17. 体育祭③
閉じ込められてから、2時間くらいはたったと思う。しばらく眺めていた夕日もすっかり沈んじゃって、体育倉庫の中は薄暗くなかった。もうすぐしたら完全に暗くなっちゃうと思う。ちょっと不気味な感じだけど、片付けに専念したり、妄想にふけってたらなんとか誤魔化せそうな感じだ。閉所恐怖症とか暗所恐怖症とかじゃなくてよかったよかったー。なんて暢気に思ってたのが約10分前のこと。
……やばい。嫌な予感がする。まずいって、それはまずいってーーーー!!!
なんとか気を逸らそうとするけど、一度意識し始めてしめたらもうダメだった。なんとか恐怖症とかシンドロームとか、そんな類のものじゃない。人類なら、いやミジンコすら襲い来るこの感覚から逃れることはできないだろう。
人はそれを、生理現象と呼ぶ。
暑いからって飲みまくったスポーツドリンクがまずかった!!!絶対にそうだ!入れた分だけ出る。なんてうまくできてるんだ人間の消化器官!しかし、このタイムラグはやめてほしい。ここ来る前にトイレに行っとけば良かった……!!
って、今はなんとかそんなこと言いながら耐えれてるけど、これあと30分は持たないよ!?その間に誰も助けに来てくれなくて万が一我慢できずにとか……っ、ゼーーーーーーーーッタイにありえないから!ただでさえすれ違いざまに有る事無い事でバカにされてるのに、そのネタ増やすとかマジでないから!!!
「だ、誰かー!!いませんかぁぁぁ!!!!」
無駄だとわかってても、窮地に陥った人間は何かせずにはいられないんだ。今すぐ助けに来てなんて贅沢言わない。お願いだからあと10分、いや、20分は我慢してみせるから誰か来て!!後生だから!寿命5年くらい縮めてくれてもいいから!!神様本気でお願いしてます!!!
もちろん、この世界のメインストリームからはじき出された私の言葉なんかが、神様に届くわけもない。しばらくたっても、体育倉庫の扉が開くことはなかった。
……終わった。私の人生、本気で終わった。私は生涯を通してこの日のことをネタにされ、馬鹿にされ、笑われ続けなければならないんだ。きっと、前世よりも惨めな人生になるんだろう。
あーあ、まじか。こんな風に終わるのか。今度こそはって、思ってたのにな……。もしかしたら、今度は楽しいまま高校卒業できるかもなって……。
真白がいて、《勇者》や《魔王》たちがいて、他にも普通に話せる友達がいて。
それから、さっちゃんがいてくれて……。
楽しかったのに。本当の本当に楽しかったのに。……まじで、終わっちゃうんだ。
……変なの。奇跡タイムは終了したって、わかってたのに。だから、自分から真白を突き放したのに、なんで今になってこんな悲しくなるんだろう。
どっかで、また元に戻れるとか、思ってたのかな?そんなことありえないって、今確定したから、だからこんな寂しいのかな?
おかしいな……。私、そんな身分不相応な、叶いもしない虚しい希望を持つような、そんなキャラじゃないのにな。なのに、なんで……。
ジャリッ
……え?なんか今、聞こえたような。……って、聞き間違いじゃないし!確かに外から足音が聞こえる!!
「誰か……、そこに誰かいるんですか!?」
声をあげても返事はなかった。でも、窓のそばに人影が立つのが見えた。間違いなく、誰かそこにいる。
出られるかも!って、その思いだけで、必死に窓のそばに寄って声をかける。
「あの!助けてください!!!私、中に閉じ込められておりまして……!」
「……」
あれ……、なんで、何も返事してくないんだろう?窓叩いてるし、私がここにいるっていうのは気付いてるはず……。
あ、もしかして、窓が閉まってるから、うまく声が届いてないのかな?それなら、窓を開けて助けを求めるまでだ!気合いを入れて、鍵を開けて、窓を勢いよくスライドさせる。
「やあ、そんなところに閉じ込められる気分はどうだい?」
「っ!!!おう……じ……っ」
窓を開ける前は、やっとここから出られるしてるのしてるのに、してたのに、鉄格子の向こう側に見えた顔を見て、一気に寒気が押し寄せてくる。
その笑顔は相変わらず無駄にキラキラしてるのに、安心感を与えるどころか、体中が震えだしそうになるくらいの恐怖を湧き上がらせてくれる。間違いなく笑ってるのに、あれは絶対に笑顔なんて呼べる代物じゃない。
「忠告してあげたのに、余計なことをするからだよ」
硬直して動けない私に、《王子》は楽しげに言う。その口調も途轍もなくセリフとマッチしていない。どこからどう見たって笑ってて、どこからどう見たって楽しそうに話してるのに、なんでこんな威圧感と嫌悪感が半端ないんだ。これも《王子》の技だっていうのか?Another Dimensionに飽き足らずこんな恐ろしい技を持ってるなんて……!!《王子》、本当に勘弁してくれ!!!
