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 働きアリの法則。驚いたことに、日本人の研究によるものらしい。

 働きアリのうち、本当に働いているのは八割で、残りの二割はさぼっているのだと、山崎は言った。

「まあ、細かく言えば勤勉なアリが二割、普通に働くアリが六割、全く働こうとしないアリが二割、らしいんだけどね。それで、勤勉な蟻ばかりを集めた巣でも、逆に全く働かないアリばかりを集めた巣でも、少しするとその二対六対二の割合に分かれるらしいんだ。面白いよね」

 以前本で読んだだけの知識なんだけどさ、と笑う山崎を、私はぼんやりと眺めていた。何故だかは分からないけれど、奴が地面に這いつくばり、一列になって歩いてゆく蟻をじいっと見つめている姿を想像した。妄想の中で、奴は少し前に見かけたあの寂しそうな表情を浮かべていた。

「ねえ、働かないアリって、何で存在すると思う?」

 塗装の剝がれかけたベンチに座る私に向かって、山崎は舞台上にいるみたいに問いかける。私は、答えない。何故そんな話を唐突にしてきたのか、分からなかったのだ。分からないものは、答えられない。

 黙ったままの私に、奴は困ったように笑った。そして、また口を開く。


「僕は――働かないことが、その巣での彼らの役割だからだと思うんだよ」


「……役割」

 オウム返しをした私に、うん、という肯定が返ってくる。しかしそれ以上の説明はないらしく、奴は放られた鞄に手を伸ばした。ぱん、ぱんと砂を払う音が、山崎自身への拍手に聞こえる。

 役割。何の役割なのだろう?

 人には能力があって、それに見合った役割がある。

 学校に行くことは、私達学生の役割だ。授業を受けること、お昼になったらご飯を食べること、夜は眠ること。それは、私の役割だ。私が私であることは、私の役割。私ができることで、私自身がやるべきこと。

 でも、それは本当に私がここに存在するための、私のための役割なのか?

 ――なーんて、こんな思考は私たちの年代なら一度くらいは考えるようなひどく陳腐なもので、不思議なことじゃあ、ない。

 答えは出ません、役割を探すことが今の私たちの役割です。私の場合、いつもそんな、やはりどこにでもあるような答えにたどり着いてしまう、のだけれど。


 この男の、役割は――これだけ動けて、これだけ綺麗な笑顔を見せることのできるこいつの役割は――働かない、こと?


 山崎が、顔を上げた。

 はい、今日はありがとね。また暇があったら、あいつらとも遊んでやってよ。そう言いながら、鞄を手渡してくる。これ重いね。真面目だなあ。笑われた。

 私はありがと、と声を出しそれを受け取った。自分でも驚くくらい、小さくかすれた声だった。確かに重い。私分の重さだ、なんてわけのわからないことを思った。

 その様子を見て、山崎は眉を下げる。あー、と考えるそぶりを見せてから、

「……まあ、僕はそういう奴ってことで。納得したかな、尾行者さん」

 すうっと、微笑みが山崎自身の奥底へと沈んでいく。その笑みは、上がった口端はまだ壊れていなかったけれど、徐々にやつが私の知っている「山崎」になっていくのを感じる。

「じゃあ、また明日」

 そういうと、奴は私に背を向けた。


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