スプレー缶
気が付くと、私は白い壁の前に立っていた。
汚れひとつ無い白い壁。
何の色もない白い壁。
空っぽな白い壁。
そっと、私は右手に持ったスプレー缶を壁に向ける。
スプレー缶にはラベルがなく、何色のものかは分からない。
だが、この白を塗り潰してくれるならなんでもよかった。
まずはひと吹き。
白い壁に、黄色の線が広がった。
もうひと吹き。
黄色の線と交差するように、赤い線が広がった。
それを見て、私は驚く。
同じスプレー缶のはずなのに、使う度に色を変えるのだ。
楽しくなってもうひと吹き。
赤い線と平行に緑の線が広がった。
長めに引くとどうなるのか。
そんな事が気になって長めにひと吹き。
蛇行しながら引いた線は、ある程度の長さになると色が勝手に変わっていった。
青、紫、橙、黄緑、水色、ピンク。
色が切り替わる長さはバラバラ。
長い時もあれば短い時もあった。
楽しくなって、線を引き続ける。
赤、ピンク、青、橙、茶色、紺色、金色、銀色。
引き続ける中で同じ色が何度も出る時もあったが、新しい色がたまに出てきて感動する。
どれくらい線を引き続けたのだろうか。
元の白い部分がほとんど見えなくなったところで手を止める。
少し離れて壁を見ると、重なり合った線と線が絶妙な色彩を生み出し、まるで色とりどりの花を並べたようだった。
我ながら美しい出来に感動する。
しかし、ある程度眺めると、だんだんもっと綺麗に出来る気がしてきた。
あそこを、赤にした方がよかったのではないか。
あれは青の方がいいはずだ。
全体に途中で見た金色をもう少し散りばめたい。
見ているうちに我慢が出来ず、もう一度私はスプレー缶を壁に向けた。
まずはひと吹き。
赤くしたかった場所に黄色の線が広がった。
もうひと吹き。
今度は青くしたかったところに赤い線が広がった。
それを見て、私は嘆く。
どうして、同じスプレー缶のはずなのに、使う度に色を変えてしまうんだ。
やり直したくてもうひと吹き。
赤い線と平行に緑の線が広がった。
長めに引いて思い通りの色を出せないだろうか。
そんな事を考えて長めにひと吹き。
蛇行しながら引いた線は、ある程度の長さになると色が勝手に変わっていった。
青、紫、橙、黄緑、水色、ピンク。
色が切り替わる長さはバラバラ。
長い時もあれば短い時もあった。
思い通り色が出なくて、線を引き続ける。
赤、ピンク、青、橙、茶色、紺色、金色、銀色。
引き続ける中で同じ色が何度も出る時もあったが、思い通り色には何故かたどり着かない。
どれくらい線を引き続けたのだろうか。
元の白い部分が一切見えなくなったところで手を止める。
少し離れて壁を見ると、重なり合った線と線が不快な色彩を生み出し、まるで色とりどりの花を踏み潰したようだった。
我ながらおぞましい出来に嫌悪する。
どうして、こうなるんだ。
あそこは、赤にしなければならないんだ。
あれは青の方がいいに決まっている。
全体に途中で見た金色をもっと散りばめないと。
見ているうちに我慢が出来ず、もう一度私はスプレー缶を壁に向けた。
次は間違えない。
まずはひと吹き。
赤くすべき場所に黄色の線が広がった。
もうひと吹き。
今度は青の方がいい場所に赤い線が広がった。
それを見て、私は苛立つ。
どうして、このスプレー缶は、使う度に色を変えてしまうんだ。
間違いを塗り潰したくてもうひと吹き。
赤い線と平行に緑の線が広がった。
長めに引いて気に入らない場所を塗りつぶしてしまおう。
そんな事を考えて長めにひと吹き。
蛇行しながら引いた線は、ある程度の長さになると色が勝手に変わっていった。
青、紫、橙、黄緑、水色、ピンク。
色が切り替わる長さはバラバラ。
長い時もあれば短い時もあった。
線を引いて塗り潰しても苛立ちが消せなくて、線を引き続ける。
赤、ピンク、青、橙、茶色、紺色、金色、銀色。
引き続ける中で同じ色が何度も出ては苛立ち、その度に全てを塗り潰していく。
どれくらい線を引き続けたのだろうか。
今まで無くなる気配すら無かったスプレー缶から色が出なくなった。
いくら振っても、スプレー缶はカラカラと音をたてるだけで一切色が出ない。
呆然としながら少し離れて壁を見ると、重なり合った線と線がお互いの色を塗り潰して混ざり合い、全体が淀んだ黒色になっていた。
それを見て、ようやく考える。
私は、いったい何がしたかったんだろう。