3. 席替えをしました。
7/1 改稿しました。内容が微妙に変わってます。
「あ、病気持ちだ。移るから近寄んないでしょ」
「あんたの気絶した顔、すっげぇキモかったよ」
「そうそう、写メ撮ろうとしたらタブタに怒られたから撮れなかったんだよー。お前にも見せてやりたかったのに」
見せてくれなくて結構です。心の中だけで返事をして無言で席に戻っていく。昨日の私の醜態はかなりのものだったらしい。クラスメート全員の目がそう語っている。初日からやらかしちゃったなー。
ちなみに、タブタとは担任のあだ名であり《ただの豚》を省略したものだ。今まではその通りだな、くらいにしか思ってなかったんだけど、なんだか大人としての記憶が戻ってきたら、妙に同情心が湧いてきちゃった。
生意気な中学生を毎日相手にしないといけないなんて、教師とはなんて大変な仕事なんだろう。その仕事に就こうという気持ちを持っているだけで、尊敬に値するよ。絶対私は教師なんかならないって、前世の時から思ってたもんな。
脳内で噂をしていたらタブタこと担任がやってきた。「平野ー、大丈夫かー」と声をかけてくる。気を使ってるつもりなら相当空気の読めないやつだ。何人かのクラスメートが笑いをこらえきれずに肩を震わせている。こんちきしょう。さっきの私の同情を返せ!
「んじゃ、ホームルームを始めるぞー」
その言葉を合図に担任の声を遮断。同情はするけどさ、だからってころっと態度を改めようとか、そういう気持ちが湧いてくるわけじゃないから不思議だよねー。喋り方が感に触るのは相変わらずだし。
ってことで、昨日せっかく前世の記憶を思い出したんだから、それについて考え耽ってみましょうかね。……と、言っても覚えてるのは漫画とかアニメとかゲームのことばっかりなんだけどさ。
それにしても、ここが【今キミ】の世界なんてなんだか感慨深いなー。何せあれは、私が初めてプレイした乙女ゲームで一番大好きだったソフトでもある。
攻略対象は《勇者》《魔王》《魔術師》《吟遊詩人》《暗殺者》の5人がメインキャラで、あと3人隠れキャラがいたんだよね。スチル出すのに必死になってデートしまくったよなぁ。最後は我慢しきれずに攻略サイト見ちゃったけど……でも、絶対あのスチルを自力で出すとか無理だったと思うんだよね。だいたい発生期間が短すぎて───
「それじゃ、席替えするぞー」
……どうやら担任の無駄話は終わったらしい。いやいや、いかん。大人だって無駄話だってわかってるし、全然聞いてもらえてないってわかってるけど、お給料もらってるからフリだけでもしとかないといけない辛い立場なんだよ。前世の記憶が戻ったせいかなんとなくわかる大人の事情。態度を改めようとは思わないけど、心の中でエールは送っとくから!
あ、それより席替えだ。また一番後ろの席がいいなー。そして妄想に打ち込みたいところだ。
なぁんて、思ってたんだけど、残念ながら私の願いは神には届かなかった。
届かなかったどころか、一番後ろの席から一番前の席になってしまった。日頃の行いは悪くはずないのに、席替えの神様は大変気まぐれであらせられるので困る。いや、もしかしたら一番後ろの席であることをいいことに机に落書きをしまくっているから、怒った机の神様が席替えの神様に告げ口をしたのかもしれない。怒っているからって一番前というのはあまりに非常ではないか、机の神様よ。
しかし、気まぐれでありながら慈悲深くもある席替えの神も完全に私を見放したわけではない。
「平野さん、昨日大丈夫だった?」
机を移動させ終わって席に着くと、後ろから声がかけられる。後ろを向くと、今机を移動させたばかりの真白さんが言葉通り、心配そうな表情を浮かべてこちらを見ている。眉を下げているその顔も非常に可愛い。こんな人にずっと後頭部を眺められると思うとちょっと落ち着かない気がする。……あれ、私の思考中学生男子並み?おかしいな、28歳成人女性の記憶を少なからず取り戻したはずなのに。
と、余計な思考をかましてないで、返事しないとね。
「大丈夫。ちょっとめまいがしたんだけど、家に帰って寝てたら治ったよ」
「それなら良かった。実は私もアレが来るとすごく大変で、貧血で倒れちゃうんだよね」
ちょっと声を小さくして顔を近づけてくる真白さんは溜め息まじりにそういった。
うむ、月に一回必ずやってくるあやつのことですな。思考はともかく体の仕組みは間違いなく女なのでその辛さはよく分かる。どうやら真白さんは私がその月ものの影響によって倒れたと思っているらしい。全然違うのだが、まぁ心配してくれてるのであえて撤回することもあるまい。
「私よく薬持ってるから、辛くなったらいつでも言ってね」
……この人は!見た目だけではなく心まで女神レベルなんじゃないだろうか?醜態をさらしてバカにされている私のことを、避けたりするどころかこんな風に優しく気遣ってくれるなんて。間違いない!この人は女神だ。天女だ。巫女だ。聖女だ。
「……ん?」
……えっとー、私なんつった?せ……?
「プリント配るぞー。1人2枚とれよー。2枚だからなー」
あー、2枚って言ってんのに絶対1枚しかとらない奴いるんだよな。本当何聞いてんだよって感じ……じゃなくて。
「ほれ、2枚だからな」
担任が私にプリントの束を渡す。私はちゃんと聞いてましたってば。なんか重要なこと思いついた気がしたのに、担任のせいで思考が途切れた。くそう。
仕方ないので考えるのを一旦止めて、プリントを後ろの真白さんに回す。プリントを回すたびに真白さんの顔が見れるなんて、なんていい席なんだ。
「はい、真白さん」
「ありがとう」
こんな些細でも女神スマイル。なんか、心が浄化される気さえする神聖さだ。ありがたやーと心の中で拝んでいたら、真白さんが自分の分のプリントをとって後ろを振り返った。
「はい、2枚だよ」
そんな風に可愛らしく言いながら後ろの男子を悩殺している真白さん。
あ、《聖女》だ。
なぜ、突然そんな電波なことを思ったのかと問われれば、答えは明白。真白さんの姿がゲームのイベントスチルの主人公と被ったからだ。
脳裏に、高速で該当する記憶が浮かび上がってきた。確か、攻略対象《魔術師》のイベントだ。満面の笑みで振り返ってプリントを渡してくる主人公の不意打ちに、《魔術師》の顔が緩んじゃうキュンキュンなイベント。
制服は違っているけれど、真白さんの黒くてまっすぐな長い髪の毛が、そこから覗いた耳が、ちらりと見える首筋が、肩のラインが、ぴったりと記憶の中の絵と一致する。
「平野さん?もしかしてプリント1枚しかとらなかったの?」
真白さんがこっちを向いて、話しかけられてやっと我に返る。ちゃんと2枚とったと笑って誤魔化して前を向いた。真白さんにバカな奴と思われたかな……。
に、してもだ。さっきの既視感ははっきりとしすぎていて疑いようもない。いや、思い込みの激しい私のことだから言い切るのは軽率かもしれないが。それにしても、だ。
真白さんが【今キミ】の主人公?
浮かび上がった可能性の真意を確かめたいという気持ちを、抑えることはできそうになかった。