18. バレンタインデー②
てかね、《暗殺者》と意味わからん攻防をしている場合じゃなかったよ!
真白は《冥王》にチョコ買っちゃったんだから、どうにかして渡すのを阻止するしかない!その方法を考えないといけなかったのに、貴重な朝の時間を無駄にしちゃったじゃないかよーーー!!
って、文句言いながら学校にたどり着いたんだけど、結局それは杞憂に終わった。
「今日も今日とて、凄まじいな」
保健室の前に群がる女子の集団を見ながら、《女騎士》がもらすように言う。女の子に対しては基本的にやさしい《女騎士》が思わずそんな言葉を使ってしまうほどの光景だ。
バレンタインデーもすでに後半戦。残された放課後の時間で何とか意中の保健医にチョコを受け取ってもらおうと血相を変えて保健室に詰め掛ける女子たちの姿を、真白と《女騎士》と離れたところから眺める。ちなみに、さっちゃんはA組で待機してくれている。
真白は悲しそうな顔で保健室のほうをじっと見つめていた。
朝も早く登校してきたし、お昼休みだけじゃなくて授業の合間の短い休み時間にも毎回保健室に来たけど、くるたびに廊下まであふれ出す女子たちで埋め尽くされていた。真白が《冥王》にチョコを渡す隙は皆無だ。
日も落ちてきたし、そろそろ部活がきりあがる時間が近づいてきてるのに女子たちは全く変える素振りを見せない。まぁ、そうだろうなとは思ってたんだけどね。
「諦めたほうがいいかもよ……?」
ちょっとためらいながらも真白に声をかける。真白は下をうつむくと苦笑を浮かべた。
「うん……そうだね。こんなにたくさんの女の子からチョコもらうのに、私まであげたら迷惑、だよね……」
真白のチョコが迷惑なはずないじゃないか!!って、普段ならすかさず声を上げるところなんだけど……相手が《冥王》だからなぁ……。何度も何度も言うけど、こればっかりは仕方ないんだ。
「2人とも、ありがとう。こんな時間までつき合わせちゃってごめんね」
そういった真白の笑顔が痛々しい。あーもー……真白にこんな顔してほしくないのにー!でも、引き下がってくれていることにるほっとしているのも事実で……かける言葉は見つからない。
《女騎士》もさすがになんと声をかけていいのか考えあぐねてるみたいだ。2人で顔を見合わせて、教室に戻る真白の後を追った。
■ □ ■
《女騎士》は職員室に用事があるそうなので、階段のところで分かれて真白と2人でA組に帰る。《暗殺者》もさすがに待ちくたびれてるだろうなぁ。
正直、真白がこんな時間まで粘るなんて思ってなかったんだよね。普段の真白だったら保健室に女子がたむろしてるのを見た時点であきらめて帰ると思う。
それだけ、真白の気持ちは《冥王》にもっていかれちゃってるってことなのかな……。
そんなことになってたら本当の本当に最悪だ。世界滅亡コース一直線だよ。なんとか、このまま《冥王》との接触を避け続けて、真白の気持ちが逸れていくようにしないと。
……でも、お見舞いのときも思ったんだけど、何で《冥王》は自分から真白に会いに来ないんだろう?病院はともかく、今は同じ学園の中にいるんだから会いにくるなんて簡単なはずなのに……。
「奈美、どうしたの?」
「あ、うん……ちょっと考え事」
「階段をのぼりながらそんなことしたら、また落ちそうになっちゃうよ」
くすくすと笑った真白はいつもと変わらない様子に見えた。でも、きっと一生懸命選んだチョコをあげられなくてがっかりしてる。買うところを見てるから余計に胸が痛むよ……。けど、真白がしたいようにはさせてあげられないからな。
……ちょっと一旦考えるのやめよう。真白の言うとおり、余計なこと考えながら階段あのぼってたらコケかねないもんな、私の場合。《暗殺者》も待たせてるし、さっさと教室に戻って―――――
「おや、君は……」
っ!こ、この声は……っ!!!
階段を上り終わって教室に向かって廊下を曲がる。そのとき、後ろから声をかけられた。その声に相変わらずこの体は過剰反応してびくりと震えた。
だから、間違えるはずも無い。
「あっ……」
先に振り返った真白の顔がぱぁっと明るくなる。それに続いて恐る恐る後ろを振り返る。
そこに立っていたのは白衣を来た男、久永空人。
め、《冥王》……!!なんで、ここに!?声を聞いた時点で予想はしてたけど、実際にその姿を視界で捕らえて、目の前にいるのが信じられなかった。
衝撃で固まっている私の横で真白は《冥王》の方にかけていく。咄嗟にとめることなんてできなかった。
「あの、保健室にいらっしゃったんじゃ……」
「騒がしかったから逃げ出してきたんだ」
は?逃げ出してきた?あの恋する乙女たちによって隙間なく埋められたあの保健室の入り口から??んなんできるわけ無いでしょうが!
