ゆれなみの日々 1
中央区の時計を見ていてすっかり部屋決めのことを忘れていた俺は、結局1番小さな部屋になってしまった。
部屋に着くと夜中からの疲れが出て泥のように寝てしまい、起きた時には太陽はほぼ真上、あの大時計の時刻も正午少し前を示している。
着替えずに寝てしまったせいでヨレヨレになった服を見て、さてどうしようかと考えていると日野瀬から呼び出しがかかった。
「今からリワードボックスを開けて見るらしいんだ。準備が出来たら下に降りてきてくれってさ」
準備と言っても特にすることはないので、小さな洗面台で顔を洗い下に降りることにする。
一階ではすでに全員が集合して、リワードボックスの前で待機していた。
「おはよ。悪い、さっきまで寝てた」
「おはようッス。自分もさっきまで夢の中だったッス。ドリスさん布団ごと運ばれてきたんスよ。実はドリスさんって馬鹿力なんじゃ……」
と言う旗継さんは未だに布団にくるまったまま。
確か旗継さんの部屋は階段から一番遠かったはずだ。
この形状のまま運んできたのだとしたら、ドリスさんの筋力がかなりのものであると言わざるを得ない。流石ドリスさん。ワイルドだな
「ねぇ早く開けましょう!」
理不尽に怪力疑惑をかけられているドリスさんは、箱の中身に興味津々だ。
「じゃあ、開けるッスよ」
旗継さんが布団からにょきっと腕を出し、そのまま箱のふたを持ち上げる。
がばっ、と身を乗り出して箱を覗いたドリスさんだったが、すぐに首をかしげた。
「ライターにナイフ、ペンダント。あとは……煙草? なんかしょぼいわね」
「結構大変だったのになんか微妙ッスね」
そういって何かの模様が彫ってあるライターを取り出す旗継さん。
俺も煙草を取り出そうとしたが、持ち上げた瞬間にバラバラと数本の煙草が落ちた。
同時に旗継さんがある発見をする。
「あれ? このライター、中のオイルがちょっとしかないみたいッス」
「こっちの煙草も封が開いてるぞ」
「煙草は開封済みで何本か減っていて、ライターのオイルも残りが少ない。まるで––」
––まるで、人が使っていたみたいだ。
口にせずともそう思ったのは皆も同じだったようで、静かに顔を見合わせる。
「あっ」
その時、日野瀬が持っていたペンダントが床に落ちた。
ただのペンダントではなくロケットだったようで、落ちた衝撃によりロケットが開く。
「これは……」
入っていたのはプリクラだろうか。三十代ぐらいの男性と幼稚園児ぐらいの女の子が映っている。
あのアクマルが人から奪ったのか?
それともアクマルに殺された人の遺品なのか?
あるいは、あのアクマルはもしかして…………
その最悪の予想について思考を巡らせていた俺は、リワードボックスに残っていた腕輪に気が付いた。
【D19945 戸水博人 死亡】と刻まれた腕輪は俺たちの腕にはまっているものと全く同じだった。
◇ ◇
敵に見つからないよう姿勢を低くして、俺は呟く。
「なにが”リワード”だよ。あれじゃ遺品回収だ」
「そうッスよね。自分はゲームのドロップアイテムみたいに、武器とか、回復薬的な物が入ってると思ってたんスけど」
同じような姿勢で言葉を返す旗継さん。果たしてそれらは華の女子高生が思い浮かべる物として正しいのかどうか。彼女は意外とゲーマーなのかもしれない。
リワードボックスの予想外の中身によって微妙な空気になった俺たちは、ひとまずそれ以上の追及を保留することにして、近くのコンビニへと食糧を取りに……いや、盗りに行くことにした。
喫茶店ゆれなみの厨房を一通り漁った日野瀬曰く、「かなりのスペースがあったけど、在庫は少ないみたい」とのことなので、数週間分の缶詰などを確保する予定だ。
たかがコンビニといえど、ここは実験都市。内部には二体のピュムがいる。
