8. 新入生歓迎遠足①
「《暗殺者》が《冥王》かもしれないって?」
《吟遊詩人》が目をまん丸にして私を見る。あ、やっぱ驚くよね。
「いや、そういう可能性ってないかなーっと」
「それはないと思うぞ。お前は知ってると思うけど、最終的にはあいつも《魔王》同様、俺たちの仲間だったわけだし、《創造主》の目を欺いて《暗殺者》と《冥王》が入れ替わるっていうのはあり得ないだろう」
うーん、《吟遊詩人》が言ってることはもっともだ。やっぱさすがに《暗殺者》が《冥王》ってことはないか。
あの出来事の後、冷静に考えてみたらそんなのあり得ないか、とは思ったんだけど、一応《吟遊詩人》にも意見を聞いてみたかったんだよ。
今《吟遊詩人》と話してる場所は、毎年恒例新入生歓迎遠足でやってくるどでかい公園だ。昨年同様、生徒会メンバーは他の生徒より早めに集合している。同じく教師陣として早めにやってきた《吟遊詩人》を捕まえて、この間の出来事について話してるところだ。
《魔術師》にも相談したいところなんだけど、驚いたことに《魔術師》は始業式以来学校に来てないらしい。最近お昼の時間に姿を見せないと思っていたら、まさかずっと休んでいたなんて……。天才少年だから1ヶ月以上の無断欠席もスルーされている、というのが《吟遊詩人》から聞いた話だ。
《魔王》といい《魔術師》といい、この学園は問題児を放置しすぎじゃないか?まぁ、《魔術師》の方は多分、私がこのあいだ話したことについて色々調べ回ってるのかもしれないから、あんまり強くは言えないんだけど。
んで、ひとまず《吟遊詩人》に色々考えたことを話してたところだ。あの日のうちに真白が女子に襲われたって話はしてたけど、真白と《女騎士》がいた手前《暗殺者》の話はしてなかったんだよね。
ともかく、《吟遊詩人》にも言われた通り、やっぱり《暗殺者》=《冥王》っていうのはなさそうだ。それは確信できた。
「じゃあ、《暗殺者》が《冥王》とグルってことは?」
「うーん、あいつは《魔王》命!みたいな奴だったから、それもないと思うけど」
「そうですか……」
うーん、やっぱ【セント・ファンタジア】と同じ設定か。《暗殺者》は《魔王》の右腕的存在で、《魔王》の為なら命も惜しくない!って感じの《魔王》心酔キャラだったもんなー。
そんな《暗殺者》が《魔王》にとっても敵である《冥王》につくなんて展開あり得るのかな……?この世界はゲームと違う点があるとはいえ、前世での関係性がゲーム通りなら、転生した後でもそれを引き継いでそうだけど。
「しかし、これでお前の知ってるゲームに出てくる宝玉を持ったキャラは全員そろったってことだな」
「はい」
「俺はいまだにこの世界が【ゲームの中】なんて信じちゃいないが、お前が言ってることはことごとく当たってる。《冥王》のことも気をつけるに越したことはないのかもしれないな」
腕組みをしながら神妙な顔をする《吟遊詩人》。正直、この人は私の話を半分も信じてなかったんだと思う。多分、信じてたのは私が転生者ってことくらいじゃないかな?でも、さすがに私が言ってた通り《暗殺者》が後輩としてやってきたから、ちょっとは信じる気になったみたいだ。
まぁ、自分が住んでる世界が【ゲームの中】だんて、そうそう簡単に信じられることじゃないし、仕方ないことだとは思ってたけどね。
「《冥王》のことはともかくとして、真白のことは気をつけておくよ。立場上、真白だけに気を配ってることはできないけど……」
「わかってます。真白のことはなるべく1人にしないようにしますから」
全部信じてくれなくても、こうして協力してくれるんだから、それで十分だ。今のところは《女騎士》が真白についていてくれるから、あれ以来何も起こらずに済んでるしね。
