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エインガナの紐  作者: せらら
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馬耳東風の罰

 ガラガラと喉を鳴らす音が聞こえる。

 月は雲に隠れ、目に映るのはぼやけた巨躯と幽かな光を放つ四つの眼だけ。


 瞬間、目の前を通り過ぎる丸太のような腕。直撃すればどうなるかなど容易に想像できるその攻撃を体を限界までねじることでかわし、バックステップで距離を開けようとしたところで背中が壁に触れる。


今日は朝からツイてないな、などと考えながら、ズレた眼鏡を押し上げて天原あまはら みつぐは右足を強く踏み込んだ。




◇ ◇


「一緒に新薬開発の手伝いやってみないか? テンパラ今月厳しいんだろ」


 心地よい秋晴れの朝に、わざわざ人の家までやってきて開口一番現実を突きつけてきたのは小学生のころからの友人、日野瀬ひのせ 敦紀あつきだ。


「家に広告が入っててさ。結構金ももらえるらしいぞ」

「実験対象にされないんだったら考えとく。あと、俺の名前はテンパラじゃなくて天原だ。ア、マ、ハ、ラ」

「だったら下の名前で呼んでやろうか?」

「それだけはやめろ!」


 俺は自分の名前が大嫌いだ。台所に出てくる黒いアレぐらい嫌いだ。

 親になにを願って付けられたのかまるで分らない名前『天原 貢』。高校に入る前からこの名前のせいでからかわれたことなど数え切れず、大学受験の近い高三の秋を迎えたがまだ収まる様子はない。

 なので基本クラスメイトからは『アマさん』や『テンさん』と呼ばれている。


「まあ名前のことはどうでもいいとして、手伝いやるなら放課後北区のタイパン製薬会社ってとこに集合な」


 とひらひら手を振りながら歩いていく友人の背を慌てて追いかける。

 授業が始まるまで残り十分といったところだろう。俺たちの住む街は東西南北の四つの区画と、区画どうしを繋ぐモノレール、街のシステムすべてを制御している中央区からなっている。

 俺や日野瀬の家があるのは西区のほぼど真ん中で、モノレールの駅は目の前。通っている高校があるのは南区の端っこだから、駅からダッシュで七分ほどかかって……これ間に合わなくないか?


「時間がヤバい! 走れ日野瀬、遅刻するぞ!」


 と、声をかけたが非情な友人は既に改札を通過していた。




◇ ◇


 放課後というのは自由でいい、と思う。さっさと家に帰るもよし、部活に打ち込んだり、気の知れた友人たちとぶらぶら寄り道する人もいるだろう。

 放課後というのはそういうモノなはずなのだ。断じて、これは怪しい宗教のセミナーかなにか?と疑いたくなるような神が云々だとか、進化がどうとか言う話を聞く時間ではないのだ。

 俺こと天原貢は絶賛講義中の社長らしき人物の話を聞きながら、そんなことを考えている。隣のあいつはどうしているだろうかと思い、横を見ると


(ね、寝てるー!)


 こっくりこっくりと船を漕ぐ友人。自分で誘っておいてそれはないだろう、せめて話だけでも聞いとけよ。いや俺が言えた言葉じゃないけど。

 肘でつつこうにも椅子が離れてるから届かないなーと考えていたら、いつの間にか話がおわっていたようでほかの人たちが移動し始めている。


「ほら起きろ。もう他の人移動してるぞ」

「あぁ悪い、すぐ行く。疲れが抜けてなくてさ」


 講義室と思われるところを出て、人の流れについて行く。途中にいた社員っぽいお姉さんが「退出される方は階段で下の階へ、それ以外の方は上の階へどうぞ」と案内していたが、もしかしてエレベーターが無いんだろうか。ここ結構高いビルだったはずだが。


「そういえば天原は説明聞いてたのか?」


 階段をのぼりながら日野瀬が聞いてくる。


「一応聞いてたが、話が全くといっていいほど頭に入ってこなかった。お前は寝てたけどな」

「優等生を侮るなよ。僕は寝てたけど、ちゃんとボイスレコーダーをつけておいた。あとで聴けばいいんだよ」

「流石学年トップはやることがゲスイな」


 そういやこいつ頭いいんだった。でも圧倒的に考え方がアホっぽい気がする。一般人の頭脳しかない俺には理解できないだけかもしれないけどな。


 階段を上がるとそこは巨大なホ-ルだった。


「あそこに人が集まってるぞ」


 言うが早いか、人ごみに突撃してゆく日野瀬アホ。他の人の邪魔になるだろうが。


「お前はもうちょっと落ち着けといつも言ってるだろ」

「すまん」


 なんて平和なやり取りをしていると、前方にさっきの社長らしい人が現れた。


「皆さん、本日はお集まりいただきありがとうございます。改めてご挨拶させていただきますが、私はこのタイパン製薬会社社長のクープーと申します。気軽にクープーとお呼びください」


 やはりあの人は社長だったようだ。でもクープーって変な名前だな。外国人なのか?


「早速ですがこれから実験を行うので、皆様には補佐をしていただきます。まずはどなたとでも構いませんので、男性同士、女性同士で二人組を作ってください。」


 ……いきなり「はーいじゃあ二人組作ってー」はハードル高いな。俺は別に大丈夫だけどな? 大丈夫だよ慣れてるよ俺。


 まあせっかく友達同士で来てるんだからわざわざ見知らぬ人と組むわけもなく、スムーズに天原日野瀬ペアの誕生だ。ザッと周りを見渡すとちらほらとペアができつつあるようだ。それを見たクープーさんが言葉を続ける。


「二人組ができた方はこちらの用紙に名前を記入して、奥の部屋へ移動してください」


 とクープーさんが言うと記入用紙を持った人が現れた。

 日頃の優等生さを発揮して、日野瀬が直ぐに向かっていくので俺もついて行かざる負えない。周りの人にめっちゃ見られてるよ俺ら。なんか恥ずかしい。


「天原様と日野瀬様ですね。了解しました、それでは右側の扉へどうぞ」


 ん? これから働くのに様付けはおかしくないか? それともこれからやる試験をクリアするまでは客扱いとかなのだろうか。

 と、疑問はあったが指示に従って右の扉に入る。




 扉の中に入ると白衣を着た男性から虹色に光る液体の入った小瓶を渡された。


「それ、グイッと飲んじゃってー」


 などと言う白衣の男性。いやダメだろこれ絶対やばい薬だろ。と思ってたら日野瀬が一気に飲み干しやがった。


「大丈夫だよー。それ飲まないといつまでも実験始められないしさ。ほら後がつかえてるからキミも早く飲んじゃってよ」


 覚悟を決めて、一気にあおる。瞬間、違和感を感じて隣の日野瀬を見る。


「は?」


 視界に入ってきたのは、床に倒れた日野瀬の姿。

 それが霞み、襲ってきたのは頭にはしる鋭い痛み。


「……ッ!!!」


 頭を抱えて蹲る。

 ただひたすらに頭が痛い。瓶の側面に書いてある『バルライヤ』の文字。視界がぼやけ、手足の感覚がなくなる。力が抜ける。白衣の男が笑っている。


(何が大丈夫だよ……この野郎……)





 突然加わった両目の痛みで、ようやく俺は意識を手放した。




誤字などありましたら報告お願いします。

6/13 ちょっと修正

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