位置や数などは完璧に教えてくれるが、戦闘に関しては全くの専門外なセンスの俺は棚の陰でこそこそ隠れているだけだ。
少し離れた場所には日野瀬とドリスさんが突撃のタイミングを計っている。
ピュムが二体ともこちらに背を向けた。
足音を立てずに接近した日野瀬が一体の首を浅く斬り裂く。
先ほどボックスに入っていたナイフだ。その威力から考えて、おそらく日野瀬はセンスをまだ使っていない。
襲撃に気づいたもう一体のピュムが日野瀬に飛びかかるが、鋭い音とともに放たれた鎖が直撃し引きずり倒された。
日野瀬が喉を斬り裂かれよろめいていたピュムを”インスタントアッパー”を使った追い打ちの掌底で吹き飛ばし、旗継さんが最低限まで威力を抑えた”エアバレット”で二体の頭をまとめて撃ちぬき、とどめを刺す。
二日目にしてはなかなかのコンビネーションではないだろうか。俺は見ていただけだが。
静かに生命活動を停止したピュムたちはドロドロに溶けて消え去ったが、リワードボックスは出現しなかった。
「報酬が貰えるのはデカいのを倒したときだけってことかしらね」
「そうみたいですね。と言っても誰かが死んだ証なんて見つからないほうがいいんですけど」
「日野瀬君はちゃっかり使ってるッスけどね」
旗継さんが指さしたのは日野瀬の右手に握られたナイフだ。
「使える物は使っていく主義なんですよ」
のんきに会話を続ける三人を放置したまま、俺は棚の商品をゆれなみからもってきた四つのダンボール箱に詰めていく。
そもそも仕入れなどができる状況ではなく、店にある食料品はカップ麺やレトルト食品、缶詰ばかりだ。
日野瀬の主義にあわせてノートやボールペンなどの雑貨も詰めていると、段ボール箱はすぐにいっぱいになった。
正直一人では運べないぐらいに重いので三人に助けを求める。
「おーい! いつまでも駄弁ってないで、運ぶの手伝ってくれよ。結構重いんだこれ」
「オーケー、任せてよ」
軽く返事をしたドリスさんはダンボールに鎖を巻き付けてガチャガチャと引っ張り出した。
そして動き始めるダンボール箱。
「ええー……」
「や、やっぱり馬鹿力だったッス…………」
俺と旗継さんが怪力疑惑に確信を持ち始めた時には既にドリスさんがフロートキャリアーに全ての箱を積み終えていた。
◇ ◇
「しまったッス! 服を回収するのを忘れてたッス!!」
拠点である喫茶店ゆれなみに帰ってすべての荷物を片づけ、さてこれから遅めのお昼ご飯でもという時になって旗継さんが叫んだ。
現在俺や日野瀬は学校の制服、旗継さんとドリスさんはおしゃれな私服という状態なのだが、そのどれもがよれよれだ。やることが多すぎて皆忘れていたらしい。
「確かに服がこれだけなのは嫌ね。でもとりあえず何か食べましょ……アタシはもうお腹が減って動けないわ」
「そ、そうッスね。じゃあ食べたら直ぐにデパートまで行くッスよ! 絶対ッスからね!!」
レトルトカレーをがつがつと飢えた獣のように食べ始める二人。
だがこの店は喫茶店だ。
もうだいぶ日も傾いてきているし、危ないし、正直もうこれ以上戦闘したくない。
席につき、カレーをよそいながら妥協案を提案する。
「なあ二人とも、ここの制服を使えばいいんじゃないか?」
わざわざ服を確保しに行かなくても制服とかがあるのでは? という希望はドリスさんの一言で粉砕された。
「あれ、言ってなかったっけ? ここってメイド喫茶よ。アマハラはアタシたちのメイド姿でも見たいの?」
俺はスプーンを落とした。頼むからそういうことは先に言ってください。
衝撃で固まる俺を、旗継さんがすごい目つきで睨んでいた。
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