《冥王》は魔法を使えるはずだから、もしかしたらできるのかもしれないけどさ……瞬間移動できるとか言い出さないよね?そんなチート能力使われたらこっちに勝ち目あるわけ無いじゃん。
「もう、体調はいいのかい?」
「は、はい!あの時は本当にありがとうございました!」
真白を見下ろしながらふと笑う《冥王》。その笑みはやさしげで慈しみさえ感じられそうな表情に見えた。
でも、私にはわかる。あんなの、そう見えるようにしてるだけだ。
登校日1日目に見た《冥王》の不適な笑み。あの何かたくらんでて、人を小ばかにしたような薄笑いがあいつの本性そのものだ。ゲームを知ってるっていうのもあるけど、夢の中で何回か接触したことがあるから良くわかる。夢の中では顔は見れなかったんだけどさ。
とにもかくにも、この状況はやばい。とうとう真白と《冥王》が学校で鉢合わせてしまった。真白の表情は見えないけど、声からして《冥王》に会えたのをすごくうれしがってるみたいだ。まずすぎる。
会話を邪魔しなきゃと思うのに体が動かない。金縛りにあったみたいに声も出なかった。何か特別な力を使われていたのか、ただ単に恐怖でそうなっていたのかはわからない。
ただただ真白の後姿を見ていることしかできない私を完全に無視して、《冥王》はさらに目を細める。
「元気になったのならよかった。キミには涙より笑顔のほうが似合うからね」
うはっ……なななんですか、それ……。さぶくて鳥肌たったわ。【今キミ】の中でも《冥王》は全く同じセリフを言ってるんだけどさ、実際聞いたらこれ微妙だわ。いくら顔がよくても、一次元だとなん異様に恥ずかしく聞こえる。うぅ……私が直接言われたわけでもないのに、なんか身体のいろんなとかゆくなっちゃったよ……。
まぁ、おかで恐怖からは開放されたけど……。でも、会話の邪魔するタイミングは完全に逃した。でも、それでもいいかと思った。
ちょっと、確かめたいことができたから。
「あ、あの……それで、これ……」
「俺に?」
「はい……あの時のお礼なんですけど……あ、もし迷惑でしたら……」
真白は躊躇しながらももっていたチョコを差し出す。ここからでも真白の耳が真っ赤なのわかる。きっと、今真白はものすごくかわいい顔をしているに違いない。それを独り占めするなんて、なんて奴だ《冥王》。
ってー……そうじゃなくて。しっかり《冥王》の言うことに集中してなきゃ。
チョコを差し出す真白にちょっと驚いた表情をしてみせる《冥王》。しばらくそのチョコを眺めると、そっと真白の手からチョコを受け取った。
「……他の子には何とも思わなかったんだけどな」
「え?」
「君からもらうと思うと、すごくうれしいよ」
やっぱり……また【今キミ】と全くおんなじセリフだ。
注意して聞いたけど、やっぱりそうだ。考えてみれば、【今キミ】でも《冥王》にチョコ渡すのは保健室じゃなくて廊下なんだよな。シチュエーションもあってるし、台詞なんて一字一句同じだ。なんかここまで被ってると若干棒読みっぽく聞こえるんだが。
もちろん、真白は気づいていないみたいだけど。《冥王》の言葉に戸惑ったように一歩後ろに下がる。そりゃ、そんなキザい台詞、目の前で大真面目な顔して言われたら誰だって引くわ。
「あ、あの……」
「今度時間がある時に保健室に遊びにおいで。君なら大歓迎だから」
真白の様子なんかそっちのけで、またそんな台詞をけろりと言ってみせる。
あいつ、【今キミ】ってゲームの存在を知ってるだけじゃなくて、プレイしてるんだ。絶対、しかも何回も。じゃないとこんな一字一句外さずに同じセリフ言えないでしょ!
「じゃあ、またね」
そういってきびすを返す《冥王》。……なんか、今の間のおき方も妙に演技くさかったように聞こえたんだけど。
てか、今の今まで全く真白に接触してこなかった癖に、何んでこのタイミングで?今までは女子が邪魔で真白に接触できなかったのかなーとか思ってたけど、それも違うみたいだし……。それに、あの鳥肌が立っちゃうようなあの台詞の数々。
なんでそんな【今キミ】にこだわってんだ?あの人。
真白が《冥王》にチョコを渡してしまったという重大事項をそっちのけにして、そんな疑問で頭の中はいっぱいだった。
よくわからん疑問を抱いたまま、《冥王》降臨を許してしまった冬は過ぎ去っていく。
<8章 終>
これにて8章、学園生活2年目冬が終わりです。
ここまで読んでくださった方、ありがとうございます。
少しでも楽しんでいけたら幸いです。
引き続き明日から9章、学園生活3年目春を更新します。
とうとう3年目突入。
途中予告なしでお休みしちゃいましたが、完結までなるべく毎日更新でがんばります。




