夜明けの拠点
今回もちょっと流血あるよ
夜の街はとても静かだ。
そんな時に、突然爆発音や防犯ブザーの音が鳴り響けばどうなるのか。
考えるまでもないだろう。
辛くもピュム=オーガという強敵を倒した俺たちに襲い掛かったのは、音につられた子鬼のような【ピュム】というアクマルだった。
名称から判断すると先程のオーガよりは弱いのだろうが、問題はその数だ。
視界に映るバルーンは三十を軽く超えている。
継戦力のあるドリスさんが鎖を叩きつけて凌いでいるが、体力も無限にあるわけじゃない。
「このままじゃ埒が明かないわね」
勢いよく鎖を振り回し、ピュムをまとめて吹き飛ばしながらドリスさんが言う。
「旗継さんは天原の合図で”エアバレット”を撃ってください! ドリスさんは時間稼ぎをお願いします!」
と指示を出しているのは日野瀬だ。因みに、無力な俺は”リワードボックス”を抱えてオロオロするだけだ。正直戦力になっていない。
「準備できたッス! いつでも撃てるッスよ~」
旗継さんがピュムに右手を向け、合図を待つ。
既にかなりの数を倒しているがいつまでたっても減る気配がない。逃げるにしても出来るだけ多く”エアバレット”に巻き込む必要があるだろう。
すると、ピュムたちがドリスさんの鎖をかわすために一瞬固まった。
ここだ!
「旗継さん!」
「ぶっ飛べッス!!」
旗継さんによって限界までチャージされた空気の弾丸は、狙い通りに密集していたピュムをごっそり消し飛ばす。さらに、余波で周りにいたやつらも僅かに動きが止まった。
その隙を逃すはずもなく、俺たちは走り出す。
「この先にアタシのよく通ってた喫茶店があるの。そこまで逃げましょう」
「分かった。案内を頼む」
ドリスさんを先頭に少し太陽が見え始めた道をひた走る。
後ろからは泥水のような濁った殺気が。
恐怖で震える足を必死に前へと動かす。
このままではいずれ追いつかれるだろう。
そうなれば待っているのは死だろう。せっかく強敵を倒したというのに、一日目で死亡とか情けないにもほどがある。
道端に転がっている”フロートキャリアー”を見つけたのはそんな時だった。
◇ ◇
次世代型高速運搬車として開発された”フロートキャリアー”はどんな悪路でも走ることのできる走破性と、車体を僅かに浮遊させることで極限まで揺れをゼロにする、通称『フロートシステム』という新技術により瞬く間に全国へと広がった。
『フロートシステム』はその後、バイクや乗用車などにも取り付けられ、現在ではほぼ全ての乗り物に搭載されるほどに浸透しているのだが、それはまた別の話だ。
まさしく命をかけた逃走中だった俺たちがこの素晴らしい車を見逃すはずもなく、これ幸いと乗り込んだ。
アクセルべた踏みでピュムたちとどんどん距離を離していく。運転しているドリスさんはさっきと違いご機嫌だ。
しばらくしてフロートキャリアーが止まったのは、東区の中心部から少し離れた場所だった。
「ついたわ。みんな降りて」
「あそこがドリスさんの行きつけの喫茶店ッスか?」
「ええ、なかなかいいところでしょう?」
ドリスさんが指さしたのは、大きなビルに挟まれた裏路地の奥にある、周辺の近代的な建築とは違う和風の建物だ。
隠れ家的雰囲気がひしひしと伝わってくる。
看板には『喫茶店ゆれなみ』という文字が。
「隠れ家みたいでいいでしょ。どうせだから、ここを拠点にしない?」
というドリスさん。確かにこの辺りではあまりアクマルを見かけなかったし、それもいいかもしれない。
念のため、辺りをバルーン表示で見てみるが、表示された中にはアクマルの文字は無い。
「天原君、周囲にアクマルはいたッスか?」
「いや、今のところは見つからないな。この辺りは安全そうだ」
「じゃあ決まりね! みんな入りましょ」
いそいそと入っていくドリスさんに続いて店内に入ると、新築の家のような香りが鼻を刺激する。
「レプリカだから匂いはどうしようもないけど、ちゃんと内装まで再現されててよかったわ」
パーテーションで仕切られたいくつかの席と、奥にある少し広い畳敷きの個室。
ドリスさん曰く、二階には居住スペースもあったそうで、後で自分の部屋を決めることになった。
なにより嬉しかったのは、厨房スペースに少量ながらも食糧があったことだ。
恐らく、ほかの店などにも生活必需品はあるのだろうが、わざわざ危険を冒して取りに行く手間が省けた。
「しばらくはここで暮らせそうッスね」
「そうですね。食糧や寝床もありましたし」
「周りに敵も少ないしな」
などと言うやり取りをしていると、二階からドリスさんが、
「みんなー! 早く来ないと勝手に自分の部屋決めるよー」
と急かしてきた。慌てて二階に上がる旗継さんと日野瀬。
外では既に朝日が昇り、街を照らしている。
ふと、いつもとは違う光景が目に飛び込んで、言葉を失った。
街の中心部。中央区と呼ばれるそこには、巨大な塔が建っていた。
そこそこ離れたこの場所からでもはっきりと見えるその天辺には同じく巨大なデジタル時計。
現在時刻6:17と書かれた横には【P19827】という文字列が輝いていた。
◇ ◇
朝日に照らされた道の端で、小さくなにかが呻いている。
ぼろ雑巾のようなそれは、人間だ。
いや、人間だった、というべきか。
そのナニカに必死に縋り付く女性は、先ほどまでその人間とチームを組んで行動していた。
付け加えるならば、そのナニカは男で、ここにくる以前から女性と交際関係にあった。
すぐそばには小型のアクマル、ピュムが倒れている。
倒したのは女性だ。
不意に、ナニカが起き上がる。
警戒はしていた筈だった。だが、確信が持てなかった。
故に、女性はかつて愛したナニカに––今や、アクマルとなったそのナニカに、心臓を貫かれた。
中心区にある大時計塔にある文字列は【P19825】とその数字を減らした。
誤字などありましたら報告おねがいします。
希望だけで終わらせたくない
今後は拠点周辺でのお話になります。