ゆれなみの日々 2
言い忘れてましたが、もちろんこのお話はフィクションです。
【––私たちは今、世界に取り残されているのです。数々の生き物がその姿を変え、周囲に適応し、生き抜いてきた中で、私たち『ヒト』は自らの変化を拒み、この世界をその手で作り変えている。
もし、神が存在するというのなら、私たちに降りかかる苦難は全て、その罰なのでしょう。気候が乱れ、争いは絶えず、世界は神の意志のもとに滅びようとしている。
だからこそ私は伝えたいのです。今度は『ヒト』が変わる番なのだと。罰を受ける側から、神の罰を跳ね除ける立場へと変わる、そして神の支配から逃れ、そしてようやく私たちは完全なる『人』になることができるのです。
私たちが求めるのは進化なのです。この時代から、環境から、世界から、そして神からの独立。
母なる虹蛇の神エインガナは全ての生物に繋がる紐を持っていると言います。エインガナが紐を離したその時、その生き物が滅ぶのです。
私たち『ヒト』は今まさに紐を手放されようとしている。ならば『ヒト』ではなく、進化した新たな『人』として生きようではありませんか!】
「新しい『人』ねぇ……」
俺は現在自分の部屋で日野瀬と初日に録音したあのクープーという社長のなっがい演説を聴いていた。
リピートし始めてうるさいのでボイスレコーダーのスイッチはもう切ったが。
「確かに、このまま時代が進めばいつか人は滅ぶだろうね。僕は人が変わらなきゃいけないってのには賛成かな。神からの独立ってのはちょっと意味わかんないけどさ」
「変わる変わらない以前に、あの進化薬ってやつの影響で俺らはもうあいつの言う『人』になってんじゃないのか?」
「うーん……それが疑問なんだよね。僕らが進化しているならこの実験の意味なんてないだろうしね。あの薬はまだ完成してなかった……とかなのかな」
「ひょっとしてセンスだけが進化じゃない可能性もあるわけか!? 姿形が変わったりしたら嫌だぞ俺は。突然俺の身体が光り始めたら全力でBボタン連打してくれ、頼んだぞ日野瀬」
「あのゲームみたいにキャンセルできるかは分からないけどね」
ははは、と笑いながら話しているが実際そうなったらどうしよう。Bボタンの代わりに頭でも叩いておくか。
「二人ともーっ! 助けてくださいッスー!!」
そんな中身のない話をしていたら突然部屋の扉がバーン!! とすごい音を立てて開いた。ただでさえしょぼい部屋で、テーブルとか椅子とかなんかいろんなところがぐらぐらするのに蝶番まで壊れそうだ。
というか、そもそもここ部屋じゃなくてちょっと大きい倉庫らしい。
まあそんなことはたった今轟音とともに入ってきた、設備もよくて綺麗な一番奥の部屋を、じゃんけんで独り勝ちしてゲットした旗継さんが知るはずもないだろう。
因みにドリスさんは元応接室があった場所、日野瀬は喫茶店の店主の子供が使っていた部屋だそうだ。
もっとも、ここはレプリカなのでただの部屋だが。
まぁそれは置いておいて、とりあえず飛び込んできた旗継さんの用事を聞こうとして、そちらに目を向けた俺たちは旗継さんの着ている服を見て吹き出してしまった。
「く、くくっ、な、なんだその服。罰ゲームなのか?」
だぼっとしたズボンは明らかにサイズがあっていないし、それとは逆にぴっちぴちのシャツには大きく『腕力』とプリントされている。いわゆるおもしろTシャツというやつだ。
でもなんでそんなのがここに。
「ドリスさんといっしょに服を回収に行ったら、敵が多くて…………柄を見てる暇もなくて……適当にたくさんつかんで帰ってきたら……全部…………全部おもしろTシャツだったッス……」
若干涙目の旗継さん。
というかたった二人で行ってきたのか。外はもう日が落ちていてかなり危険だったのに。
「そ、それは大変でしたね。……でも今度行くときはちゃんと言って下さいね」
日野瀬も肩を震わせながら注意している。
「ごめんなさいッス。でもなんで二人ともそんなに平気そうなんッスか?」
「「?」」
