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ありす前線。  作者: 左傘
1/9

ありすより、前略。

 現実はいつだって見たくないものだ。

 だって辛いもん。


 それでも私たちは辛い現実を乗り越えて前に進まなくてはならない。過去を振り返り、そしてそれを受け入れる。そうしてやっと乗り越えることができるのだから。それが生きるということだ。

 偉そうに説教垂れた先生の顔が走馬燈の如く浮かんで爆ぜた。何故か頭が光っていた。そうだ、いつかの夏の日、全校集会とかいうクソ暑い集会の最中、禿げた頭に玉のような汗を浮かべ、そして光を放っていたのは校長先生。

 良くも悪くも、誰にも遮られることなく高い位置から自分の意見を垂れ流すのは話者にこれ以上ない快感をもたらすらしい。

 まさにスピーカー。聞き手のことは考えず自分の話だけ垂れ流す。いい迷惑だな。


 たとえ、思わず目を背けたくなるような現実がそこに広がっていたとしても。

 たとえ、聞きたくないことが溢れていたとしても。

 それでもなお私に前に進めというのか、校長先生(ハゲ)は。なんて拷問。

 辛い過去は忘れて、忘れなくとも蓋をし忘れたことにして、そうして進んできた私にその言葉は重過ぎる。



 だから目を背けてもいいだろうか。

 この辛い現実から。







 この前修理した筈の窓硝子が何故かキラッキラの破片になって、そして薄汚れた、ほんの少し前、朝までは真っ白だった筈のシーツと一緒にあにたちの下敷きとなって道いっぱいに散らばっているこの現実から。


 ていうかなんで私の部屋の窓が。なんで私のシーツが。


 そもそもあによ、二階から硝子の破片とともに叩き落とされてる筈なのに怪我一つないのは何故だろうか。



 頭痛くなってきた。

 私は溜息を吐いて家に入ろうと玄関に向かった。




 ……あれ、でじゃびゅ?




 ◆◇◆




 さて、私には二人の あに と一人の いもうと がいる。

 一人は血の繋がった兄であるのに対し、もう一人は父の再婚に伴い増えた、相手方の連れ子。所謂義兄、というやつ。

 そして妹は父と再婚相手との間に生まれたなんと呼べばいいのかいまいちわからないやつ。



 暫くあにと私の三人で仲良く血を血で洗う様にして暮らしていたわけなのだが、ついこの間長らく新婚旅行に行っていた両親がとんでもない爆弾を抱えて帰ってきたのだ。


 そう、何を隠そうその爆弾こそが“いもうと”。


 二人っきりの生活に子供は邪魔だ、と子供三人家に放置して新婚旅行に飛び出した両親だ。

 新しく生まれた子供は可愛い。けれど邪魔。

 そう思ったのだろう。


『そっちで世話してもらおうと思って』


 父はそう言った。間違いなくそう言った。もしかしたら細部は違うかもしれないがそんな風なことを言った。



 そんなこと言われてもぶっちゃけこっちは困ってしまう。だって子供の世話とかしたことないし。子供苦手だし。子供みたいなのはあにたちでお腹いっぱいだし。

 それに父の話を聞く限り子供とも言えない程に幼い。赤ちゃんとかいうレベルだろう。そんな面倒臭そう(デリケート)な存在の世話なんざ出来るか、と私は電話片手に思いました。多分。



