18. 体育祭④
今私の目の前に立っているのは、前世で人々の先頭に立って歩く地位にいた青年。そんな彼はきっと、《聖女》と一緒に戦うことを望んでいたんだろう。それが王族として生まれた彼の使命だと、思っていたのかもしれない。
だけど、彼の願いは叶わなかった。《聖女》と一緒に悪と戦ったのは、《王子》じゃなくて、《勇者》だった。それだけならいざ知らず、敵であったはずの《魔王》さえも、《聖女》のそばで戦うことを許された。きっと、人々から軽んじられた王様と同じように、惨めな思いをしたんだろう。
生まれ変わってみても、《王子》は《聖女》のそばにいられなかった。《聖女》がこの学園に入学してきたのは、《王子》が卒業してからだった。なのに、当たり前みたいに《勇者》たちは真白のそばにいた。
それだけなら、世の繰り返しだったと《創造主》を恨んだだけだったのかもしれない。それだけでも、《王子》が《冥王》に肩入れする理由は十分すぎたはずだ。それなのに、現世では特別な力も持たなければ選ばれた存在でもない、ごくごく平凡でどこにでも溢れているような《モブキャラ》が《聖女》のすぐそばにいた。選ばれたはずの自分を差し置いて。
その時の絶望と、落胆と、屈辱が《王子》にあんな目をさせたんだ。
そりゃ、私なんかが《王子》がいるはずだった場所でのうのうと笑ってたら、イラつきもするわな。なんか《王子》がこんな低レベルな嫌がらせしてくるのも、思わず納得しちゃったよ。でもね。納得できるからって、このまま言いたい放題引き下がろうなんて、思えないんですよね。
だって、《王子》がやってるのって、ただの八つ当たりじゃんか。
「……私が、取るに足らない存在でさ、誰からも必要とされてなくて、真白のそばにいるなんて不相応もいいところだって……そんなことはさ、言われなくても知ってたよ」
人にはそれ相応に定められたものがあるのかもしれない。私みたいな平凡な人間は、世の中の端のそのまた端で、ただぼーっと生きて、ぼーっと死んでいくのが相応しいのかもしれない。それは正しいのかもしれないし、それが一番傷つかなくて楽なのかもしれない。
「けど、しゃあないじゃんかっ……」
「相応しいとか、不相応とか。そんなの抜きにして、できれば楽しく生きたいと思っちゃうんだから!!」
今度こそって、思ったんだ。せっかく転生したんだから、前世とは違う人生をって。最初は、《冥王》エンドを阻止できなかったら長生きできないし、もしも本当にそんなことが起こっちゃったら、その可能性を知ってたのに止められなかったって責任感で押しつぶされちゃうからっていう、ものすごい消極的な理由でしたよ。ただの保身で、そのために真白にも近づいて、友達面してることに罪悪感に苛まれて。
そんな気持ちになるくらいなら、さっさと真白のそばから離れるべきだったのかもしれない。でも、そんなことできるわけなかった。
だって、楽しかったんだもん。真白のそばにいると、すごく楽しかったんだもん。
不相応だったかもしれない。棚ぼたで、奇跡的な状況だったかもしれない。それに甘えてたから、そのツケとして、一気にぼっちになって、惨めな思いを味わってるのかもしれない。
でも、後悔なんてしてない。今、すっごい辛いけど、やり直したいんなんてこれっぽっちも思ってない。
「もう一回転生しても、私は同じことするよ。それが私に相応しくない場所でも、奇跡にすがってでも、それがどんなに惨めで滑稽なことでも、チャンスがあるならまた真白と友達になりたいよ!」
「そうまでして生きたいなんて、醜いね」
哀れなものを見るように、《王子》は笑顔を消す。高望みしてみっともなく足掻くなんて、この人には滑稽で見るに耐えないものなんだろう。そう思うならそれでもいいと思うんだよ。人生観は人それぞれだ。
