12. 文化祭1日目①
とうとう文化祭当日となった。文化祭は2日間に渡って行われる。一般人も招き入れるのだから、高校の文化祭にしては大規模だ。
ちなみに出し物内での直接的なお金のやり取りはない。学校の入り口付近にある”文化祭券”を購入してもらい、各出し物を楽しんでもらう。おかげで売り上げは学校の運営費として丸っと吸い上げられてしまうので、売り上げを競ったりするようなことは起こらない。
出し物で消費された券も一番人気出し物を決めるポイントには加算されるから、みんな客引きには力を入れてるけどね。
まぁ、うちのクラスはそんなもの必要なさそうだけど……。
「うちが一番端のクラスでよかったね」
隣でしみじみと言う絹島さんに私は同意せざるを得ない。何せ、うちのクラスの「メイドカフェ」に並んだ長蛇の列は、廊下を軽々と超え、階段まで続き、そしてとうとう3階の踊り場にまで到達しようとしているからだ。
「客引きじゃなくて列整理要員が必要になるとは、ちょっと計算外だったな」
少し離れた場所でプラカードを持つ学級代表がぼそりと溜め息をついた。廊下の前でお客さんを整列する係はもちろん設けていたが、まさか3階の踊り場まで到達するとは……。最低でも4人くらいいないと、他のお客さんの移動の邪魔になったりして苦情が出てしまうので、急遽店番のスケジュールを変更して私たち3人を含む5人で列整理の作業に当たっている。
前世でこういうバイトはしたとこなかったけど、ライブの時とか遊園地に行った時とかよくこういう列整理の人いるよね。まさか高校の文化祭でこれをすることになるとは思わなかったけど……。
「代表は残念だったねー。せっかく真白さんと写真撮れるチャンスだったのに」
「よ、余計なことを言うんじゃない、絹島!」
おぉ、学級代表よ。真面目そうに見えてちゃっかりルール違反しようとしてたのか。あ、そう言えばうちの学園ではなぜか各クラスの長を学級代表って呼んでるんだけど、いわゆる学級委員長のことね。
学級委員長をする子のことを「委員長」って呼ぶのと同じ感覚で、うちのクラスではみんな彼のことを「代表」と気軽に呼んでいる。なんかちょっとカジュアルな雰囲気の中小企業っぽく感じるのは、私がかつて社畜として働いていた会社がそんな感じだったからだろうか……。
「い、一緒のクラスなんだから。写真くらいいいだろう」
「代表がそれ言い出したらさ、真白さんはうちのクラスみんなとツーショット写真をとらないといけなくなるね」
うん、絹島さんの言う通りだ。同じクラスの特典として写真撮影くらいタダでいいんじゃないかな?特に学級代表なんかはカフェの準備にすごく頑張っていたわけだし。
「しかし、おさわり禁止に写真撮影有料なんて……なんだかアイドルレベルだよな」
「まぁ、真白さんはアイドルなんじゃない?この列見ててもそうとしか思えないよ。どこにも所属してないフリーなライターもいるわけだしさ。真白さんはフリーなアイドルだよ」
絹島さんがなかなか面白い発言をして学級代表を困らせている。テリトリーは違うけど、なんだか絹島さんとは同じ匂いを感じるな。発言内容的に。キャラが被ってるとも言うが……私は決してあんな迂闊な発言を誰にでも口に出していったりしないぞ。不思議発言はなるべく心に留めておくのが、私の最大のチャームポイントなんだ!
「平野さーん、指名入ったから店に戻ってくれる?」
「え?私?」
「何かの間違いじゃないのか?」
おい、学級代表。それは私が言ってもいいセリフだけど、お前が言ってもいいセリフじゃないぞ!
「ううん。真白さん待ちじゃなくて、本命で平野さん指名だったよ」
「いろんな趣味の人がいるしね。そのためにいろんなバリエーションのメイド服作ったんだから!」
絹島さんもフォローする気があるのかどうかイマイチ怪しいところだな。ここにくるまでに散々言いたい放題言われたから、今更いいんだけどさ。
「裏方の方はちょっと落ち着いてるから、ここは私が代わるよ」
「ありがとう。おわったらすぐ戻ってくるから」
呼びに来てくれた子にそう言って、私はクラスに戻った。
「へー、本物のメイドまで雇ってるのか」
「やっぱお金持ち学校はちがうねー」
おい、ちょっと待ってそこのカップル。今私の写メを撮らなかったか?しかも本物のメイドとか言ってなかったか?もしやお前たち、「本物のメイドを目撃☆」なんてちゃらけたコメントを添えて、私の写真を公衆の誰もが観れるソーシャルなネットワークに上げようなんて考えてはいるまいな!?
