15. バレンタインデー①
私が、《魔王》のことを好き?
いやいやいやいや、待ってくれ。それは何かの冗談だろう。確かに【今キミ】の中でダントツ好きだったキャラではある。でも、私が好きだったゲームの中の”彼”と私が今生きているこの世界の”彼”は性格が違いすぎる。見た目が好みだっていうのも確かにあるけれどもさ……。
そもそも、ここがたとえ【ゲームの中】であっても、この世界は私にとって三次元、つまり現実なわけで、あんな現実ばなれしたイケメンに恋をするなんて無謀というか、それこそ二次元の相手に本気で恋しちゃうレベルだろ。
人生において結婚に重きをおいていないとはいえ、あんなレベル違いも甚だしい相手に恋するなんて、一応28歳まで生きた私の理性がそんなこと起こすわけない。
「これは、あれだよね。捨てられて雨に打たれた子犬を毎日世話してる間に情が移った的な……」
「奈美、考えてることが声に出てるよ」
はっ、しまった。考え込みすぎて声になってること全然気づいてなかった。真白が教えてくれなかったら、このまま思考を外部に垂れ流してしまうところだった。危ない危ない。
てか、いつ国語の授業は終わったんだ?授業の内容、全く覚えてないんですけど。
「最近ぼーっとしてること多いけど、大丈夫?」
真白が心配そうに尋ねてくる。うーん、これはもしや気付かない内にかなり心配させてたかもなぁ。
「うーん、大丈夫っちゃ大丈夫なんだけど……」
「私でよかったら相談に乗るよ?」
真白が相談に乗ってくれるなんてありがたい。それはまるで神に告白するようなもので、きっと話してしまったあとには晴れ晴れとした気持ちになるのだろう。悩んでることがこんな内容じゃなければ、ね。
「ありがとう。でも、相談するほどのことでもないっていうか────」
「もしかして、奈美も今日誰かにチョコあげるから緊張してるの?」
へ?チョコ?えっとーーーーーーーー。え、もしかして今日って……。
「製菓会社の陰謀によって乙女たちの恋心が利用されまくる、悲しきバレンタインデー?」
「……もしかして、今日がバレンタインデーって気づいてなかったの?」
はい、気づいてませんでした。そういや最近なんかみんなソワソワしてんなーとは思ってたけど、私は私で思考回路をごっそり《魔王》に持って行かれてたからな。
……ん?なんかこのいい方だと、いよいよ私が《魔王》好きみたいじゃんか!?いやいやいやいや、だから違くてー。
そもそも、バレンタインデーを忘れちゃうくらい乙女思考が廃れちゃってる私が、《魔王》に恋をするなんてどう考えてもありえないでしょうよ。うん、やっぱこれは捨てられた子犬に抱く同情心だ!うん!!ひとまずここはそういうことにしておこう!
そんなことより、バレンタインデーといえば、私にとっては違った意味で大切な行事なんだから。
「真白はさ、誰かにチョコあげるの?」
「うん、何個か持ってきてるよ。全部買ってきたやつだけどね」
用意してるのは全部市販のチョコ……。手作りはなし、ってことは大本命はいないってことか。うーん、もしかしたら《勇者》には手作りチョコ準備するかと思ってたんだけどなぁ。両想いって状況まではまだなってないってことか。
なんの話をしているかというと、バレンタインデーは真白の好意の度合いを測るのにちょうどいいイベントだってことだ。
【今キミ】の中でもバレンタインデーイベントはあって、そこで用意できるチョコは4種類ある。1つは手作りの本命チョコ、1つは失敗作の友チョコ、後の2つは市販で高級チョコか普通のチョコかという具合。
もちろん、ゲームの中ではどれを作るかを選ぶのは主人公であるプレイヤーなわけだけど、チョコのレベルと主人公の恋心のレベルがゲームと同様に連動している可能性は大いにある。
そんなわけで、真白があげるチョコの種類によって相手への気持ちの傾き具合がはかれるはずー!っと、新学期が始まった頃までは意気込んでたんだけど、まさかバレンタインデーのことなんてすっかり忘れて、こんな重要な探りを入れるのが当日になってしまうなんて……。
まぁ、すぎてしまったことはもうしょうがない。当日にでも聞けたのだから良しとしておこう。
けど、その回答は私が期待していたのとは違っていた。真白はさっき、市販のチョコしか用意してないって言ってた。
つまり、真白的には本命チョコを渡したいほど気持ちが熟した相手がいないってことだ。
うーん、文化祭の時もいい感じだったし、《勇者》に本命チョコ渡すと踏んでたんだけどな。真白の気持ちはまだそこまでいってないってことだ。
《勇者》の方の気持ちはもう熟れすぎてて食べごろすぎちゃいますよー、くらいな勢いなのに、攻略される側より攻略する側の進捗が遅いなんて、なんだかなー。