 だがしかし、父と義母の間に立ち(・・・・)二人と手を繋いでいる(・・・・・・・)青い目をした幼い子供の姿を見て私は愕然とした。

 子供の成長なんて私は知らないが、どう見ても四五歳の子供にしか見えない。贔屓目に見ても三歳。

 父は三ヶ月前に生まれた、と言った。しかしそれは三年の間違いではないのだろうか、と思った。


 そして、父の話どおりの真っ青な目。見飽きる程に近くにあったそれが私を見上げていた。


 色んな意味で茫然としていた私の方にその子供の背中を押す義母。

 危なげない足取りで此方に向かって来たそのいもうとは、無邪気ににっこりと笑って凄く嬉しそうに言葉を吐いた。



 初めまして。久し振り、元気にしてた?逢いたかったよありす。

 と。



 言葉を失った私に、後は任せたと言うだけ言って家に一歩も入ることなく父は義母を連れて踵を返し、ふわりと見えなくなった。


 かくしていもうとは我が家に迎えられたわけなのだ。




 が。



 私はそれで到底納得出来るものでもない。

 昔色々あったせいで私の目の前で死んだ筈の幼馴染が何の因果か目の前にいるわけだから。


 しかも妹になって。


 確かに父は母の遺言だなんだかんだで私の願いを叶えてくれるとか言っていたけれども。

 父の人外加減は私が多分一番よく知っているけれども。

 それでも冗談だと思うだろう。死んだ人の命を弄くり回すほどの外道だとは思ってもみなかった。ごめんね父。私は父をまだ見縊っていたようです。わかったから。そんなに人間辞めてても目を瞑っておいてあげるから。だからせめて倫理観とかその辺は大事に取っておいてよ。真面目に。



 とにかく、関わり方のわからない幼馴染(いもうと)をどうすればいいのだろう。今をときめく転生なんてものをしちゃった彼女にどう接すればいいのか。記憶はどのくらいあるのだろう。記憶は記録なのか。感情は伴うのか。何もわからないから、何も出来ない。



つまり、何が言いたいのかというと、我が家が更に面倒臭く、そしてよく分からんことになった。そういうことである。正直、私もよく分からない。

本当に、どうすれば良いのか。






 そんなことを思った時期も、確かにありました。




 ◇◆◇




 玄関口横倒れたあに二人は無視して最近ガタがきたらしく滑らかに開いてくてない扉を開けた。

 扉を開けた向こう、青い目のいもうとがこっちを見て笑った。


「おかえり、ありす」


 とてとてと彼女は此方に向かってくると、がば、と私に抱き着いてきた。全身を預けてくるようで、正直重い。あにたち程ではないが。


「現状報告」

「私がありすの部屋にいて其処に(下の)兄さんが来て乱闘になって(上の)兄さんが来て混戦乱闘。私の勝利」

「うん、全くわからない。端折り過ぎ」


 じゅーでんかんりょー、なんて事を呟いていもうとは離れる。そしてくるりと回って此方を向くとドヤ顔で


「当たり前だろ?説明する気なんてさらさら無いんだから」


 そう宣った。


「そーかそーか、……よし、今日の晩御飯はシチューだな」

「何て横暴!やめろ!シチューは駄目だ!」

「説明をなさい。話はそれから」


 ぐぬぬ、だなんていもうとは唸って悔しそうに此方を睨んでいる。確か幼馴染だった頃のこいつはシチューが嫌いだったけれど今も嫌いなのか。

幽かに潤んだ目がゆらゆらしてる。年相応の仕草で大変結構。


「……私がまずありすの部屋にいたの」

「なんで?」

「ありすが家にいないから」


 何がしたかったんだろう、この子は。


「そしたら其処に守兄さんが来て、動作が怪しい美少女になってたから追い出そうと思ってだな」

「ほんのり顔を赤くして恥じらう美少女的な、そのくせ動きが挙動不審なやつだろ」

「そうそれ」


 バレンタインを思い出す。全身にチョコを塗りたくった事件。後片付けは全部私がしたことを忘れてるんではなかろうか、義兄は。


「出て行ってくれそうもないから昔のチートも使ってだな」

「あ、それまだ残ってるんだ。ていうかあんた召喚に転生に、今時の流行りをもうすぐコンプリートしそうだね」

「今時って程でもないけどね。次はゲームの世界に行かなくちゃかな?……ていうか、守兄さんって何者?人外レベルだったんだけど」

「有守にぃも召喚経験者だからね、元魔王です」


 いもうとが遠い目をしていた。

 この家何事?って小さく呟いてた。わかるよその気持ち。


「……で、騒いでたら早く帰ってきたらしい朱兄さんが来て守兄さん目掛けてタックルをかまし、其処から混戦に」

「お疲れ様」

「て言うか朱兄さんも人外ってたんだけど何事?」

「有朱にぃも召喚経験者だからね、元勇者です」

「何が起きたらこの家族はこんなことになるんだろう」

「父のせいかな?」


 最早透明な目をしたいもうとに同情した。わかるよその気持ち。だって、ねぇ?


