紙ダンジョンへようこそ!
「どどど、どうしましょう、コーゾーさん!?」
目の前でパートナーの天使、パピエルがパニックに陥っている。
原因はダンジョンコアに表示された俺のダンジョンの基本情報。
『ダンジョンコード:R73969
管理者:三俣 幸造
ダンジョンレベル:1
属性:紙
配置可能モンスター:4種
【式童子】ランクH
【手妻蝶々】ランクG
【式鶴】ランクG
【ダンボールゴーレム】ランクF
配置可能アイテムカテゴリ:【紙製品】【文具】』
三俣幸造、元大学生、享年20歳。
異世界に転生してダンジョンマスターやることになりました。
「まあまあ、落ち着いて。とりあえずモンスターの詳細を見てみよう」
『【式童子】ランクH
人型に切り抜かれた紙のモンスター。
ドロップアイテム:メモ用紙(105×74mm・10枚)』
陰陽師の形代がでっかくなったようなもんか。というか、ドロップアイテムも紙なのか。
『【手妻蝶々】ランクG
蝶を模した薄紙のモンスター。20頭で1セット。攻撃力は無いが、幻惑の状態異常を与える。
ドロップアイテム:トレーシングペーパー(182×257mm・5枚)』
下から扇であおぐ奴だな。こいつは自力で飛ぶんだろうけど。
『【式鶴】ランクG
鳥の形に折られた紙のモンスター。飛行可能。風魔法使用可能。
ドロップアイテム:折り紙(150×150mm・20枚・10色)』
これはまんま折り鶴だな。バリエーションでツル星人とか出せないかな?
『【ダンボールゴーレム】ランクF
ダンボール箱を繋げたゴーレム。中身は空。
ドロップアイテム:ダンボール箱(395×300×225mm)
特記事項:あらかじめ中にアイテムを入れておくと、それがドロップアイテムとして出現する。』
……可動フィギュアにもなったアレか。著作権は……異世界だから関係無いか。
「見たところ俺の記憶か知識がベースになってるのか? しかし、どうにも弱そうだな。さすが紙」
「弱そうなんじゃありません、弱いんです! ランクHって一般人でも問題無く対処できるレベルですよ!」
「おう、それは……」
「一番強くても新人冒険者が数人いれば楽に倒せるランクF。おまけにアイテムに武器も防具も宝飾品も無し。こんなんじゃマナが稼げませんよう」
さて、ここで少し説明しよう。
この世界のダンジョンとは、実の所魔素の調整装置である。
魔素とは魔力、すなわちマナの源であるけれど、一ヵ所に大量に存在するといずれ重大な災害の原因になる。
そういった魔素溜まりが発生したり、あるいは発生しそうにになった時に神々によって配置されるのがダンジョン及びダンジョンマスターというわけだ。
その魔素濃度のコントロールの手段は主に二つ。直接的な方法はモンスターという器に魔素を詰め込んで一時的に小分けにすること。間接的な方法はアイテムという餌で誘き寄せた冒険者達の活動で魔素を消費させること。
ちなみにこの世界の住人には、ダンジョンは試練と財を与える迷宮神の恩寵であると認識されている。
「モンスターやアイテムの生成にも、ダンジョンの稼働や改築にもマナが必要なんです。いくらダンジョンマスターの魔素変換能力が高くたって、それだけじゃいずれ足り無くなるんです。冒険者を倒してそのマナを吸収しなきゃいけないのに、この弱さじゃどうしようもないじゃないですか」
「むう、そうだな……。 あ、複雑な迷路で時間稼いで、生物が自然放出する分のマナを吸収するので賄えないかな?」
「よっぽどのリピーターでもいないかぎり、効率的にアウトです。それ以前に紙と文具しか手に入らないダンジョンに来てくれる人がどれだけいるか……」
「……配置アイテムは、カテゴリ内であれば俺が自由に設定できるんだよな?」
「コストやダンジョンレベルによる制限はありますけど、ある程度は」
「モンスターから察するに俺の知識にある物も使えるみたいだし……うん、何とかなるかもしれない」
「だから、ケチらずに地図買おうって言ったんだ、僕は」
「まあまあ、確かにここの迷路はやたら複雑だけどさ、金は残しておいた方がいいって話だったし」
「ブマガはいいだろうさ。ここの敵は弱いから前衛は楽だし」
「敵が弱くて楽なのはカーガズも一緒だろ」
「魔術師は元々の体力が少ないんだよ」
二人のじゃれあいを聞き流しながら、カルタは扉をチェックする。
鍵は無し。トラップも無し。
扉の向こうの気配は……無し。だと思う。多分。
少しだけ開けてみると、隙間から漏れる一筋の光。
安堵の溜め息を一つこぼし、振り返って仲間に声をかける。
「よし、やっと休憩所だ。とにかく休もうぜ」
扉をくぐると、そこは想像以上の部屋だった。
いや、冒険者ギルドの訓練場程の広さがある空間を部屋と呼んでいいものかどうか。
天井全体から発せられる柔らかな明かりの下、自分達と同じ様な冒険者のパーティが数組思い思いに寛いでいる。
師匠の話の通りなら、ずっと向こう、正面にある大きな扉が『謎かけの扉』だろう。
左の壁沿いに並ぶのは、他のダンジョンではまず見られないという充実した施設。
一番奥に金を捧げると食料がもたらされる食神の祠。
その横には竈があるので、ダンジョン内だというのに温かい食事もできるだろう。
水場は腰ほどの高さで、壁の穴から流れ出し、また壁の中に消えていく半円形の小さな水路。
その手前の小さな扉に手を掛け、カルタはごくりと唾を飲み込んだ。
開ければそこは狭い空間と床に掘られた穴。普通なら籠っているだろう臭気が無いのは、穴の底に水の流れがあって汚物を洗い流しているからだという。
そう、そこはトイレであった。
そして、穴の傍らに置かれた白い円筒形。それこそがカルタ達がこのダンジョンにやって来た理由。お宝の欠片。
手に取れば、それがとてつもなく長い紙を綺麗に巻いた物であることがわかる。
「これが……柔らか巻き紙か」
白く、薄く、そして驚くほどに柔らかく、心地よい肌触り。更には仄かに花の香りまで漂わせている。如何なる職人にも造り得ないであろうその紙はまさに神の恩寵に間違いなく。
しかし、その薄さ柔らかさ故にものを書くことは不可能であり、知識神の神官によれば、畏れ多くも尻拭き紙なのだという。
「こりゃ、貴族や商人からの入手依頼が途切れないわけだ」
手の中の巻き紙を持ち帰りたくなるが、それは我慢。
冒険者としてマナー違反であるし、師匠の話ではそもそもトイレから持ち出せないらしいし。
何より、このダンジョンのボスである厚紙箱のゴーレムを倒せば、完全な―12個セットのものが手に入るのだから。
「コーゾーさん」
「おうパピエル。何だ?」
「なんか、納得いかないんですけど」
「何がだ?」
「こんなモノでダンジョンが繁盛することが、です!」
「人間、一度知ってしまった快適さは、そう簡単には捨てられないものさ」
「格好良さげなこと言ってますけどトイレットペーパーですからね! 日本円で300円しないものですからね!!」