だけど、そんな風に思ってるくせに、私に八つ当たりしてくるのは、お門違いなんだって。
「醜くても、私みたいな小物はさ、何かに縋り付いて、ボロボロに引きずられながら生きていくしかないんだよ。与えられるのが当たり前と思いこんで、思い通りにならなかったからって、子供みたいに意地けたあなたにはわからないだろうけどさ」
「何、だと……?」
「前世の事情は知らないけどさ、現世でだったら色々手を打てば真白と一緒に学園生活を送れるはずだった。留学するとか、最悪留年するとかさ。なのに、あなたはそれをしなかったよね?《創造主》がセッティングしてくれなかったからって拗ねて、《冥王》に手を貸した。自分がいたい場所に行くために、何かしようなんて思わなかったんでしょ。足掻くのなんて、醜いって思ってるんだから」
「そんなんだから、あなたは前世でも《聖女》に連れて行ってもらえなかったんじゃないの?」
「!」
あ、《王子》の表情が変わった。なんとか張り付いていた笑顔がとれて、醸し出す感情に相応しい歪んだ顔つきになった。そしてその目は先ほど一瞬見せた鋭さのまま、まっすぐとこちらを睨みつけている。
「……能も力もないくせに、口だけはよく回る」
うげっ……、《王子》ガチ切れじゃん。綺麗なお顔が崩れてますよー。もう口の端しにさえ笑みを浮かべる余裕すらないみたいだいだ。
まぁ、考えてみれば当たり前か。こんな小物に散々小馬鹿にされたんだもんな。それが図星だったっていうのなら、あれだけ腹立てて当然。腹をたてる=図星って言ってるようなもんだ、なんて考えられるキャパ、今の《王子》にはないだろうしね。
ってー、冷静に状況分析してる場合じゃないわ!腹たったからって、思ってること喋りすぎたーーー!!!てか、閉じ込められて、逃げ場ないのに喧嘩売るとか、私バカ?バカなのか!?決して頭がいい方ではないと思ってたけどさ、ここまでバカだったとは……!!や、でも、《王子》が倉庫の中に入ってこられないのも同―――――
「まだまだ痛みつけて欲しいというなら、望み通りにしてあげよう」
ウエェェェェ!!!こ、この《王子》様、体育倉庫の窓についてる格子を素手で捻じ曲げたんですけど!?まさか、その腕力で私の首を締めつけようとかお考えなのだろうか?そ、そんなことしたら手の跡とかついて証拠残っちゃいますよ!ムカつきすぎて今すぐこの世から消し去ってやりたいっていう心中はお察ししますが、もうちょっと冷静になりましょ!?なぁんて言葉が届くはずないか……って、ギャーーーー!!う、腕捕まれっ―――――
ドガッ!!!
「へ!!!?」
ちょっ!こ、今度は何々!?なんかすっごい音が倉庫の扉の方から聞こえたんですけど!!?ってー、なんか扉がぶっ飛んでるんですけど!?何が起こってるんだーーー!!?ま、まさか、《王子》の増援……?イヤイヤ、増援とかなくても、余裕で殺されかけてるところですからあああぁ!!!
……って、あれ?なんか、あのシルエット……見覚えあるぞ?
「……君も、こりないね」
ちょっと冷静になりかけていると、《王子》に掴まれていた腕が解放された。同時にチッという音が聞こえて、反応して《王子》の顔を見ると、すっごい悔しそうな顔をして、扉の方を見ている。
あ、今のは舌打ちだったのかな?つまり、あれは《王子》の増援じゃないってことか。てか、暗くてよく見えないけど、倉庫の入り口ぶち抜いて入ってきたのって、もしかして……。
「てめぇに言われる筋合いはねぇな」
こ、この声、そして、この憎ったらしい言い回しはっ……!
「奈美」
こっちに近づいてきたその人物は、名前を呼びながらこちらを見下ろしてくる。
「さっちゃん……」
何秒も遅れて、やっとそんな惚けた声が出る。驚きすぎていたせいで、《王子》がその場から立ち去っていたことには、全く気づけていなかった。




