16. 体育祭②
スターターピストルの合図で始まったリレーは接戦だった。抜き抜かれを繰り返しながらほとんど距離を開けないまま女子のアンカー、つまり真白の走る組にまで到達した。真白のチームは3番手でたすきをつなぐ。真白はたすきを受け取ると、あっとう間に前を走っていた2人を抜いた。きゃーーー!いつもかわいい 真白が今日はかっこいい!後続部隊から距離を話、真白は一番にアンカーである《勇者》にたすきを渡す!と思った時だった。
真白が何かにつまづいたのか、体が前のめりになり宙に浮く。
なんと真白はたすきを渡す直前でこけてしまった!
うぎゃーーーー!まさかとは思ったけど、本当にこの展開ですか!?てか思いっきりこけてたけど、真白ー!大丈夫かーーー!!!
そう、これが通称”ずっこけイベント”の展開。リレーの女子アンカーとなった主人公は、アンカーである《勇者》にたすきを渡す前にこけてしまうのだ。
もしイベントが起これば真白が怪我をするのがわかってたので、私は救急箱を抱えていたのだ。
慌てて運営委員会本部から飛び出して真白に駆け寄よろうとする。競技を邪魔するわけにはいかないので、ほかのチームが通り過ぎるまで待たないといけない。くぅ、早く真白のところに行かせてくれ!
せっかく1位だったのに後続部隊が倒れた真白の横をどんどん抜き去っていく。真白はなんとか起き上がろうとしたが、怪我がひどいらしく立ち上がれないようだ。こけた瞬間、思いっきり体が宙に放り出されていたから、膝を強く打ったのかもしれない。
私が真白のところに駆け寄るのと、《勇者》が真白のところに駆け寄ってくるのは同時だった。真白はなんとか手を伸ばして駆け寄ってきた《勇者》にタスキを渡そうとする。
「ごめ、勇気君……」
「任しとけ。これくらいちょうどいいハンデだよ」
「え?」
「絶対、1位とるから」
そう言った《勇者》は凄まじいスピードで駆け出した。
どれくらい凄いかって?彼が走ったあとに土煙が上がるくらい。
いやいや、あれはちょっとなしでしょ。
倒れていた真白も目をぱちくりさせながらあっとう間に全員を抜いた《勇者》を見ている。会場中もシーーーーーーンとなっている中、《勇者》が風を切る音だけが聞こえて来る。
そして、あっという間にグラウンド一周を終わらせた《勇者》は、まだそこに倒れたままの真白に笑顔で、
「な?任しとけっていったろ?」
と爽やかに笑って見せた。そんな《勇者》を見上げて真白はちょっと頬を赤くする。うん、今の速さは規格外すぎたけど、こけた真白の分のハンデを挽回して1位っていうこの展開は、やっぱかっこいい。真白がときめいちゃうのもわかる。私は頬を染めてるかわいい真白にキュンキュンだけどね!かーわーいーーーー!!
「それより、早く手当てしようぜ」
「あ、うん」
そう言って《勇者》は真白を起こす。そして真白に肩を貸しながらグラウンドからテントの方へ歩いていく。せっかくここまで救急箱持ってきたのに、私の努力は無駄になりそうだ。まぁ、ここで治療してたら最後のフォークダンスの邪魔になるからな。いいとこを《勇者》に全部持ってかれたことにちょっとすれた気持ちになりながら、私は2人のあとを追いかけた。
「勇気君、足速いんだね」
「まぁ、昔から足だけは早かったんだよ」
私が真白の怪我の治療をしている間、そんな会話を交わす2人。「足速いんだね」と真白は言ったけど、あれはそんなレベルじゃなかったですよ。人外の速さだ。
前世が《勇者》だからその能力が今世にも引き継がれてるとか?【今キミ】ではそんな設定なかったんだけどなー。このイベントはあるけど、普通に走って全員追い抜いた的なストーリーだったはず。やっぱりこの世界はゲームの中なんだなって思わせてくれるほどの早さだったよ。
「すごくかっこよかった。1位になってくれてありがとう」
「!!!」
……余計なこと考えてないで、さっさと治療を済ませてここから退散しよう。真白のいつもの5割増しで輝く笑顔に《勇者》様、悩殺されております。
って、ここで私いなかったら、告白の大チャンスだったんじゃないか!?ごめん、《勇者》!でも真白の怪我を放ってなんてできなかったんだよー!真白の綺麗な肌にあとでも残ったら大変だからね!悪気はなかったんだから許してくれ!
「はい、おしまい」
「奈美もありがとう」
「お前、手際いいな」
こんなこともあろうかと治療の方法をあのセクシー保健医に習っていたからだ。物資調達班は保健要因も兼任していたので、その名目で。……てか、物資調達班って雑用全般押し付けられてんな。私にぴったりの役職だぜ、まったく。
「フォークダンスどうする?この足じゃ無理そうか?」
「うーん、残念だけどここで見てようかな」
「俺がついとくから、平野は行ってこいよ」
うん、わかってるよ《勇者》。君はここで真白と2人だけでこっそりフォークダンスを踊るつもりだな。非常に胸キュンないいアイディアだ。安心ろ、真白の怪我の治療も終わった今、これ以上邪魔するなんて無粋なこと私はしない。
「んじゃ、真白は任せたー」
「踊りながらこけんなよ!」
む、《勇者》よ、いいアドバイスをするではないか。《勇者》と真白のことばかり気にして相手の足を踏むなんて可能性もあるな。十分気をつけてフォークダンスに臨まねば!……と思っていたら、数人の男子に足を踏まれる羽目になった。なんで?
何はともあれ、こうして1年目の春は過ぎ去っていく。
<1章 終>
やっとこさ1年目春が終わりました。
ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございます。
少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
次章は1年目夏です。引き続き明日から更新していきます。