「……んで、隙を見計らって窓の外に投げ捨てた」

「私のシーツと一緒に」


 ばつが悪そうな顔をしたいもうと。


「仕方ないじゃん、守兄さんが掴んでたんだもん」

「了解、諸悪の根源は有守にぃか」


 取り敢えず晩御飯は何にしようか考えつつ、いもうとに手を伸ばす。そして猫の子を持つように持ち上げた。


「ぐえ」


 何かのうめき声が聞こえた気がしたがまぁ、知ったことではない。

 扉を開けて、取っ組み合いをしていたあにふたりを見る。彼らは此方を見ていなかった。お互いに必死だったのであろう。


 私は其処に手に持ったいもうとを、ぶん投げた。

 兄弟喧嘩の範疇だよ。良くあることだよ、ね。


 目測誤らず弧を描いたいもうとは兄と義兄の丁度ど真ん中に直撃する。私の素晴らしい命中精度に思わずガッツポーズ。


「にぃたちー、ご飯が出来るまでいもうとの世話頼んだー」

「ちょっ、ありす酷い!」


 甲高い子供の声で悲痛な叫びが聞こえた気がした。仕方がないので私はにっこりと、慈母と呼ばれる笑みを思い浮かべ笑う。


「有栖ちゃん、おねぇちゃんとばっかり遊んでちゃ駄目。おにぃちゃんとも遊ぼうね?」

「そんなのってないよっ!?」


 すぐにそちらには背を向け家に戻り、扉を閉めて、鍵まで閉めて。

 さて、急ぐぞ、なんて呟きながら夕飯のメニューを考えていた。




 ◆◇◆




 考えるのは家族のこと。

 父親らしい事をしてもらった記憶がない父。

 私が小さい頃に死んじゃった殆ど記憶がない母。

 殆ど話もしたことないのにたまに会うと母親ってこんなんじゃないかなって思うくらいに優しい義母。

 優しくって義兄のことが大好きな我が家の大黒柱の兄。

 鬱陶しいくらいに引っ付いてくる引き篭もりの義兄。

 そして、

 まだ、距離の測り方が掴めない末の妹。


 距離を一番つかめないのは父だけれどもね。

 父は何をしたいのかなんてわからないし、最早他人ってくらいだし。それなのに如何してだか妙に優しかったりして。

 子供達にそっくりな名前を預けて。

 無責任で。放任主義で。

 これの何処にお優しい義母様は惚れたのだろう。頭を捻って絞ってそれでもわからない。わかりたくもないが。


 わかっている、うちの家族は皆可笑しいってことくらい。

 何年も新婚旅行に行くことも可笑しいんだよ、そのくらいわかる。

 家族がぽこぽこ召喚されるのがおかしいこともわかる。ましてや兄弟全員召喚されてる、そんなことあってたまるか。


 そのうち いとこ とかも出てきそうで怖い。そしてそれもレッツ人外してそうで超怖い。



 ていうか、そもそも私は人との距離を図るのが苦手だ。そもそもそこからだ。正直、あにたちとも正しくコミニュケーションを取れている気がしない。昔幼馴染みを遠い世界に置き去りにしてから更に酷くなったそれが、やっと正常になりかけていたところなんだ、其処にいもうとなんてものが来れば私はどうしたら良いのかわからない。


 嫌われていたら、そう思うと怖くて仕方がない。

 残念なことに父曰く父の人外加減を一番継いだらしい私は、その人外チックな価値観を引き継ぐことまではできなかったそうだ。退屈を憎み、飽きたら捨てて、享楽の限りを尽くし、己の欲のために全てを投げ打つという、まるで暇潰しに人生を賭けるような、一瞬だけ輝く花火のような、そんな人生を愛する気持ちは毛頭ない。そっちの方が面白いと思えば家族ですら切り捨ててしまえそうな危うさなんて、欲しくもないけれど。


 つまり、私にあるのは中途半端な力(父の置き土産)とそれに見合わない人間的すぎる価値観だ。


 神様ならばやり直せばいい。

 けれど私は人間だ。何事も中途半端だからどうしようもない。やり直しはきかないし、人の心も操れない。

 これでどうして恐れを覚えずに居れようか。



 適当に野菜を刻みながら思う。



 そして不意に電話が鳴り出す。

 耳を劈くような大音量はこの前父がかけて来て以来だから……何ヶ月前だ?