てか、本物のメイドが日本のこんなところにいるとお思いですか!?てか、本物って何!?あれか?巷にある本場のメイドカフェから引き抜いてきたんだな的な意味ですか!?どっちも全然間違いですけどね!
「ちょっと、余計なこと考えてないで、さっさとお茶運んで来てくれない?」
ってー……確かにいろいろ余計なこと考えてたらちょっと歩みが遅くなって教室にたどり着くのが遅くなったんです、けれども……。
「き、君……ここで何やってんの?」
「全く、余計なことばっかり考えてるからそんなこともわかんなくなるんでしょ?ただでさえキャパ少ないんだから、最低限必要なことだけ考えるようにしなよ、”変脳”」
な、なんで私を指名した人が座ってるはずの席に《魔術師》が……!?
「……」
「てか、注文したお茶も出てこないって、このカフェどうなってんの?」
「えと……1つ確認したいんだけど……」
「は?何その言葉遣い?ここメイドカフェでしょ?あんたの得意分野なのに、ここですらそのレベルなんて、終わってるね」
んだとぉ!!!?ほんっといちいち感に触る言い方してくるやつだなぁ!
ええ、えぇ!確かにここは私の得意分野ですよ!ご期待に答えて、ちゃんとメイドやらせていただきますよ!!
「1つ、お伺いしたいことがあるんですが、よろしいですか?」
「さっさといいなよ」
「……ここに座っていらっしゃるお客様に私は指名されたと伺って参ったんですが」
「あぁ、敬語くらいはちゃんと使えるみたいだね。前世で畜生みたいに働いてた賜物かな?ちょっとくらい役に立つ能力が残っててよかったね」
こ、こいつ……なんで私の前世のことまで……!つーか、そんなニヤニヤしながら楽しそうに嫌味いってんじゃないよ!
「ちゃんと対応できたご褒美に質問に答えてあげる。僕があんたを指名したんだよ」
「な……なんですと……!?」
そ、そんな馬鹿な……。誰かが《魔術師》を案内し間違えたとか、もしくは間違って私に他の席を教えちゃったんだろうとか……。絶対に間違いだと思ってたのに……。
え、てか待って。うちのクラスのメイドカフェのルール的に、好きなメイドを指名できて、指名したメイドからご主人様扱いされて、”聞いてもらえるお願いリスト”から選んで1つメイドにお願いができちゃうってルールでしたよね?
つまり……私はこの目の前のマッドサイエンティスト系《魔術師》のことをご主人様扱い使いせねばならない、と……!?
「ひとまずさ、さっさとお茶くらい運んで来なよ」
「……」
「返事もできないの?使えないね」
なんだとぉ!?と、とっさに口を開きかけた私に《魔術師》はニヤリと笑う。
「あんたがここでヘマしちゃうとさ、クラス全体の足引っ張ることになるんじゃない?」
「くっ……!」
こ、こいつ……うちのクラスが密かに一番人気の出し物に選ばれることを狙っているのを知ってゆすって来やがった……!そりゃ、私のせいでみんなの目標が達成できないとか、そんな状況に陥ることは死んでも避けたいと思ってるし、何があっても避けようと思ってるけどもさ……!
「それが嫌なら、さっさと言う通りに動きなよ」
「……」
「返事は?」
「か、かしこまりました」
普段なら絶対そんな返事しないけど、一番人気の出し物の投票がかかってるんだ。ここで私が《魔術師》に逆らって下手に文句を撒き散らされてうちのクラスの評判を落とされたらたまったもんじゃない。
確かに真白のおかげでうちのクラスは大盛況なわけだけども、うちのクラスと張るくらい人気の執事カフェに勝つためには、不評を買うわけにはいかないんだ……!
耐えろ、私!
クラスのみんなの冷ややかな視線よりは、《魔術師》のいびりなんて一瞬の苦しみさ!
このクラスでの地位を陥落させないためにも、耐えるんだ、私!!!