「てか、あんたががここに現れたってことは、私がここに閉じ込められたのは《冥王》の仕業?」
てっきり、ただ単にヘイトが溜まった生徒たちに閉じ込められたとばかり思ってたけど、違うのか?なんて首をかしげてたら、《王子》は心底おかしそうに笑った。
「ははは、それは自惚れかい?《聖女》から遠のいた君のことを、あの人が気にかけるわけないだろう?」
た、確かにその通りだ……。別に自惚れてたつもりなんてなかったんだけど、《王子》の言葉が最もすぎて何かとてつもなく恥ずかしい気持ちになる。けどさ、《王子》は《王子》でちょっと笑いすぎでしょ。今までさんざん《冥王》から色々されてきたんだから、これもか?ってついつい思っちゃうのは仕方ないことだと思うんだよ!
……や、てか、この際私の羞恥心はどうでもいい。ここに閉じ込められたのが《冥王》の仕業じゃないなら、何で《王子》はここにいるんだ?なんて考えてたらどうやら無意識に顔にも出てしまっていたのか、笑うのを止めた《王子》は楽しげにその疑問に答えてくれる。
「これは、ただの僕の遊びだよ」
えっとー……、左様でございましたか。これは《王子》様のお戯れであらせられましたか。……って、意味わからんわ!
人を閉じ込める遊びとか悪趣味すぎるし、だいたい、何で私をいじめることが《王子》の遊びになるんだ?確かに今まで《王子》の親玉である《冥王》の邪魔をしてきたし、1年の時のキャンプの時とかは勢いに任せて命知らずな反抗しちゃったりしたけど、《王子》から直接嫌がらせされるような覚えはない。顔を合わせたのだって数回だし……。私、そのたった数回のうちに《王子》の機嫌を損ねまくってたってこと?
「そうだね」
あ、やっぱこの人も読心スキル持ってんのね。口に出してないのに、私の考えを肯定してくれてありがとうございます。
「大した力も知恵もないくせに、当たり前みたいに彼女の近くにいた君は、本当に目障りだった」
うわっ……、な、何、その目つき……。前世から見下され続けてきた私だけど、こんな感情をぶつけられたことはなかった。《王子》から感じられるのは、嫌悪とかそんなレベルのものじゃない。ヘイトなんてカタカナ単語じゃ済まされない、本物の憎しみ。
この人、なんなんだ?まるで前世からの親の仇でも見るような目なんですけど……。一体、私がこの人に何をしたんだ?何をこの人はこんなに……。
「けれど、さすがの君も自覚しんたんだろう?君程度にできることなんて何もない、って」
思考を遮る《王子》の声が降ってくる。その目からは、さっきの鋭くて黒い感情は消えている。ここに現れた時に見せていた笑ってるのに笑ってない顔に戻る。悦の入ったその口調は、至極楽しそうだ。
「君なんて、所詮は取るに足らない存在なんだ。誰も、君を必要となんてしていない」
本当、なんて楽しそうにしゃべるんだろうね、この《王子》は。その口調だけに集中してたら、辛辣な言葉を浴びせられてるなんて信じられなくなっちゃいそうだよ。
なんて言ってみるけど、さっきから降ってくる《王子》の言葉は容赦なく私の精神を痛みつけてくれる。最初からだったけどさ、この人の言ってること、私が考えてたことと面白いくらい同じなんだよ。自分みたいな存在が真白の近くにいるなんて、おこがましすぎた。私みたいなやつと、心底一緒にいたいなんて思ってくれる人、誰もいないんだ、って。
自分で理解して、自分で言い聞かせてきたことだった。だけど、人から実際に言葉にされたその鋭さは、それとは比べものにならない。
「だから、君は君に相応しい場所で、ひたすら惨めに生きていけばいい」
全く……、なんでそんなに的確な言葉が出てくるのかね?惨めに生きていく。さっきまで、私が絶望していたその事実を、なんでこの人はわざわざ言葉にしてちゃってるのかね?なんで、私が一番苦しいと思うことをそんなにも……。
って、あぁ……、そういうことか。むちゃくちゃ胸の辺りは痛いままだけど、一瞬にして頭の中がクリアになる。《王子》が私に投げつけてきた言葉。その端々に込められた感情。《王子》が何で、私のことをこんなにも憎んでるのか、なんとなくわかった気がする。
この人は、不相応にも《聖女》の……真白のそばにいた私を、許せなかったんだ。




