11. 課外合宿②
見つからないようにと気休めに上半身をかがめていたせいで腰が痛い。……この体、本当に10代なのか?
私が近づいてきたことに途中から《魔王》も気づいていたらしい。真白の方から視線を外してこっちを見てくる。邪魔したからちょっと怒られるかな?
「どうも」
「あぁ、お前か。俺に近づくのはやめたんじゃなかったのか?」
「え?」
「資材室に来なくなった」
「あ、まぁ……そうなんだけど……」
あぁ、そいうえば、体育祭準備期間に起こった木戸事件の後、《魔王》には何も言わずじまいで資材室に行くのをやめたんだった。自分から「アクセサリー見せて欲しい!」ってねだっ といたくせにさすがにかなり失礼だったよな。視線がなんとなく責めてるような気がするのはそのせいだろう。今更だけど、ひとまず謝っとくか。
「お前も、”あいつ”のほうがいいんだろ?」
謝罪を口にする前にそんなことを言われた。『お前も』?『あいつ』?それは一体なんのことだ?首を傾げている私の前で、《魔王》はゆっくりと視線を動かす。
その先にあったのは、楽しそうに笑う真白と《勇者》の姿。
あぁ。”お前も”っていうのは、”真白も”ってことで、”あいつ”っていうのは”《勇者》”のことね。やっぱ、真白を見てる気がしたんだけど、気のせいではなかったみたいだ。
っつーか。《勇者》《王子》に引き続き……お前もか!《魔王》!!!
「君、真白のこと好きなの?」
「……さぁな。ただ、なんとなく気になるだけだ」
あのねぇ、その顔。明らかに「気になるだけ」って顔じゃないんですけど。つり目でどっちかというと強面な顔してるのに、今はなんか……しょげた犬?いや、犬は可愛すぎるか。狼、そう狼だ。今目の前にいるのは《魔王》ではなく、擬人化したしょげた狼だよ。尻尾と耳があったら、全部垂れに垂れまくってるくらいしょげてるよ。
「もしかして、遠足のこと話したのって、真白に近づきたかったから?」
「まぁな」
「そんな回りくどいことしないで、話しかけに行けば?」
「……俺に近づかれたら、あいつが迷惑だろう」
……なんか、すごく湿気ってる。えー、ゲームの中ではこんな湿ったキャラじゃなかったのに。一生懸命【今キミ】の主人公の気を引こうとするちょっと抜けてて、猪突猛進な愛されおばか的なやらだったのに。そんな大好きなものについつい突っ込んでいっちゃう尻尾フリフリの犬みたいなところが好きだったのに! 目の前にいる《魔王》は尻尾を振る気力ゼロらしい。一番好きなキャラだったから、なんかちょっと残念だ。
いや、残念がってる場合じゃないか。ゲームのキャラとの性格の違いは《魔術師》で十分思い知ってたしな。あれ?そういえば課外合宿で《魔術師》の姿見ないけど……もしかして奴は参加すらもしてないのか?奴ならありえるな……。
って、だから違くてー。2人で喋れる千載一遇のチャンスなんだから、《魔王》にも前世の記憶が戻ってるのか確認しとかなくちゃ!!
「そういえば、なんで武蔵野勇気のことを《勇者》って呼んでるの?」
「……別に、なんとなく」
「うちの担任は?」
「は?なんでいきなり和澄の話が出て来るんだ?」
「……なるほどね」
カマをかけるつもりで担任のことを出してみたが、この反応からしてどうやら担任が《吟遊詩人》の生まれ変わりだとは気づいてなさそうだ。真白に惹かれてるのも、もしかしたら《勇者》と一緒で無意識なのかもしれない。
それでも、今も目が反らせないくらいには真白のことが好きなんだろうな。けど、どんなにそんな切なそうな視線を送ってみたところで、その気持ちが報われることは一生ないんだよ。そこんとこ、わかってないのかな?
「助けてもらったお礼に、1個忠告しとくけどさ」
「ん?」
「何にもしないまま見てるだけだと、後で後悔するよ」
私がそう言ったのと、拍手が沸き起こったのが同時だった。どうやら先生たちの劇が終わりを迎えたらしい。私は人目につかないように素早く暗闇の中を移動して《魔王》から離れる。木戸に見つかったらかなり面倒だからね。
あ、てか私、何《魔王》の背中押すようなこと言ってんだ。そのせいで《魔王》が積極的になってくれちゃったら、《勇者》の恋を応援しようとしてるのに全く逆効果じゃないか。
でも、正直あーーーーーんなしょげた《魔王》、見てられなかったんだよねー。時化た感じも悪くはないんだけど、やっぱ《魔王》はギラギラしてた方がかっこいいと思う。腰に手を当ててわはははは言ってるようなちょっとアホな感じの《魔王》の方が私の好みなんだ。
まぁ、私の忠告なんて《魔王》にとっては何のことでもないだろうから心配するだけ無駄か。あの様子だときっと何もしてはこないだろう。《魔王》には大変悪いが、こっちにとってはその方が好都合だ。《勇者》の恋路を邪魔するのは《王子》だけで十分だ。




