6. 登山③
「どうした?」
理不尽だー、という気持ちを込めて睨みつけていたのがどうやらばれたらしい。《吟遊詩人》がキョトンとした顔で首を傾げてくる。
惚けた顔しやがって……なんか腹たってきたわ!
「いぃえー、なんか非常に幸せそうで羨ましい限りだなぁ、と思っただけですよ」
「それがそうでもないんだって……」
「え?」
「最近、ちょっと彼女とあっちの方がマンネリ気味で……」
こいつ、人の嫌味を完全スルーして勝手に悩みを打ち明け始めやがった。
ってか、その内容!私中身はあれだけど、ちゃんとあなたが担任してるクラスの生徒なんですよ!そのこと全然わかってないな、こいつ!?
「どうしたらいいと思う?」
うん、わかってない。青春真っ只中の女子高校生にそんな質問するな。
「なんで私に聞くんですか?」
「平野は中身が28歳なんだろ?彼女と同い年だし、聞くにはちょうどいいかなと思って」
「ちゃんとした同世代の女性に相談してください」
「そんなのできるわけないだろ?下手に女友達とそんな話したら浮気かって疑われるし、彼女の友達に聞いたら一発で彼女に相談したことがバレちゃうし……」
大きな溜め息をつきながら肩を落とす《吟遊詩人》。どうやら結構本気で悩んでいるようだ。
女友達に話したら浮気と疑われるなんて、そんな心の狭い女と結婚して大丈夫なの?なーんて余計なことは言わない。人の好みはそれぞれですからね。
しかし、残念ながら私はマンネリ解消の方法なんて知らない。なぜならマンネリなんかになったことがないからだ。
というとなんか恋愛上級者みたいに聞こえるが、そういうことじゃない。付き合った人数も少なければ、マンネリなんかになるまで長続きしたことがないからってだけの話だ。
マンネリなんて、リア充がリアルに充実してて困っちゃって陥るもんだ。現実と二次元の間をふらふらしていた私は、残念ながらリアルが充実してて困っちゃうなんて贅沢な状況に陥ったことはないんだよ。けっ。
ただ、このまま放っておいても多分、いいことはなさそうだ。これ以上変に相談されても困るし、罷り間違って彼女と別れてやっぱ真白がいいなんていい出されたら面倒だしな。
「……今日って下に保健医の橘先生が待機してますよね?」
「あぁ、けが人が出た時のために来てもらってるよ」
ってことで、これは《エロ神》にご教示いただくしかないでしょうよ。
スタート地点に戻ってきた私と担任はすぐさま橘先生のところに向かった。本日は山登りということで橘先生もジーパンにカッターシャツと動きやすそうな格好をしている。
確かに動きやすそうな格好をしているんですが、実際にはなんかいろんなところがはち切れんばかりに突っ張っていて動きにくそうというか……。いつもの格好より露出度下がってるのに、薫り立つフェロモンは衰えるところをしらないみたいです。
「あら、平野ちゃんじゃない。どうしたの?」
「それが、足捻っちゃって……」
車で運び込んであったパイプ椅子に座りながら橘先生に足首を見せる。「派手にやったわねー」と大げさに驚かれながら私は治療を受けた。
「橘先生、治療してもらいながら相談に乗ってもらいたいんですけど」
「もちろんいいわよ。とうとう落としたい子でも見つかったの?」
落としたい子って……そこは好きな子、でいいんじゃないですか?
「相談したいのは私じゃなくて、和澄先生です」
「え?」
「おい、平野!」
それまで治療を受けていた私の前で突っ立っていた《吟遊詩人》がぎょっとする。
いやいや、驚いてる場合じゃないでしょ。マンネリどうにかしたいんでしょ?
