13. 体育祭準備①
遠足が終わると、体育祭の準備が始まった。勉強に加え、生徒会の仕事も増えてさらに忙しい毎日を送っております。最近、唯一自分に許しているリアルタイム でのアニメも見逃すことが多くなって、疲れもたまり、癒しもなくてちょっと瀕死状態だったり……。生徒会は安請け合いで入るものじゃありませんでした。うえーん。
だが、いいこともある。
生徒会の仕事が増えたことで、真白と《勇者》の仲がすごく良くなっていることだ。
「勇気君、この競技のことなんだけど……」
「あぁ、それは確か……」
なんと、真白が《勇者》のことを下の名前で呼ぶようになったのだ!何があったのか真白に聞くと、《勇者》から「苗字は長くて呼びにくいだろ」なんて言われたらしい。
なーにが苗字長いからだよ。”武蔵野”なんてそんなややこしい名前でもないし、単に下の名前で呼んで欲しかっただけだろ!?てか、下の名前呼びって、ゲームだとかなり好感度高くないと許容してもらえないはずなのに、攻略キャラの方から呼んでくれって頼んでくるとは……お前はどれだけ真白に攻略されているんだ《勇者》。
あれだろ、お前がダンジョンだとしたらメイン階層はとっくの昔に制覇され、隠し階層にも踏み入れられた結果、アイテム収集率も100%目前くらいまでやられてるだろ!後1つ宝箱あけたら完全攻略されるくらいの勢いだろう!?
ちょっと張り合いがなくておもしろくない。私が【今キミ】で気に入ってたのは、最初は主人公に興味もなくて素っ気なくしていた攻略対象たちが、イベント を経てだんだんと落ちていくっていうそのプロセスが好きだったんだ。そのプロセスこそがキュンキュンだったんだ!確かにゲームの中でも《勇者》は特に主人公に心を許しやすかったけど、お前はチョロすぎだ!もうちょっと自分をしっかりと持て!
……まぁ、私としては”冥王エンド対策”としてさっさとくっついてくれればいいと思っているので、ここまで吐いてきた文句は癒しが足りていない私の欲求不満的な愚痴だ。あー……だれか私に胸キュン要素を提供してください。じゃないと干からびちゃいそう。
そんな干からびそうな日々だけど、幸いなことに井之上様たちからは特に何もされていない。
学校で1人で行動することは避けたし、登下校まで真白と一緒にするという完全防御である。《勇者》には生徒会活動以外では近づかないとうのを徹底している。たまに不意打ちで飛んでくるボディッタッチ攻撃も避け続けている。こいつ、絶対私のこと女子だと思ってない。真白にはそんなことしないくせに、私には肩組んでこようとする。それは《勇者》が親しい男子生徒にする仕草そのものだった。
別に男扱いされるのはいいんですけどね。でも君が女と意識していなくても、残念ながら君のファンたちはなぜか私を立派な女子とみなし、そして敵とみなしてくるんですよ!だからお願いだからボディタッチは控えてね!
まぁ、そんな感じで私が宣言通り大人しいこともあってか、私に向けられる鋭い視線も緩んできているように思えた。
なんか、たまーに、井之上様たちとは違う視線を感じることがあるんだけど……それは気のせいだよね?
そんな感じで過ぎていったある日の放課後。体育祭の準備をしていた私は、足りなくなった模造紙を取りに行くために資材室に向かっていた。1人になるのは避けていたが、この資材室に行く時だけは真白とは別行動をしていた。なぜかというと……。
「またいるし……」
「んあ?もう放課後か……?」
ここは《魔王》様のお気に入りのサボりスポットだからだ。
今の今まで寝ていたのだろう。棚の上に横たえていた体を起こして大きく伸びをする。あんな硬いところでよく寝れるよなー、確かに日当たりは良さそうだけど絶対体痛くなると思う。
初めてこの資材室に先輩と来た時はかなりびっくりした。先輩はすでにここが《魔王》のお昼寝場所であることを知っていたのか、彼の存在には目もくれることなく必要なものを持ってさっさと出て行ってしまった。
物資調達班として体育祭で使う資材や道具の発注・在庫管理などを担うことになった私はその後もこの資材室に立ち寄ることが多いのだが、いつも《魔王》様はお昼寝をなさっていた。
私としては真白と《魔王》の接触は避けたいので、ここに来る時はいつも1人でやってくる。せっかく《勇者》といい感じなのに他の攻略対象が首を突っ込んできたらどうなるかわからない。まぁ、極端にいっちゃうと”冥王エンド”を避けられるなら《勇者》であろうが《魔王》であろうが、はたまたその辺のモブキャラくんたちでも全然いいんだけどね。
てか、ここいつも鍵かかってるのに、一体どうやって侵入してるんだろう?