 段々と大きくなるような錯覚を覚える呼び出し音に、まるで何か急かされているようだ。

 時代遅れな我が家の黒電話には液晶パネルなんて洒落たものは勿論付いていない。おかげで誰がかけて来たものか少し悩み、そしてこんな忙しい時間にかけてくるような非常識な奴なんて一人くらいしかいないけれど、と一人、納得して受話器を持ち上げ耳に当てた。


「はい」

『あ、有子ちゃん。今、暇?』

「全くもって暇じゃないよ。切って良い、父さん?」

『酷いなぁ久し振りだっていうのに』

「はいはい。……で、今度は何の用?」


 案の定、父でした。そもそも家に電話をかけてくるようなひとは父しかいない。


 受話器の向こうで父が少し笑った。


『みんなと仲良くやってる?』

「お陰様で」

『愛想がないよ有子ちゃん……』


 なんてこと。父に言われては手遅れだ。目に光がないとは常々言われていたものの愛想までなくして仕舞えば私はどうしようもなくなってしまう。


『で、有子ちゃんたちのことは正直どうでも良いんだけどさ』

「ならかけてくんな」

『有子ちゃんが冷たい……反抗期?』

「……」

『黙らないでよ』


 じゃあなんといえば良かったのか。

 ていうか今忙しい時間なんだよ。察してよ。さてはまた日本とは時間が違うところにいるのか。時差か、時差なのか。


『で、本題なんだけど』


 取り敢えず私、落ち着こう。無駄に何か言えばそれだけ時間を引き延ばすことになる。早く恐らく無意味なこの会話を終わらせたくば極力口答えせずに是、是、否、否、と繰り返していれば良い。賢いものはそうするんだと、世界のベストセラーにそう書いてあった。使い方が間違っている気もするが気にしない。


『今日ね、懐かしい子に会ったんだ』

「懐かしい……子?父さん、知り合いいたんだ……!」

『止めてその純粋な驚き。僕をなんだとも思ってるの』

「そりゃ……父さんだし。交友関係狭そうじゃん。……ほら、祖父母にも私、会ったことないしさ」

『僕勘当されてるし……それに今となっては恐らく生きてないかと。生きていたとしても何百歳?』

「ごめん、父さん今いくつ?」

『えっと、確か今………………。…………まぁそれは今度でいいでしょう』


 おっといけない。思わず雑談をしてしまった。これが相手の術中に嵌ったという状態……だろうか。いや、違うだろうけれど。


「で、その懐かしい子がなんだって」

『それが驚いたことにさ、僕が最後に見たときからなんにも成長してなくてね。すぐにわかったよ。……まぁ僕も人のこと言えないけどね』

「だから、何?」

『向こうもさ、僕に気づいてくれたみたいで。なんか懐かしかったな。あの子もあの子なりに頑張ってるみたいだったし』

「で?」


 何このつまらない報告。苛々する。誰かこの話の要点だけまとめてくれないかな。要約して欲しい。この調子でダラダラ続くだけなら正直そろそろ切りたい。


『つまらなそうだね、って言ったらつまらないですよって答えたんだけどね、その子さ、面白いんだよ』

「何が面白いのか私にはてんで見当もつきません」

『じゃあ退屈かな、って聞いたらさ、それにはいいえ、って僕の目を見て言ったんだよ』

「はぁ。……で、それ、誰?父さんとそんな会話出来る螺子(ねじ)の飛んでる子、いるの?」

『それでも昔よりちゃんと会話ができるようになったんだよ。昔は姉弟(双子)二人で世界完結してるような感じだったからなぁ』

「……でも、父さんと話したのは一人?」


 その問いに、父は少し黙って、そして自慢げに言った。


『だから面白いだろ?』

「ごめん、二人だったのが一人でいたことが面白いのか、会話の内容が面白かったのか、どっち?……ちなみに私はどっちも面白いと思わない」


 そもそもなんで父が自慢げに言う。父関係なくない?


