図書館
気が付くと、私は図書館にいた。
知っているような、知らない景色。
だが、周りを囲むように配置された大きな本棚や、私と同じように机に向かって座る人々を見て私はここが図書館であると確信する。
しかし、普通ならば聞こえるような密やかな私語が一切聞こえない。聞こえるのはただひたすらに紙を捲る音だけだ。
それもそうだろう。私以外の人はは一心不乱に目の前の本を読んでいる。必要以上に顔を本に近付け、一文字一文字を舐めるように、鬼気迫る様子で読んでいるのだ。
そんなに面白い本なのだろうか?
ふと、下を向くと私の目の前にも本が置かれていた。
表紙には題名がない。
なんとなく表紙を捲り、中身を見る。
文字が書いてある。
本なのだから当たり前なのだろうが、どこの文字か分からない。
だが、私の目は不思議と1字も文字を読み逃すまいと、読めない文字を辿っていく。
ページを捲る。文字を見る。
ページを捲る。文字を見る。
それを繰り返すうちに、何故かだんだんとその文字が読めるような気がしてくる。
ページを捲る。文字を読む。
ページを捲る。文字を読む。
分からない。何が書かれているのか分からない。だけど、目が離せない。
ページを捲る。文字を読む。
ページを捲る。文字を読む。
不思議だ。分からないはずなのに、読んでいくうちにこの世にある全ての知識を少しずつ得ているような、全能感に打ち震える。
ページを捲る。文字を読む。
ページを捲る。文字を読む。
どれくらいの時間が経過したのだろうか。わからないが、気が付けば私は他の人々のように一心不乱に本を読んでいた。
そして、遂に最後の1ページに差し掛かる。
ページを捲る。文字を読む。
ページを捲る。そこに文字はない。
そっと私は裏表紙を閉じ、先程まで夢中になって読んでいた本の表面をゆっくりと撫でる。
そして、感嘆の息とともに読み終わった感想が口から零れ落ちた。
「結局、この本には何が書かれていたんだ」
気が付けば、周囲の人々は誰一人として残っていなかった。