみたいだけど」


 三郎は頭をぐしゃぐしゃにされながら、クウィンスの体を心配そうに確認する。


「クァクァ」


「ぱぁぱぁ」


 ほのか式同時通訳によれば、クウィンスは体内魔力を全て外傷の回復に使うため、第五要塞の制圧後から『休眠状態』に入っていたのだと言う。


 友獣が、自発的な休眠に入るのは、非常に珍しい行動だとシャポーが付け加えた。


 なんでも『休眠』と呼ばれるだけあって、完全に無防備な状態になることを意味するのだと魔導師少女は説明する。


 知能が高く、警戒心も強いワロワ種が、自ら休眠状態へと入ったということは、それだけ受けた傷が深かったのではないかと説明を付け加えるのだった。


「クァ」


「ぱぁ」


 だが、その点についてクウィンスは否定の意を表した。


 クウィンス曰く、放置しておいても問題の無い怪我であったが、次の行動に備えるため早急に傷を癒す必要性を感じたのだと言う。


「クウィンス・・・お前ってやつは」


「クルルル」


「ぱぁぁぁ」


 三郎は、ワロワという生き物の思慮深さと優しさに感動するしかできない。


 髪をこれでもかと乱されながら「凄いな、最高だな」と三郎はクウィンスを褒めるのだった。


 そこで不意に、クウィンスから現状を確認する疑問が投げかけられてくる。当然、ほのかが通訳した言葉だ。


 三郎とクウィンスとほのかは、頭を突き合わせて今朝の軍議で決定したことを伝え合う。


 はたから見れば、鳴き声とぱぁ語に対して三郎が説明しているという、とても奇妙な光景に見えたことだろう。


「ということはクウィンス、負傷兵を乗せて馬車を牽引できるってことかしら。とても助かるのだけれど」


 三種の生命体による情報交換を、作業をしつつ聞いていたトゥームがクウィンスに聞いた。


「クァ!」


「そう、ありがとう」


 トゥームは幌を縫う手をとめて、クウィンスに略式の騎士の礼をとって感謝を告げるのだった。


(今更だけど、トゥームとクウィンスがスムーズにやり取りしてるのって、ちょっと不思議な感じがするよな。するとだ、俺も外から見ればファンタジックなことをしている風に見えてるってことか)


 手を休めることも無く黙々と作業を続ける御者の二人が、ウチの理事は妙な人物だよなと心の中で思っているなど、頭ぐしゃぐしゃのおっさんは露とも知らないのだった。

次回投稿は12月12日(日曜日)の夜に予定しています。

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