4. 仮病を使うことにしました。
7/1 改稿しました。内容が微妙に変わってます。
チャンスというものは狙っている時ほど来ないものなのかもしれない。
その日は1日中、2人で喋る隙がないかと真白さんのことを見ていたのに、そんな隙は一瞬たりとも訪れなかった。忘れていたが、真白さんはこの学区を通り越して、この街一番の人気者。そんな真白さんが一瞬たりとも誰かに放って置かれて1人でいることなんてありえないのだ。万年ぼっちの私とは月と素粒子くらいの差がある。あ、素粒子って原子よりもちっちゃい奴ね。
そしてとうとう帰る前のホームルームの時間となってしまった。同じクラスなのだから本当に待ってればそのタイミングが来ないことはないのだろうけど、それだっていつ来るかわからないし、だいたい私のこの好奇心が今すぐにでもこの予想の白黒をはっきりつけたいと訴えている。
考え抜いた末、5分間の短い間に、私は非常に画期的なアイディアを思いついた。
「真白さん」
ホームルームが終わってからの速攻。真白さんにちょっと小さめの声で話しかける。荷物をカバンに詰めていた真白さんは手を止めて微笑んでくれる。くぅっ、私が男だったら間違いなくこの笑顔で……いや、自重しよう。
「実は、ちょっとまた気分悪くなってちゃって。もう帰るだけなんだけどさ、よかったら 薬分けてくれない?」
「え、大丈夫?」
「うん、ちょっとひどくなっただけだから」
「すぐ薬出すからちょっと待ってね。あ、私飲み物買ってきてあげるよ」
「うぇっ!あ、そ、それは大丈夫!私が……」
「大丈夫。すぐ戻ってくるからちょっと待っててね」
笑顔で颯爽と立ち上がり教室を出て行く真白さん。罪悪感で胸がざっくざっく突き刺さる。ただの私のチンケな好奇心で仮病を使い、真白さんを騙し薬を頂戴するだけでなく、飲み物まで買いに行かせるなんて……この教室にクラスメートどころか、神様まで敵に回してしまいそう。真白さんには後日限定もののお菓子を供物として捧げさせていただこう。
そんなことを思っていたら真白さんが戻ってきた。えらく早いなと思って顔を上げると、真白さんの顔が赤い。
「へへへ、慌ててお財布持っていくの忘れちゃった」
ちょっと恥ずかしそうに笑う真白さん。心臓が聞いたこともないような音を立てて高鳴っております。あれ?私そういう病気持ち??いや、この動悸は性別とかそういう世俗的なものを超えた神々しさに対するものであって……。
「今度こそ行ってくるから、ちょっと待っててね!」
そう言いながら振り返ろうとした真白さんは、うっかりお財布を落として中身を床にぶちまけていた。さらに顔を赤くしてお金を拾う真白さん。
うん、ひたすら可愛いからなんかもう病気持ちでもいいや。
■ □ ■
数分後、真白さんはペットボトルのお茶を買ってきてくれた。その頃には教室からは私たち以外の生徒は消えていた。みんな帰路についたり部活に勤しんだりしているのだろう。ちなみに私は前世から帰宅部一筋なので、今日もこの後すぐに家に帰る。
「ごめんね、誰かと帰る約束してたんじゃない?」
「ううん、大丈夫。別に約束して帰ってるわけじゃないから」
その言葉から解釈できるに、約束はしてないが一緒に帰っている相手がいるようだ。想像からするに、真白さんガチ狙いの男子が帰り道で真白さんを待ち伏せして、偶然を装って一緒に帰っているとそんなところだろう。そんな健気な少年の些細な幸せを奪うとは、私はなんと罪深い女だろう。
「これ、薬。効いてくるまでにちょっと時間がかかるから、私も一緒に待ってるよ」
間違いなく、今世だと数年ぶりに直に向けられる優しさ。冗談でなく泣いちゃいそう。いや、そんな感傷に浸っている場合ではない。せっかく真白さんのお時間をいただくことができたのだから、有意義に使わなければ!
「ありがとう。あのね、実は真白さんとちょっと話してみたいなと思ってたんだ」
「そうなの?これから1年間同じクラスだし、いっぱいお話しようね」
「あ、あははは……」
街一番の人気者のと、校内一とは言わないが、今のとこクラスで一番変人扱いされてる私が真白さんと普段から親しく話すのは非常に難しいことだろう。曖昧な返事を返しておく。それより、質問だ質問!
「あのさ、真白さんの……」
心の中で意気込んで発した言葉は不自然に止まる。真白さんが不思議に首を傾げている。しかし、私はこれ以上言葉を続けられるわけなかった。だって聞けない。こんな純粋無垢でこっちの世界には縁も所縁もなさそうな子に、
『真白さんの前世って《聖女》だったの?』
なんてきけるわけなーい!そんなこと聞いたらさすがの女神・真白さんもドン引きで、きっとその美しいお顔をお歪めになって、哀れな視線で私を見るにちがいない。そんなのたえられなーい!!
「あの、平野さん?」
「あ、ご、ごめんね。ちょっとお腹痛くなっちゃって」
「え!?大丈夫?薬合わなかったのかなー?」
「あ、大丈夫大丈夫!さっきよりも楽だから!あ、それより、真白さんは進路とか決めてるの?昨日1日目からあんな話されても実感湧かなくてさ」
慌てて誤魔化して、ついでに思いついた質問を付け足す。うん、とっさに思いついたにしてはなかなかいいかわし方だったんじゃないか?どうしようもなく挙動不振だったけど……。
「あぁ、進路の話ね。確かにみんなも面倒くさそうに先生の話聞いてたよね」
「そ、そうだね」
どうやら誤魔化しはうまくいったようだ。昨日の教室の風景を思い出しているのか、真白さんは苦笑を浮かべる。
「私の友達もまだそんなの決められないって言ってたんだけど、実は私はもう行きたい学校は決まってるの」
「え?」
ちょっと照れたような、そんな笑みを浮かべながら真白さんは、「これ他の子には言ってないから秘密ね」と可愛く付け足す。本当に全ての動作がかわいいな。こんなかわいいこと秘密の共有なんて、なんか素敵すぎてバチが当たりそうなんて思ってしまうのはなんでだろう。
いやいや、今はそんな欲求不満男子みたいなこと考えてる場合じゃなくて、
「あのー、ちなみにどの学校か聞いてもいいかな?」
「うん、聖亜細誕巫亜学園だよ」