質問の意味が分からず、二人して首をかしげていると、後ろからやってきたドリスさんが説明してくれた。
「あぁ、アンタ達にもこのTシャツ着てもらうのよ。当たり前でしょ?」
「そ、そんな……」
「うそだろ……」
実験島ビフレストでの生活二日目、東地区に謎のTシャツ四人組が誕生した。
◇ ◇
ビフレストに来て三日目の朝。
心地よく眠っていた俺を叩き起こしたのは、もはや聞きなれた旗継さんの悲鳴だった。
アクマルに襲われたのかと急いでセンスを起動しつつ同じく寝起きで頭がボサボサの日野瀬と下の階へ向かうとそこにあったのは––
何やら無残なカラーリングになったフロートキャリアーの前でガックリと膝をついた旗継さんと、地面に散らばったペンキの缶、何やら満足げな顔でペンキを塗りたくっているドリスさんの姿だった。
「自分のだって分かるようにマークをつけとこうとしたんだけど…………ダメだったかな」
綺麗な銀色だったその姿は全体的に明るい緑色へと変わり、その上にミミズがのたくったような謎の模様が描かれている。
なんというか、見つめていると徐々に正気を失っていきそうだ。
「ま、まあ性能が落ちるわけじゃないし、運転できるのもドリスさんしかいないからいいんじゃないか?」
「うぅ……自分、乗りたくないッス…………」
「そうそう、このフロートキャリアーなんだけど、もう燃料があまり無いみたいなのよ。今日はこの子のチャージでもしておかない?」
最近の車の例にもれず、フロートキャリアーを動かしているのはガソリンだ。使えば無くなるのは当たり前。そして、給油するにはもちろんガソリンスタンドにしばらく接続しなければならないわけで、
「それって結構きつくないッスか? 万が一アクマルに破壊されたら貴重な移動手段がパーになるッスよ」
「確かにそうだな。充電中に敵からフロートキャリアーを守ることになるけど、そもそもガソリンスタンド自体がこの辺にはないはずだぞ」
「一番近い場所でモノレール駅前、次に地下栽培所の入り口、あとは北区と南区の連結橋……あーもう! どこも最低四キロは離れてるわ。」
四キロと聞くとそうでもない距離かもしれないが、フロートキャリアーが使えなくなればアクマルを振り切るために多少回り道する必要があるだろう。しかもその時の移動手段は自分の足だ。こけたり、疲れで失速して捕まったら即やつらのエサになる。
つまり、給油するからには確実にフロートキャリアーを守り切らねばならず、もし動かなくなればその時点でほぼ詰んだ状態になるわけだ。
だが逆に、給油さえしてしまえばあとは逃げるだけ。今回は初日のように連戦による疲労もほぼ無いといっていい。
「どうせいつか行く必要がありますし、ちょっとやりたいこともあるので地下栽培所まで行きましょう」
なにやら考え込んでいた日野瀬はそう言って言葉を続ける。
「昨日倉庫の確認をしておきましたが、野菜などが不足しすぎています。あと中央区の発電施設から電気は来ているので水や空調システムとかは動くんですけど、念のために発電機なんかもとってこようと思ってます」
「それに、今回は準備時間もありますしうまくいったら周辺の安全確保も出来るかもしれません」
「それもそうね。たとえアマハラでもありったけのトラップを仕掛ければ足止めくらいにはなるはずだしね」
「えっなんか俺に辛辣じゃね?」
「じゃあ少し遠いけど目的地は地下栽培所で。各自準備を整えて、昼頃には出発しましょうッス」
ぶれ始めた話を旗継さんがまとめる。ぐぬぬ……
「おう」
「わかりました」
そういって俺たちはとりあえずフロートキャリアーの塗装を剥がし始めた。
「なんで剥がすのよぉ! かわいいのに…………」
「「「このカラーリングだと余計にアクマルを集めそうだからだよ!!」」」
出発まで、あと三時間だ。
誤字などありましたら報告おねがいします。
この作品のタイトルでもあるインガナについてはwikiとかに乗ってたのをだいたいそのまま使ってますが、それぞれ細かい解釈の差があるようです。
何時この設定出せるかわからないから無理やりねじ込んでやったぜうへへ