7. 化学室①
意外なことに、《魔術師》は嫌味の1つも言わずに私の申し出を了承した。まぁ、了承したと言っても、相変わらずいけ好かない目線を向けたまま軽く頷いただけだったけどね。そして、お昼休みが終わる頃「放課後、化学室に来なよ」とだけ言って去っていった。
そんなこんなで、私は午後の授業にさっぱり集中できなかった。いろいろ考えすぎたせいでうっかり居眠りをしてしまったくらいだ。おかげで数学のおっかない先生に怒られしまった。お昼にスタミナドリンクを《魔術師》に飲まれたせいだな。
くそぅ、《魔術師》め。一体私に何の恨みがあるというのだ!
なんて脳内で愚痴を零していたらあっとう間に放課後になった。真白に帰りに寄り道したいからと言い訳して、先に教室を出る。そして、私はまっすぐと《魔術師》が指定してきた化学室を目指した。
普通、授業で教室が使われていないときは特別教室には鍵がかかっている。特に化学室なんて、ちょっと危ない薬品なんかもあるから鍵は厳重に管理してあるはずだ。
けど、私が化学室の扉を引くと、あっさりとそれは開いてしまった。
《魔王》といい《魔術師》といい、なぜ彼らは特別室に簡単に侵入できるのか?それも前世から引き継いだ特殊能力なのか?《暗殺者》ならともかく、なんで2人がそんな能力持ってんだ?……なぁんて、無駄思考はここまでだ。
「いらっしゃい」
教室の一番後ろからそんな声がかけられる。ここに私を招いた《魔術師》はまるで化学室の主さながらに、机の上に足を組んで座りながらこちらを見下ろして いた。本当、ゲームのキャラの白さの影の形も見当たらないほど、真っ黒な笑みをたたえていらっしゃる。
これ、下手したら《魔王》よりも威圧感あるんですけど?ちょっと怖いけど、他の人に話を聞かれても面倒なので、扉をしっかりと締めて《魔術師》に近づいた。
「僕も暇じゃないから、要件は手短にすませてよね」
生憎、さすがの私も余計な思考を挟んでいる余裕はなさそうだ。何せ、今まで悩み続けてきたこの世界の核心に、やっと触れられるのかもしれないから。そう思っていたせいだったのか、自然と両手に力が入った。《魔術師》の視線を真っ向から受け止める。
「君、前世の記憶どこまで思い出してるの?」
「全部だよ」
「……全部?」
「そう、全部。《勇者》と《聖女》と一緒に旅をしたことも、ラスボスだと思ってた《魔王》は敵ですらなかったことも、《冥王》っていう黒幕を激闘の末に封印したところまでしっかりね」
まじか。
感情を相手に悟られまいと気合を入れてたのに、さすがに驚きを隠せなかった。多少は思い出してるんだろうとは思ってたけど、まさか全部なんて。
けど、《冥王》の名前が彼の口から出てきたことが全てを物語っていた。つまり《魔術師》は【セント・ファンタジア】の出来事も全て把握しているということだ。
これは、やっぱりこの世界は【ゲームの中】なんだ。
「ただ、あんたのことはどんなに記憶の中を辿っても見覚えがつかないんだけど。あんた何者なの?まさか、《冥王》だなんて、言わないよね」
「そ、そんなわけないでしょ」
「だろうねぇ。《冥王》の脳みそも大概だったけど、あんたほどじゃないからね」
「……」
こいつ、わかっててわざと聞きやがったな。こっちは真剣に色々考えてるのに茶々入れないで欲しいんですけど。
てか、私の脳内が《冥王》よりひどいってどいういうことだ!?私は根っからの平和主義で、この星の全生命を滅亡させてやろうなんてそんな血も涙もないようなこと考えてませんよ!?今の言葉は訂せ、
「んで、あんたは何者なの?なんで《聖女》にひっついてんの?」
……訂正させる隙はなさそうだ。そういえば手短に済ませろって言われたしな。これについては今度ゆっくり時間をとって文句を言わせてもらうことにしよう。
しかし、これで納得がいった。えらくあっさりとこっちの呼び出しに応じたなと思えば、向こうも私の正体について知りたかったみたいだ。まぁ、前世での記憶で思い当たらないのに《聖女》の周りうろちょろしてたらそりゃ不審に思われるか。
ではでは、相手のお望み通り質問に答えてさしあげましょうかね。
ということで、私は話せることを全部話した。