『どっちも、かな。成長したのかなって思ってね』


 成長したのかなって、随分上から目線のお言葉だ。しかも何処と無く……親愛の情が見て取れる。家族にすら滅多に向かないそれはなんだか新鮮だ。目を掛けていたように思える。

 いや、今も掛けているのか。


「で、それでそれが何?なんで報告?」

『特に意味はないよ。ただ、あの子のことを知ってるひとが一人でも居てあげれたらいいなってね』

「父さんにそこまで言わせるその子は誰?」


 その言葉に父はあれ、言ってなかったけ、なんて宣って一言吐き出した。


『姪』


 めい。姪?


「……私の、従姉妹?」

『うん。そう』


 さっきいとことかも出てきそう、って思ってた矢先のこれだ。もしかして私はそういうのを引き寄せやすいのか。

 しかも二人いることが確定した。


「え、日本で?」

『いや、×××××ってところ』

「ごめん、聞き取れない」

『そりゃそうだよ。いくら有子ちゃんが僕の子でも認識出来たら大問題なんだから。そういう風に出来てる場所、って思っとけば間違いないよ』

「なにそれ新しい」


 自分が特別なんじゃないかと勘違いするところだった。いやはや私は凡人。何にも悩むことなんてなかったんだ。

 最近悩んでた時間を誰か返してくれないだろうか。


「……で、なんでそんなとこ行ったの?」

『ほら、今異世界トリップって流行ってるでしょ。主人公っぽくない?』

「普通、そういうのは故意に異世界に飛ぶんじゃなくてなんか、……誰かに召喚されたりするんじゃないの?」

『遅れてるね有子ちゃん。今時は神様に手違いで殺されたりしてっていうのもあるらしいよ』


 殺されるのって流行りなのか。

 ていうか父のことだ、義母を連れて行ったに違いない。夫婦で異世界トリップって何。神様予想外にも程がある。


 そもそも。


「父さんって神様に殺されて死ぬの?」

『真っ向から殺りあったら死ぬだろうねぇ。でも優子が一緒だし死ぬわけにはいかないから絶対死なない』

「その前は神様になろうかって言ってたのにね」

『ゆういに会ったらやっぱり僕じゃあ神様無理だなぁって思って。やっぱり才能っていうのがあるんだよ』


 才能。驚いた。父からそんな言葉が出るなんて。レッツ人外、不可能を可能にすることが生き甲斐であり暇潰しこそ目的、とばかりにふわふわしてる父のくせに。

 妙に達観した言葉だった。強いて言うならそう、幽かに憧憬が混ざった届かないものを思うような。


てか ゆうい って誰だ。


「ところでその ゆうい っていうのが……私の……」

『うん。従姉妹。……ねぇ、有子ちゃん、』

「何」


 父はまるで、父ではないかのように珍しくほんの少し言い淀んで、続ける。



『いつかさ、ゆういに会ったら話をしてあげてほしい。もっと他人と関わることが必要だから、あの子も、有子ちゃんも』



 なんだか、父親みたいなことを。


『それじゃ、優子がそろそろ起きるから切るね』

「えっ、うん。……あ、そうだ父さん今度はちゃんと……」


 言い切る前にがちゃり、電話の切れる音がした。

 人の話くらい最後まで聞けよ、そう思いながら何処とも繋がっていない電話の受話器を覗く。向こうが見えたらいいのに。見えたところで特にしたいこともないのだけれど。


 しかし、いとこか。いもうとの次はいとこか。本当に、忙しくって忙しくって無駄なこと考える暇もない。

 後悔している暇すら与えられないようだ。

 それとも私が無駄なことを悩んでると知って父は特に意味もなさげな電話をかけてきたのか。最後の最後で父親みたいなこと言っちゃってさ、似合わないのなんの。

 まぁ、あの父がそんなこと考えてるとも思えないので、私が勝手に気を使われた、なんて思っておけば良いか。誰に迷惑をかけるでもない。珍しく優しくされたと思っておけば気分もすっきり、自己満足に浸れてなんて便利。素晴らしい。



 気付けば恐怖を孕んださっきまでの悩みは何処かへ消えてしまっていて。


 私はひとつ、苦笑して受話器を置いた。




 さっさと夕飯の用意してあにといもうとを呼ぼう。

 そうしたらきっと、私はまだ笑っていられるだろうから。






 そして問題がひとつ。


 さて、今日私は何処で寝ようか。

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