てか、この間のバット女子による襲撃の時は《女騎士》がいてくれたから私も真白も怪我せずに済んだけど、彼女がいてくれなかったら本当にどうなってたことか……考えただけで恐ろしい。私も《女騎士》くらい強かったら2人体制で心強かったかんだけど……、言わずもがなモブキャラの私には当然格闘能力なんて全く備わってない。
《女騎士》は強くて頼り甲斐があるけど、やっぱ女子だしね。1人くらい男子の味方が欲しいよね。
《勇者》はもちろん真白の味方で真白を守ろうとしてくれてる。ただ、真白がいじめられた原因が《勇者》にもあるから、あんまりべったりになられるのは逆効果の可能性もあるんだよねー。《魔王》も同じ理由で頼れない。
《王子》は真白がいじめられてると知れば放っては置かないだろうけど、常に学校にいるわけじゃないし、だいたい連絡先知らないし。
やっぱ、しばらくは私と《女騎士》で真白のガードを固めるしかないよな。……私、ほとんど役立たずだけど。
「そろそろ生徒が集まり始めたから、生徒会のメンバーは所定の位置に集まってくれ」
生徒会長に声をかけられて、みんなでゾロゾロと移動する。去年と同じく、今年も生徒会メンバーの紹介があるからね。
「平野、今年も緊張してんのか?」
「さすがに多少は慣れたよ。全校生徒の顔がジャガイモに見える日はまだまだ遠そうだけどね」
「別に、緊張しなくなったならジャガイモに見えなくてもいいんじゃないか?」
「君がジャガイモだと思えって言ったんじゃんか」
「だから、それは緊張しないためであって、それが目的じゃないだろ」
《勇者》め、私にジャガイモはハードルが高すぎると言いたいのか!?確かにこれだけたくさんの目玉を目玉がないものだと思い込むのは至難の技かもしれない。でも、私は気付いたんだ。ジャガイモには目玉はないけど、芽がある。そう、人の目玉をジャガイモの芽に見立てればあるいは……!
「まぁ、緊張してないならいいけど、噛まないように頑張れよ」
あ、今絶対相手にするの面倒くさいって思われた。ふんっ、いいさいいさ。全校生徒の前でボディタッチされるより、そっぽ向かれてた方が身の安全が保てるんだからね。
思い返せば、去年ここで井之上様たちに囲まれたのはまさに《勇者》のせいだったんだよね。気安く肩にポンッとか手を置いてくるから、井之上様たちに勘違いされて……こんなにたくさん生徒がいるのに一発で井之上様の鋭い視線が感知でき────
あ、また、《暗殺者》と目があった。
去年のことを思い出しながら全校生徒を何気なく見渡していたら、1年の集団の中でこっちをじぃっと見つめてる黒い眼とばちぃっと目が合う。
……目が合うっていうか、うん、どう考えてもあれは睨らんできてるよね。なんか、入学式の時から異様に睨まれてる気がするんですけど……。
やっぱり、《暗殺者》が《冥王》の手下だから?
《暗殺者》が《冥王》とグルだとして、私が《冥王》の邪魔をしてるからあんなに睨んでくる、と思えば辻褄は合う。
《吟遊詩人》との話ではその確率は低いだろうってことにはなったけど、可能性がゼロってわけじゃない。それを確かめるためにも一度は直接話してみる必要があるのかもしれない。
……めっちゃ怖いけど、でもやるしかないよね。話したらなんかわかることもあるかもしれないし。……でも1人で《冥王》の手下かもしれない《暗殺者》怖いよー。
もしかして《暗殺者》要素引き継いでて、突然ぶすり!とかされたら……そそそそそんなのいやだ!!!保険で《勇者》も連れて行こうかな……。
あ、てか、話に行くのはいいけど、私そもそも《暗殺者》の名前もクラスも知らないや。
あとで生徒会の新入生メンバーに探りを入れてみるか。