10. A組の教室
やっぱりな……悪い時に限って、普段はウンともスンとも働かない直感が当たっちゃうんだよ。
教室の扉を開けて、すぐに自分の席に目をやる。そして、昨日感じたものが気のせいでないことを思い知ることになった。
早朝の学校は静かだ。たぶん、こんな時間に学校にいるのは警備員さんか、気違いぐらいに学校が好きで好きでたまらない奴か、それか私のような人間だけだろう。
「まぁ、黒板消しパフパフぐらいなら、かわいいもんか……」
あら、思わず声に出ちゃった。お隣さんの机にひとまず荷物を置いて、白やらピンクやら黄色やらの粉まみれになった自分の机と椅子を見下ろす。微妙に縦に入ったラインで、それが何なのかは明白。黒板けしを思いっきりたたきつけると、こんな模様が浮かび上がるんだよね。
これをやらかしてくれたのは、昨日廊下ですれ違った女子の一派だろう。
前世からの習慣で、教科書やノートは全部ロッカーに入れて帰ってるから被害はない。教科書引きちぎられるとか、冗談じゃないからね。……ありゃりゃ、良く見たらロッカーもパフパフされてるわ。
いつもは全く働いてくれない勘が、こんなときだけ当たってくれるんだからホント力抜ける。……なんて、脱力してる場合じゃないよね。
こんなこともあろうかとわざわざ馬鹿みたいに早く登校してきたんだから、ちゃっちゃと掃除を済ませよう。
真白が見たら心配するだろうし。こういうのは、見つかると周りにも伝染するからね。こっちは全く悪いことしてないのに、まるで隠すようなことしないといけないのは非常に腹立つんだけど、腹立ててわめいたところで、逆効果なのは前世のころからよく知ってる。
こういういうのは、ほとぼりが冷めるまで耐え忍ぶのが一番だ。
伊達に前世でぼっちしてなかったからね。このくらい朝飯前よ。……って、威張ってみても全然格好つかないんだけどさ。
しかし、あれだなー。《暗殺者》がいなくなった途端にこれかー。たぶん《冥王》がまた誰かにいらないこと吹き込んだんだろうとは思うけど、鈴木君の時といい、昨日の女子の態度といい、やっぱり操られれてるって感じじゃなかった。
としたら、《冥王》になにか吹き込まれたとはいえ、それだけで動くだけの意志があったってこと。鈴木君が真白を嫌悪してみてたみたいに、たぶんあの女子は私に対して嫌悪を感じてるんだろう。
あの女子とは隣のクラスにすらなったことないから、直接嫌われるようなことはしてないと思うけど……普段から真白のそばにいて、生徒会にも入ってて、おまけに誰かさんが私の名前出して全校生徒脅しまくってくれたおかげで、うれしくないことに悪目立ちしてしまってたのは事実だ。
さしずめ、あの女子の嫌悪の動機は「地味なくせに、変に目立ってんじゃねぇよ」的なとこだろう。非常にわかりやすくて典型的だ。
……なのに、なんでかね。
経験済みだから、どんなもんだかわかってる。大体の落ちも見えてる。メリケンで顔殴られかけた、恥ずかしい写真取られそうになったし、水浸しにもなった。男子4人に囲まれてぼこまれる寸前で逃げられたと思ったら、とうとう崖からも投げ落とされて、しまいにはホモ集団に顔ぼこぼこに殴られもした。意味わかんないくらいひどい目にあってきた。
それでも、絶望することなんてなかった。怖いと思ったことは何度もあったけど、自分が望む将来を掴み取るぞって気合を失うことなんてなかった。だから、普通の顔して、学校にこれてた。……それなのにさ、なんでなんだろうね?
机を拭くたびに、心が磨り減っていくような感覚がするんだよ。
こんなのの方が精神的にくるなんて、まじで笑えるよね。
■ □ ■
「奈美、今日は早かったんだね」
「うん、ちょっね」
登校してきた真白が声をかけてきた。いつもと同じようにとちょっと意識して、笑顔を返す。真白はちょっと不思議そうな顔をしてさらに何か言おうと口を開いた。
「ねーねー、真白さん」
「うん、何?」
声をかけてきた女子生徒に反応して、真白は後ろを振り返る。真白の気がそれたのにほっとしながらも、ついつい、睨むようにして真白と話してる女子を見てしまう。
あの人、明らかに私と真白の会話を邪魔するみたいに、話かけてきたよね?
……や、考えすぎかな。あの人、前から真白と仲いいはずだし。けど、なんかこっちのこと気にしてるような気もする。あーーーーーー、だめだ。周りにいるやつ、全員敵に見えてくる。
前世で慣れきったと思ってたのに、うっかりすっかり忘れてしまってた感覚を思い出がじわじわとよみがえってくるような、そんな感じ。
あー、何これ。
非常によろしくない。
……久々の1人は、結構きついかも。
しばらくこんな空気が続く。