まぁ、そんなことより今は模造紙だ。私はあくまで物資調達班の平要員であり、ほとんどが物資調達班の長である副会長の指示通り動くだけだ。その指示で模造紙を取りに来ているのだから、時間を浪費している場合ではない。今の私はちょっと真面目モードなのだ。
「おい」
ん?《魔王》今私に声かけた?今までそんなことなかったんだけどなー、って思いながら振り返ったら、やっぱり聞き間違いじゃなかったらしい。さっきまで寝っ転がってた窓際の棚に腰掛けて、ちょいちょいと手招きをしている。
なんだなんだ?この間助けてもらった謝礼でも要求されるのか!?
逃げ出そうかとも思ったが、今後も資材室には来ないといけないので今ここで逃げたところで意味はない。変に抵抗して反感を買うよりも、ここはおとなしく言うことを聞いておく方が得策だろう。ってことで、手招きに従って模造紙を抱えたまま《魔王》に近づいてく行く。
「何?」
「……」
あれ?まだ手招きしてくるんだけど……結構近くまで来ましたよ?と首を傾げながら結局棚に座っている《魔王》の真ん前まで歩かされた。私と《魔王》の間には人が1人立てる余裕があるかないかくらいの距離だ。突然暴力振るわれるってことはないだろうけど、一体なんなんだ?
と思ってたら、ズイッ《魔王》の顔が近づいてくる。
のえ!?なになになんなの!!?
「やぱりな」
「え?」
「それ、グレイロードのメガネだろ?」
ん?メガネ?めがねめがねめがね。あぁ、私が今かけてるやつね。びびったぁ。一瞬キスされるのかと思ったし。まさかとは思ったが、やっぱモブキャラの私にそんな展開ないよね。いやいや、自意識過剰で非常に恥ずかしい……。
でも、《魔王》との出会いイベントっぽいやつ起こしちゃったから、もしかしてとか思っちゃったんだよ。《魔王》と主人公がキスするイベントとか【今キミ】の中ではないけど、この世界ゲームと関係あるけどかなり自由度高いし。
しかし、紛らわしいな。メガネが見たいなら普通にそうと言ってくれれば────。
「え、てか……わかるの?」
「俺も好きだから」
そういって、《魔王》は長めの銀髪をかきあげて右耳を見せてきた。そこにはぱっと見じゃ数え切れない切れないほどビアスが付いていたわけだけども……。
そこについていたどれもが、私が大好きなブランド”グレイロード”のピアスだった。
うわっ!あれって個数限定のめっちゃレアものだ。一見シンプルに見えるんだけど内側と外側に青いラインが入ってて、そこに刻まれた薔薇模様がめちゃくちゃかっこいいやつだ。高すぎて買えないし、てか私になんて絶対似合わないだろうなと思ってたけど……《魔王》似合いすぎ!
予想だにしない展開だったけど、ともかく興奮した。だってこのブランドほんと好きなんだもん!服とかオシャレとか全然興味ないけど、ここの小物類だけは私の琴線をビンビン揺らしまくって仕方ないんだ。
し、しかも前世で大好きだったキャラがそれつけてるって……あ、よだれ出そう。
「ほ、他にも限定ものとかいっぱい持ってるの?」
「まぁな」
「み、見たい!」
「貸さないぞ?」
「いやいや、君がつけてるのをみたい!!」
大好きなブランドと大好きなキャラのコラボって!天国だ!オアシスだ!極楽だ!
この干からびそうな日々から救ってくれるのは、この人しかないない!
祈るような気持ちで《魔王》をガン見していたら、《魔王》は呆れたように溜め息を吐いた。やっぱ、だめ?
「気が向いたらな」
うおっしゃぁぁぁぁ!癒しゲット!!!
これで体育祭を乗り越えられる!
めーちゃーくーちゃー嬉しい!久々に心が潤ってる!遠足でもボコボコにされそうになってるところを助けてくれるし、今も干からびそうな心を潤してくれるなんて、《魔王》、あなたは本当に救世主だ!
なぁんて、嬉しすぎて《魔王》様の目の前で小躍りを披露してしまうほど喜んでいたんですけれども……。
まさか同じパターンが2回もこんな短時間で巡ってくるなんて思わないじゃんねぇ……。




