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山崎の家は小さな靴屋さんらしい。作るほうではなく、売るほうの。
公園よりもっと先のほうにある、つぶれかけの商店街の中に店があるそうだ。両親は普通に会社勤めのため、おじいさんが一人で店を切り盛りしてるとのこと。
そのおじいさんから、いろいろなことを教わっていたらしい。
足にあったサイズ、材質、形。静寂が支配した、しかし暖かさのあるお店のこと、厳しいおじいさんのこと、きれいに並べられた品のよい靴たちのこと。
どことなく歩きながら、山崎はこいつ本当に無口かと疑うほどよくしゃべった。いや、山崎は無口なんかじゃなかった。おじいさんが選んでくれた靴や、それをはいて散歩をすることを話す山崎の表情は柔らかく、春の日差しのようだった。
あの小さく卵焼きをかじっていた奴には、とてもじゃないけれど見えなかった。
「僕らは靴をはいて、外の世界に出るんだ」
そんなことを言い出したときは、もはや別人なんじゃないかと思った。
「外は、一度だって僕らに同じ風景を見せない。向かってくる風も、それに揺れる足元の草花も、空の青さも、前と同じだったことはない。靴は、そのことを気づかせてくれるきっかけなんだ」
楽しそうに、この世に不幸なんてものはない、と言わんばかりに目が細められる。その笑顔は湖みたいに深く澄んでいて、素直に綺麗だ、と思わせるものだった。
頬の温度がわずかに上昇し始めていることに気がついて、私はあわてて首を振った。二人の間を、春から夏にかけて吹くやんわりとした風が通り抜けていく。からかわれているみたいだ、と思った。
今日は詩人なんだね、とやっと茶々を挟む。
山崎ははっとした様子で、少しうつむいた。それから、そうかもね、と口元を引き上げて言う。寂しそうにも、見えた。
しかし、次の瞬間にはまた見慣れない、明るい山崎が戻ってくる。
「……だから僕は、靴と同じくらい、旅行……旅? が好きなんだ。去年の夏休みも……」
無理に笑っているようには見えなかった。むしろ、程よく力の抜けた自然体だった。僕は生まれたときからずっとこんな感じです、と言っているようにも感じた。
私は山崎が再び足を止めるまで、彼の話を聞き続けるほかなかった。