7. 入学2日目③
《勇者》は私と真白の姿を見つけると、躊躇することなく教室の中に入ってきた。お昼時で席をばらしていた生徒が、《勇者》に道を譲るようにして引いていく。
あれ、なんか教室中というか、廊下の生徒までこっちに注目してるんですけど、なんで?
なんだかただならぬ雰囲気が漂っている。いや、《勇者》は真白に近づいてきてるから緊張してるんだろうけど、この周りの空気何?なんなの!?
そんな風に心の中でキョドッてたら、《勇者》が私たちの前に立った。無数の目がこちらを見ています。な、なんか、いやーな予感しかしないのはなぜ?
「昨日の話、考えてたんだけどさ」
「え?」
《勇者》の言葉に真白は首を傾げる。あ、やべ。私ったら、《勇者》を生徒会に誘ったこと真白に話すの忘れてた。今のうちに話しておかなければ、《勇者》に恥ずかしい思いをさせてしまうかもしれない。デリケートな思春期男子に傷をつけるのはいたたまれないので、不思議そうな表情をしてるかわいい真白にちょいちょい、と手招きする。
「真白真白……」
「ん?」
「実は昨日ね……ゴニョゴニョゴニョ」
「え?そうだったの?」
「それで、多分その話受けるつもりで来てくれたんだと思う」
「……わかった」
私のゴニョゴニョで真白はしっかりと事態を察してくれたらしい。さすがだ。……あれ、《勇者》に睨まれてる。「お前、あんだけ偉そうに人のこと勧誘しといて話してなかったな?」って視線がそう言っている。やっぱり《勇者》は人の心を読むのだろうか?
「もしかして、生徒会の話、受けてくれるんですか?」
真白がそう言いながらニコリと笑ってみせる。すると、《勇者》はその笑顔に見惚れるように顔を赤くした。ふー、危うく《勇者》の視線で射殺されるところだった。あぁいう目からビーム系はむしろ《魔王》の専売特許だと思ってたのに《勇者》も体得可能とは……メガネをかけておいてよかったよかった。
「あ、あぁ……。俺でよければ、入ろうかなと思って」
お、結構謙虚な発言だった。ゲームでは結構自信満々なキャラだった気がするけど、やっぱ《吟遊詩人》と同じで多少性格が違うらしい。しっかし、さっき私を睨んでいた視線は何処へやら、デレッデレだな、おい。
「ありがとう。誰もあてがなかったから困ってたの。大変なこともあると思うけど、これからよろしくね」
「あ、あぁ」
真白が差し出した手を《勇者》がとる。さらに嬉しそうに笑った真白の顔に《勇者》は完全に骨抜きだ。いやー、想像していた通り、こうして2人で並ぶと美男美女で絵にな……。
「武蔵野くんが、生徒会に!?」
「そんな、今までそういったお話はことごとく断ってきたはずなのに!」
「うげー、武蔵野も真白さん狙いかよ、こりゃ詰んだな」
「武蔵野相手じゃなくても、お前の恋はとうの昔に詰んでたよ」
「しかも、なんであの真白清華と知り合いになっているの?しっかりと警戒はしていたはずでしょう!?」
「それが、入学式前にはもう接点があったらしく……」
「珍しいよな、武蔵野が面倒な仕事受けるのって」
「やっぱあれだろー、真白さんだからだろー」
「なんですってー!!?」
……あれ、なんか色々聞こえてくる。こっそりとあたりを見渡すと、いつの間にか廊下を埋め尽くすほどの野次馬がそこに出来上がっていた。
あれれ、もしかして《勇者》って男版真白みたいなポジションだったの……?
そ・し・て、あそこでハンカチを噛み千切らんばかりの勢いで引っ張っておいでのお嬢様風なかたは、まさかもしや《勇者》ファンクラブ会員番号1番!とか 言い出したりするのでしょうか?
せめて”勇者様を影から見守る会”とかそういう穏やかなやつだといいな。影から見守るだけだったら、何も起こらないはずだよね。そう……色々と……。
何かに怯えるように、ゆっくりと視線を2人に戻す。
ひたすらニコニコ笑って《勇者》を見上げている真白に、ひったすらデレッデレの顔を真っ赤にしている《勇者》。この絵だけを見れば至極幸せそうに見えるのだが……てか、周りがこんな状態なのになんで当人たちは全然気づいてないんだよ!?
ピンク色な空気に包まれている2人にツッコミながら、私は平穏な学園生活がゆっくりと去っていく足音を聞いた気がした。……シクシク。