「私よりも確実に間違えのないアドバイスをくれると思いますよ」
「けどなぁ……」
「私でよければ相談に乗りますけど?」
「……」
ニコリと笑った橘先生の笑顔に負けたのか、《吟遊詩人》は私に話した時よりも詳しく状況をはし始めた。
なんだ、最初はちょっと引いてたくせに、結構乗り気で相談してんじゃん。こりゃマンネリ化はかなり深刻な問題らしいな……。
「そうだったの。和澄先生にそんないい人がいたなんて。すごく残念だわ」
「橘先生、誘惑してないでちゃんと相談に乗ってあげてください」
「もう、平野ちゃんは相変わらず釣れないわね」
突っ込んだ私にぷるんぷるんのセクシーな唇を尖らせながら言う橘先生。そんなセクシーな顔したってダメですよ。
私は純愛推奨派なんで、知り合いの先生同士で不倫なんてご勘弁頂きたいのです。不倫も純愛だと主張する方がいらっしゃったら、それはもう私の感覚とは相容れない感覚をお持ちだと思って、この部分はスルーしてくださいまし。
「あの、それでマンネリを解消する方法なんですけど……」
「私から言わせるとね、男にマンネリ化してるなんて思わせる女の子の方が悪いと思うのよ?」
「は?」
うん?なんか《エロ神》の話が早速脱線してる……。まだ始まってもないから逆走し始めたとかの方がいいのか?
「どうもこの国の女の子たちは男にウンウンアンアン言わされるのが当たり前だと思ってるみたいだけどね、そもそも女の方が男をアンアンウンウン言わせるくらいじゃなきゃダメなのよ」
「はぁ……」
「平野ちゃんもそう思うでしょう?」
同意を求めないで。アンアンウンウンって何ですか。
確かに中身28歳で大人の階段もそこそこには上っておりましたが、そんな高尚なエロ道を語れるレベルには到底及ばないほどで一回人生終了しましたので。
しかし、私の答えを待ち構えたままエロ神は話を進めようとしない。仕方ないので、「まぁ、そうかも知れませんねぇ」と非常に曖昧な答えを返しておく。
頼むからもう私には話を振らないでくれよ。
「男が下手とかうまいとかじゃなくて、自分がいいように動いて楽しむってことをこの国の女の子たちはイマイチわかってないっていうか」
「あのー、それを俺に言われても……」
力説し始めた橘先生におずおずと《吟遊詩人》が言う。うん、偉いぞ《吟遊詩人》。確かに《吟遊詩人》がこの話を聞いたところでマンネリ化解消が進むとは私も思えないからなあ。
「あら、そうね。この話は彼女さんの方に聞いてもらわないと意味ないわよね。なら、さりげなくこの本を読ませてみたら?」
橘先生もそのことに気づいてくれたようだ。話を切り上げて、傍にあったカバンから一冊の文庫サイズの本を取り出す。
「これは?」
「私が書いた本」
《吟遊詩人》と私はニコリと笑った橘先生が差し出す本を同時に覗き込む。
その本のタイトル。『本当の夜の営み方 初級編』。
「「……」」
私も《吟遊詩人》もタイトルを声に出して読むという愚行はしなかった。
え、てか、橘先生、さっきこれあなたが書いたっておっしゃいました?てかてか、これいつもカバンの中に入れて持ち歩いてるんですか?てかてかてか、初級編って……続きものですか?
「そうね、理由は男子生徒から没収したとかでいいんじゃないかしら?」
にっこりと笑いながらそんな細かいアドバイスまでくれる橘先生。やはり神だ。
担任はそんなビーナスの微笑みに呆然としながらも、しっかりとその本を受け取って素早く背負っていたリュックの中にしまい込んだ。
「平野ちゃんも読みたかったらいつでも言ってね。特別にサイン付きであげちゃうわよ」
続いてにっこりと笑いながら楽しげに橘先生が私に向かって言う。
そのご好意は非常にありがたいんですが、さすがに女子高校生の部屋にその本はまずいでしょ!
ってことで、学園を卒業する際にありがたくいただきに参りますので、どうぞよろしく。
ちなみに真白は怪我1つせずに登山から帰ってきた。
私の心配は杞憂で終わったし、《吟遊詩人》が《勇者》の邪魔をしないってこともわかったし、
おまけに《エロ神》サイン入りの本をもらう約束まで取り付けられちゃうなんて、
暑苦しい中での登山もなかなか悪いものではないかもしれないな。
橘先生を登場させたかっただけ。




