暗夜の襲撃
ちょっと血とか出るよ!
ピュム=オーガの落下攻撃は地面を抉るだけにとどまらず、左右のビルに大穴を開けるほどの威力だった。
確実に直撃するルートだったはずなのになぜか生きている自分を不思議に思って、衝撃を感じた腹部を見ると、一本の鎖が巻き付いている。
「アマハラ大丈夫!? 急だったから威力のコントロールが上手くいかなくて……」
あたりに舞い上がった土煙で姿は見えなかったが、ポンという音とともに出現したバルーンがドリスさんの位置を教えてくれた。
「あ、ありがとうございますドリスさん。危うく死ぬところでした」
「無事でよかったわ。あと、私にだけ敬語じゃなくていいからね。こんな状況だから遠慮してちゃダメよ?」
「わかりま––分かったよ、ドリスさん。これでいいか?」
「ええ。別に呼び捨てでもいいのよ」
と笑いながらこちらに来たドリスさん。服には少々土がついているが、目立った傷は見当たらない。
手に持った鎖の先端は貫通力の高そうな杭の形をしている。あれが当たらなくてよかった。
土煙もようやく晴れ、月に照らされた敵の姿をしっかりと確認した。
三メートル近い巨体に四つの目、厚い筋肉に覆われた腕には青い模様が浮かび上がっている。
見たところ武器を持っていないようだが、コンクリートを叩き壊すような一撃を放っても大した傷のない腕はそれだけで十分な凶器だ。
同じくこちらの姿を捉えたのだろう、ピュム=オーガはガラガラと不快な声で笑いながらその腕を振るってきた!
「アマハラ! Move back!」
ドリスさんが反応が遅れた俺を突き飛ばし、鎖でパンチを受け止めたが耐えきれずに吹き飛ばされる。
「ドリスさん!!」
と叫んだ俺のほうに顔を向けて目を細める。
ちょうど雲が月を隠し、闇夜に光る四つ目。動き出す巨体。
ピュム=オーガが再びその腕を振りかぶった。
◇ ◇
時間は少し巻き戻る。
天原の警告を聞いた瞬間、日野瀬は自身のセンス”インスタントアッパー”を起動した。
センスにより運動能力だけでなく視覚や聴覚なども強化され、ドリスさんが天原に鎖を巻き付けてその場から飛びのく姿がゆっくりと目に映る。
緊急時なので多少のボディータッチは許して欲しいと思いながら旗継さんを抱え、思いっきり横に飛ぶ。
この時の誤算は、回避にだけ神経を使っていたので着地のことが頭になかったことと、センスによって強化された足が予想以上の加速力を与えたことだろうか。
その結果、旗継さんとともに隣のビルに突っ込んでいってしまった。ビルの一階は百円ショップだったようで、商品と思われる大量の雑貨や『防犯フェア』と書かれたノボリを薙ぎ払って床に不時着。”インスタントアッパー”の効果はすでになく、受け身も取れずに床を転がる。
因みに旗継さんは隣のぬいぐるみが売っているゾーンに突撃していった。
「っつう~……すみません日野瀬君。助かったッス」
旗継さんがぬいぐるみの山から顔を出した。お互いふらふらだ。
「いえ、着地のことも考えておくべきでしたね。怪我はありませんか」
「自分は無傷ッス。日野瀬君のほうこそ大丈夫ッスか?」
「はい、少々擦りむいた程度です」
旗継さんをぬいぐるみから引き上げ、ビルに空いた大穴の陰から外の様子を観察する。
ドリスさんは吹き飛ばされたようで、天原が一人で攻撃を避け続けている。遊んでいるのだろうか、幸い振りは早くないのでちゃんと見えていれば避けられなくもないが、そろそろ限界だろう。
さっさと助けに行こうとセンスを起動させるが上手くいかない。
「連続使用ができないのか……?」
今の状況では致命的すぎる。強化もなしの一般人が一人増えたところで、何の解決にもならないだろう。
「日野瀬君、一瞬でいいッス。あいつの動きを止められるッスか?」
「えっ?」
「本当に一瞬でいいッス。自分のセンスを使ってあいつをぶっ飛ばしてやるッスよ!」
そう言う旗継さんの右手には、周囲の空気が集まって弾丸を形成しつつある。
だが動きを止めるといってもあの巨体を拘束するなんてドリスさんの鎖ならともかく、自分には無理だ。 何かないか、とあたりを見回すと、さっきの着地の時に地面に散らばったのだろう小さな防犯グッズが目に入った。
◇ ◇
あれから何度も攻撃を避け続けたが、もう体力も限界に近く、後ろには壁がある。攻めて死ぬ前に一撃、と思い踏み込んだ右足は、突如あたりに響いた甲高い音に気をとられ、動きを止める。
「防犯……ブザー?」
落ちていたのはどこにでもあるような防犯ブザーだった。
驚いたのはピュム=オーガもだったらしく、音の発生源に振り返った––––瞬間、ズパン、という音とともに右腕が肩からはじけ飛び、そのまま俺の真横に飛んできた『何か』が壁に当たってコンクリートをえぐり取った。
発射されたところを見ると、バルーンが旗継奈子という名前を映し出す。じゃあ、今のは”エアバレット”なのか。弾丸というより砲弾だ。
「グガ……ガアッ!」
ピュム=オーガが今までとは違う俊敏な動きで旗継さんに迫る。
が、横から飛び出した日野瀬の蹴りが腹部に突き刺さり、肩と腹から血を出しながら飛び退いた。
再度突撃しようとするピュム=オーガ。旗継さんは撃った衝撃で動けず、日野瀬は予想以上のキックの威力に反応が遅れる。
盾にもならないのに飛び出した俺の視界に銀色の線が映った。
鎖だ。
すさまじい速さで伸びたそれは、先端の杭で胸を貫いて動きを止める。
「Sarves you right! やっちゃえナコー!!」
「分かったッス!」
旗継さんの放った弾丸は、今度こそ頭をぶち抜いた。
「グ……ガァ……ァ…………」
しばらくもがいていたピュム=オーガだったが、やがて動かなくなった。
「やった……のか?」
「ちょ、テンパラそれは!」
思わずつぶやいて、あっしまったこれフラグか? などと考えてしまったが遅かっただろうか。
何言っちゃってんのお前と言うようにこちらを見つめる三人。
すると、ピュム=オーガの身体がだんだんと融けだした。日野瀬たちのこちらを見る目も冷たくなっていく。そんな目で見ないでくれ、悪気はなかったんだ。
「次はアマハラをオトリにするわよ」
「自分、これで再起動なんかしたら天原君もろとも撃ち抜くッスよ」
ドリスさん、旗継さんも声がマジのトーンだ。
だがドロドロになった元ピュム=オーガは襲い掛かってくることなどなく、四角い箱を形作るだけだ。
箱が出来上がると同時に表示されたバルーンの文字にホッと安堵のため息をつき、皆に知らせる。
「これは敵じゃない、撃破報酬だってよ」
「撃破報酬?」
おうむ返しに聞き返してきた日野瀬に名称を告げる。
俺のセンスが教えてくれた名前は『リワードボックス』だった。
誤字などありましたら報告おねがいします。
戦闘描写難しいッス。ガンバります。
あと、文章量ってどのぐらいがいいのでしょうね
このお話でだいたい2800字ぐらいなのですが、もっと増やしたほうがいいのかな……