5. 登山②
「どうだ?」
「さっきより楽になりました。歩けそうです」
冷却スプレーを当てられて数分後、さっきまでピクリとも動かなかった足首はどうにか動くようになった。突発的にかなり腫れただけだったみたいで、今は腫れも治まって色もさっきよりもマシになってる。折れたりもしてなさそうだ。
「よし、ならゆっくり降りるか。まだあんまり登ったところじゃなくてよかったな」
確かにそうなんだけど、こんな序盤でこんな大袈裟な怪我してしまうなんて本当恥ずかしい……。後続のクラスの人たちにもすっごいジロジロ見られたし。なんか色々と災難だ。
《吟遊詩人》の手を借りながら私はなんとか立ち上がった。ちょっと引きずるような感じにはなるけど歩くには問題なさそうだ。痛いけどね、それは仕方ない。
それにしても、真白は無事に頂上まで登ってちゃんと帰ってくるんだろうか?イベント対象である《吟遊詩人》はこれから下山するからイベントが起きないって可能性もあるけど、でももし《吟遊詩人》の存在に関係なくイベントが起きたとして、真白が崖から落ちたとしたら、一体誰が助けに行くって言うんだ?
てか、こんな崖から落ちたら、本当に────
「平野、ちゃんと前を向いて歩けって言っただろ」
真白のことを考えてたら、ついつい視線が後ろの方に向いてみたいだ。それに気がついた《吟遊詩人》が少し呆れたような口調で注意してくる。
注意力散漫ですみませんね……けど、真白のことが心配なんですよ!
「そんなに真白が心配か?」
「え?」
あれ?なんで私が考えてること分かったの?まさか《吟遊詩人》まで読心術が使えるとか……。
「真白が《聖女》だからそんなに守ろうとするのか?」
って、うえぇ!?今、《聖女》って言った!!?
やっぱさっき意味ありげだったのって勘違いじゃなかった!?
「先生、なんで真白のこと……」
「なんだ、お前は俺が《吟遊詩人》の生まれ変わりだって、気づいてたんじゃないのか?」
「や、気づいてたけど……ってか、もしかして……」
「あぁ、俺は前世の記憶、全部取り戻してるよ」
呆然とする私に、首元に下げていた紐を引っ張りながら笑う《吟遊詩人》。その紐には真白がもっているのによく似た宝玉がくくりつけられていた。色はオレンジ。
ま、まじですか……?
予想もしていなかった展開にちょっと思考停止。真白のことはちょっと心配だけど、これは《吟遊詩人》と下山することになってよかったかも。
まさか《魔術師》に続いて《吟遊詩人》まで、記憶を全部取り戻してるなんて。
「それで、平野は何者なんだ?俺の記憶の中にはお前に該当する仲間はいないんだけど……」
多分、《吟遊詩人》の方もずっと気にしていたのかもしれない。ただ、生徒と担任が誰にも話を聞かれない状態で2人きりなるなんてそうそうないことだから、今まで何も言ってこなかったのだろう。
ともかく、これは願ってもないチャンスだ!
そう判断した私は《魔術師》の時と同じく、すべてを話すことにした。
もちろん、オタク云々のことは割愛してね。
途中、前世の私が住んでたのが他の世界だとか、この世界が【ゲームの中】だって時、結構盛大に顔を歪められた。
うん、絶対変人だと思われたな。
「そうだったのか。道理で思い当たる奴がいないわけだ」
「信じてくれるんですか?」
「俺自身が転生してるっていうのは間違いないからな。異世界とかゲームの世界っていうのはちょっとわかんないけど」
「そうですか……」
まぁ、普通に考えてこの世界の人たちがここを【ゲームの中】って認識しながら生きてるわけはないよね。
「てか、なんか妙に納得した」
「何がですか?」
「平野ってなんか妙に落ち着いたとこあるよなーって思ってたんだ。冷めてるってわけでもないし、たまにきょどってたりするから不安定な時期なのかなーって思ってたんだけど、中身が俺と変わらないくらいの歳だっていうならなんか納得」
「……」
えっとー、色々突っ込みどころあるんですが、ひとまずきょどってたって何?《吟遊詩人》の前でそんな怪しい行動したことあったっけ?
まぁ、なんか中身がとっくに成人超えた三十路手前ってことに納得いただけたならいいんだけどさ。
「で?平野はその”冥王エンド”っていうのを防ぐために、真白とD組の武蔵野がくっつくのを後押ししてるのか?」
「そうです。だから先生、真白のこと好きとか言い出さないでくださいね」
「あはは、それはないよ。俺、彼女いるし」
「え!?」
「もう付き合って3年になるんだけど、次給料上がったらプロポーズしようかなって思ってるんだ」
釘を刺すつもりで言ったのに、またもや意外な事実発覚。え?彼女いる?乙女ゲームの攻略対象に彼女いたらダメでしょ!しかもプロポーズって、ある意味詰みかけじゃん!?
【今キミ】にはそんな浮気・強奪・不倫要素は皆無なのに……。やっぱこの世界ゲームの中じゃないかも。
「俺に彼女いるのがそんなに意外か?」
私が驚きまくっているのを勘違いしたらしい《吟遊詩人》は苦笑を浮かべる。
いえいえ、あなたはカッコよくて爽やかで生徒思いのとても素敵な人だと思いますし、実際生徒でも結構ガチで担任のこと好きな子もいらっしゃいますし、決して彼女がいて意外というわけじゃないんですよ。
ただ、最初から思ってたけど、この《吟遊詩人》もゲームのキャラとの性格の差がかなりある。ゲームだと音楽を愛してるのに喉の病気のせいで上手に歌えない(つまり音痴)ことに悩んでる影のあるキャラなんだけど……。
「……先生って、なんかコンプレックスとかないんですか?」
「コンプレックス?んー?毛が薄いこととか?」
「そうは見えませんけど」
「あ、髪じゃなてく他のとこ」
おい、何どさくさに紛れて生徒、しかも女子に向かって下ネタかましてんだ。中身が成人以上だとわかったからって、迂闊すぎるぞ。誰かに聞かれてたら教師を首になるレベルだぞ!
と、心の中で突っ込みつつ、ひとまずスルーして話を進める。
「……音痴なこととかは?」
「ん?なんで俺が音痴って知ってるんだ?まぁ、俺はピアノ弾いてればいいから生徒にはバレないし、カラオケとかで歌うと音痴すぎて逆に好評だったりするぞ?」
なんとういポジティブ。欠点すら強みに変えてしまうなんて、ポジティブ上級者にもほどがあるでしょう。ちょっとそのポジティブさ分けて欲しいくらいだわ。
んで、話してみたけどやっぱゲームのキャラと全然違う。絶対この人悩みゼロだわ。人生謳歌している。リア充代表みたいな人だ。
こっちはゲームの中かどうかとか”冥王エンド”がー、とかよくわかんないことで悩み続けてるっていうのに……。
なんか、不公平すぎやしないかい?