17. 体育祭①
今年の体育祭は、始まる前から去年とは違う雰囲気に包まれていた。たった1日しか練習が行われない体育祭にもかかわらず、横断幕は校舎を埋め尽くすほどにかけられ、あちらこちらで、勝利への気合いを入れる掛け声が上がっている。
その中でも特に女子たちの気合いが半端ない。どぞこのアイドルのコンサートかと思われるほど、全員の手には色とりどりのデコレーションがされたうちわが握られている。そのうちわに書かれた名前は、2つ。
武蔵野勇気。
鬼勢昇。
今年度の体育祭はまさに、2人のための体育祭になったと言っても、過言ではない状態だ。
「まさか、こんなに思惑通りに進むとは……」
「奈美、何か言った?」
「ううん、こっちの話」
薄笑いを浮かべて緩んだ口元を真白に見られてしまったので慌てて誤魔化す。でもねぇ、これが笑わずには入れないでしょう。笑いを通り越してなんかもう呆れちゃってますよ。
《魔王》には正々堂々と戦って云々かんぬん、なーんて説明したけど、《魔王》に花形競技に出させた目的は他にあった。
それは井之上様派と木戸派を分裂させることだ。
いくら《冥王》が彼女たちを何かしらの方法で操って協力させてるとはいえ、ファンクラブまで作っちゃうほど大好きな対象が、その大敵と直接対決しようって時にのんきに手を組んでなんかいられないはず。彼女たちのそんな熱い情熱が《冥王》の思惑を打ち破ってくれたらいいなー、なんて軽い気持ちで《魔王》をけしかけたらこの結果。
2つの派閥を分裂させるのは面白ほどうまくいき、互いの崇拝対象に勝利を導こうと、女子たちの体育祭への参加意欲はかつてないほど盛り上がっている。おかげで体育祭準備期間中に真白への動きは全くなくなった。
そこまでは私の計画通りで万々歳なんだけど、なぜか地域を巻き込んだ軽いお祭り騒ぎにまで発展していた。保護者席には明らかに同年代の女子たちが多く紛れ込んでいる。十中八九《勇者》と《魔王》の対決を聞きつけた同中の生徒たちだろう。それをさらに聞きつけたのか、学園を遠巻くようにして屋台まで出来ちゃってるらしい。
「優勝するのは、昇率いる鬼勢組だーーーー!」
「優勝は、我らが武蔵野組のものですわよ!」
そして、本来なら男子の見せ場となるはずの応援団は、見事にそれぞれのファンクラブに乗っ取られ、応援団長として長ランを着た木戸と白袴を来た井之上様によって大盛り上がりしている。紅白戦のはずなのに、それぞれのチームの名前はいつの間にか《勇者》と《魔王》の名前になっているし……もう、ともかくカオス状態だ。
まぁ、学校行事が盛り上がるのは悪いことではないし、地域貢献にもなっているから、よしとしておこう、無理やり。当然、この状況を生み出したのが私ってことはトップシークレットだ。正直ここまで大ごとになるなんて、誰が予想できると思うよ?ファンたちの情熱を完全になめてたわ……。
「何事も起こらずに終わるといいね」
うん、この光景を見てたら真白が苦笑交じりにそういっちゃう気持ちもよくわかるよ。競技中に白熱して大乱闘とか……頼むから勘弁してほしい。
「じゃあ、私は中距離走に出るから、門のところに行くね」
「うん、頑張ってね!」
「奈美も、競技の準備がんばってね」
笑顔で手を振りながら入場門のほうへかけていく真白を見送る。運動神経抜群な真白は今年も5種目ぐらい競技に参加する。ちなみに私は生徒会の仕事が忙しすぎると、1人は必ず出場しないといけない決まりになっているのを免除してもらった。
確かに仕事忙しのは本当なんだけどね、うちは《魔王》のいるクラスだから、特別勝利に対するこだわりが強くって……正確にいうと全員がこだわってるわけじゃないけど、《魔王》ファンクラブからの圧力がすごくって……。私、どう頑張っても100メートル走でドベにしかなれないからね。あとでなんて責められるのかが怖いから逃げたようなもんです。
「さてさて、私は今年も雑務に勤しむとしましょうかね」
最初の競技は真白が出る中距離走。そのあとは1年のクラス対抗ムカデ競争。中距離走が行われている間に次の競技の準備をするので、私はグラウンドの中の見やすいところで真白を応援できる。
ちなみに、この競技《勇者》と《魔王》も出場することになっている。《勇者》の足の速さは去年見たので知っているけど、果たしてあの《勇者》に《魔王》がどれだけくらいついていけるかが見ものだよね。
仕事をしつつ、2人の勝負をじっくりと見せてもらうことにしよう。
■ □ ■
せっかくだから今回の体育祭を最大限に盛り上げようと、プログラムを作る生徒会も一枚かんでいたりする。おかげで《勇者》と《魔王》は参加するどの競技でも直接対決をするようにしむけられており、さらに盛り上げるために、大体最終組に回されている。
もちろん、2人だけで走るわけじゃないからほかの生徒もいるんだけど、彼らにはもうご愁傷様という言葉を贈る以外に私にできることは見当たらない。門に並んでいるときから憂鬱な気持であったであろう。南無さん。
「さぁ、最後の組になりました!注目の武蔵野選手と鬼勢選手の第一戦です!!」
興奮気味の放送がされた後、会場から大きな大きな歓声が上がる。特に女子たちの黄色い声がものすごい。グラウンドの反対側にいる私の耳までつんざいてくれるような声量に口元がひきつる。やー、もー、なんだかなー……。
しかし、そんな周りのざわめきなど全く気にも留めていないのか、《勇者》と《魔王》は真剣に前を見据えてスタートを切る構えをとっている。お互いに目を合わせたりもしてないんだけど、思いっきり意識しあってるのがバレバレだな。
《魔王》が同じ競技に出るって知ったとき、《勇者》は興味なさげな反応を見せてたけど、まぁ、意識しないわけがないよね。
「位置について!」
スターターを打つ先生の声にも今までより一層気合いが入ってるみたいだ。その声に反応してまるでさっきまでのざわめきがウソみたいに、しんっとグラウンド全体が静まりかえる。雰囲気にのまれて思わず生唾をのむ。
「よーい……」
パァンッ!!!
スターターの音と同時に、《勇者》と《魔王》は地面をけった。