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4. 登山①




 暦上、今は間違いなく秋と呼ばれる季節のはずである。しかし、残念ながらこの世界も前世で生きていた地球と同じく温暖化が進んでいるのか、新学期が始まっても秋らしさは全く感じられなかった。

 温暖化は人間のせいだとか、地球のサイクルの一環で自然現象の一部だ、なんていろんな議論があるけれど、私が声を大にして言いたいことは1つだ。



 こんなクソ暑いのに山登りをしようなんて、絶対に間違っている。



 何十年も前だったらこの季節は登山にぴったりだったのかもしれない。しかし、時は動いているのだ。時代は変わってきたのだ。

 登山の行事をなくせとは言わない。けど、せめてね、時期をずらすとかね!いろいろやり方ってもんがあるでしょうよ!



「奈美、目が据わってるけど……大丈夫?」

「……な、なんとかね」



 隣で真白が心配そうに声をかけてくれる。開始早々ぜいぜい言ってる私とは違って、真白にはまだまだ余裕がありそうだ。うん、てかまだ4分の1も登ってないのにこの状況って……私の体はどうなっちゃってるの?

 まさか前世の記憶を取り戻したと共に老化が一気に進んだとか、そんなことないよね!?



「私のペースに合わせないで、奈美は奈美のペースで進みなよ」

「いや、そういうわけにはいかないんだよ……」

「え?」



 一歩を踏み出すので必死で蚊の鳴くほどの声量しか出ない。おかげで思わず漏らした本音は真白には届かなかったみたいだ。


 こんなに私がバテまくっているのには理由があった。もちろん、もともとの体力がなさすぎるということもあるのだが、体力のある真白のペースに合わせて歩いているせいでもある。

 最後尾について自分のペースでゆっくり歩けば、多分こんなに早くバテることはなかったと思う。でも、この登山で真白と離れて歩くわけにはいかないのだ。


 なぜってそれはイベントが起きるからです。どんなイベントかって?



 主人公が足を滑らせて、崖から落ちちゃうイベントなんだよ!



 ゲームでは具体的な山の様子とか分からなかったが、実際来てみたらふつーに山だ。道はある程度整備されてるけど、たまに土がむき出しの道だってあるし、場所によってはちょっとしたロッククライミング感覚で登らないといけないところもある。

 道のすぐ横は崖になってるし、ここで落ちたら絶対ひどい怪我をするに決まってるじゃん!っていうのがわかる環境なのだ。


 相変わらずゲームの中かどうかは確定してないけれど、ゲームに似たイベントが起こっていることは事実。だから私は真白が崖から落ちてしまうイベントが起こることを警戒していた。

 ちなみにこのイベント、崖から落ちてしまった主人公を助けに行くのは担任の《吟遊詩人》だ。落ちた時に足をひねった主人公を見つけておんぶして、戻ってくるというキュンキュンなイベントだが、絶対こんな崖からおちて足ひねっただけで済むわけないから!


 ってことで、私は辺りを警戒しつつ、真白のペースで無理して山を登り続けてるせいでこんなにも早くバテてしまっているのである。見かねた真白が今はペースを落としてくれているからちょっと楽になったけど。



「もう、無理してて崖から落ちても知らないからね」



 心配しているのは私の方のはずなんだけど、今の状況を見たらどう見たって真白が私を心配する方が自然だな。うん、ごめんね、真白。怒った顔も相変わらずかわいいよ。



 なぁんて真白の笑顔に見とれていたら、拳大の石を踏み外して派手に転んでしまった。



「うわっ!」

「奈美、大丈夫!?」



 慌てて真白が体を支えてくれる。道の真ん中を歩いてたから崖に落ちるってことはなかったけど……すごいびっくりした。いやー、よそ見して歩いちゃいかんね。


「もう、だから言ったでしょ?」

「ごめんごめん」

「立てる?」


 そう言って真白が手を差し伸べてくれる。うーん、私が真白を守ってるハズなのに、これじゃあ本当に立場が逆……って、あれ?


「奈美?どうしたの?」

「な、なんか足が……」



「どうした?」



 声をかけてきたのは最後尾を歩いていたはずの担任だった。あ、ちなみに登山はクラスごとに固まって歩いているので、担任は後方について、副担任が先頭で先導するという感じで歩いていた。

 座り込んでいる私の横に《吟遊詩人》が座り込む。石を踏んでしまった方の足を見た《吟遊詩人》は声を上げた。



「うわっ、結構派手にひねったな?」



 その声に自分の足首を見てみると、見事にぷっくりと晴れて赤黒くなっていた。

 うぎゃっ!ちょっとこけただけだと思ったのに、なにこれ!?


「な、奈美、大丈夫?」

「う、うん。あんま痛くはないんだけど、動かなくて……」

「折れたりしてないよな?」


 え、私ただこけただけなんですけど。それだけでそんな大事なる!?どんだけこの体は脆弱にできてるんだ……。


「どっちにしろこれ以上登るのは無理だな。俺は平野と一緒に下山するよ」

「え、それは……」

「真白は前の先生にそれを伝えてくれるか?」


 どうやら私が下山することは決定事項らしい。否定しようとした言葉をあっさりと《吟遊詩人》に打ち消されてしまった。

 でも、真白を1人にするのは不安すぎる。イベント対象である《吟遊詩人》が私と下山するならもしかしたらイベントは起こらないかもしれないけど、それでも心配だ。


 真白と目が合う。一瞬迷ったような顔をしたけど、真白も私がこれ以上登山を続けるのは無理だろうと判断したのだろう。


「わかりました」

「もうすぐ後ろのクラスが通りすぎるハズだから、うちのクラスの最後尾についてもらうようにお願いしておくよ」

「それも伝えておきます。奈美、気をつけて降りてね」


 ニコリと笑いながら真白は私に声をかけてくれる。……この笑顔が最後になるなんて言わないよね?ってなんて物騒なことを考えてるんだ私ー!

 真白は私と違って運動神経いいから崖から落ちるとか絶対ない!ゼーッたいにないんだ!!!


「ま、真白も気をつけてね!」

「うん」


 手を振りながら、真白は早足で先頭にいる副担任のところまで歩いて行った。真白の背中が見えなくなるまで見送っていた私に、足の様子を見ていた《吟遊詩人》が大きな溜め息をついた。


「全く、こんな石を踏み外すなんて……ちゃんと足元見てなかっただろ?」

「すみません……」


 いやー、ついつい真白の笑顔に見とれちゃってて……。けど、そのせいで真白が崖から落ちないように守ることができなくなってしまった。《勇者》が一緒にいたら真白のことを頼むんだけど、登山はクラス単位の行事だから頼れる《勇者》はここにはいない。

 私がしっかりせねばと気合を入れて朝やってきたのになー。



「真白のことを気にするのもいいけど、まずは自分のことを一番に考えろよ」



 え?それ、どういうことですか、先生?もしかして……私が真白に注意を払ってたのに気づいてた?

 リュックから取り出した冷却スプレーを振っている《吟遊詩人》の顔をマジマジと見る。


「わかったな?」

「は、はい……」


 返事をすると、「よし」と満足そうに笑ってひねった足首に冷却スプレーを当て始めた。

 うへぇ!これってこんなに冷たいんだ!前世では捻挫とかしたことなかったから使ったことなかったけど、すごいなこれ!


 なぁんて、一瞬にして冷却スプレーに意識を持っていかれちゃったんだけど……。




 さっきの《吟遊詩人》のセリフ。



 なんかちょっと意味ありげに聞こえたのは、気のせいだったのかな?




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