3. 入学1日目③
真白は一度生徒会に顔を出すように言われたらしく、長くなりそうだから先に帰ってくれとのことだった。私のことはもう1人の生徒会メンバーを決めてから一緒に連れていくつもりらしい。
「奈美も誰がいいか一緒に考えてくれない?」
と、帰り際に言われてしまったのだが、残念ながらそれに関しては手助けをしてあげられそうになかった。なにせ、私はこの学園に真白以外友達がいない。 あ、この学園だけじゃなくってそもそも友達がいないんだった。……なんと静かな人生だろう。甘んじてそういう道を選んできたところもあるので、寂しいとは言うまい。
そんなわけで、この問題は真白に丸投げしちゃう。月末にある新入生歓迎の遠足までには見つけて欲しいと言われているので余裕はあるとはいえないが、真白のカリスマ性をもってすれば、生徒会のメンバーたるに相応しい人間が簡単に集まってくるはずだ。私のスペックなんてたかが知れているので、是非とももう1人はハイスペックな人にしてもらいたい。
そんなことを考えながら靴箱に向かう。靴箱にほど近い場所に購買部はある。年度始めということで売り場の範囲が広がったそこに人がたかっていた。教科書などを買おうと新入生がひしめき合っているのだ。購買部は1週間はその状態でその間に必要なものを揃えればいいと言われていたのに、なんとせっかちな人が多いことか。
私はあの中に入って行こうなんて酔狂な感覚は持ち合わせていない。明日早く登校して全ての物資を購入してしまうことを決めている。高い額を鞄の中にずっと入れておくのも不安だしね。私はビビリなんだ。
そう思いながら購買部を通りすぎて、靴箱が並ぶ玄関までやってきた。まだ慣れない自分の出席番号を頼りに自分の靴を探す。靴まで指定だからみんな同じでほんとややこしいんだよなー。
「おい」
お、他にも靴箱に誰かいたみたいだ。声からして男子っぽい。友達でも見つけて声をかけたのだろうか。私の靴も呼びかけたら飛び出してきてくれればいいのに。
「おいっ」
どうやら彼の声は1回ではその人に届かなかったらしい。私の靴もまだ見つからない。
「おいってば!」
おうおう、そんなに必死になって。入学1日目から告白でもするつも────
「おい!そこのメガネ!無視すんな!!」
え?私デスか?
肩を掴まれて、目の前で大声を出されて、そうしてようやくその声が私を呼んでいることに気がついた。
あ、そういえば言い忘れてましたが私、メガネ常備です。焦げ茶色の縁が太めのタイプ。地味な色だけど、お気に入りのブランドもので、耳にかけるところに ピンク色のスカルマークがついてるのがすごくかわいい。おしゃれには興味がないが、メガネにはちょっとこだわりがあって、レンズだってブルーライト遮断の────
「……おまえ、俺の話聞いてるか?」
「あ、ごめん。全然聞いてなかった」
話しかけてきた男子のことなんかそっちのけでメガネについて脳内語りを始めちゃうとこだったよ。てか、私に話しかけてくるなんて一体だ────
あ、《勇者》だ。
私の肩を掴んだままこちらを睨んでくる人物に、口がかってにパカーっと空いてしまう。いや、だってなんで……えー????
「あの、私になんか用ですか?」
頭の中大混乱。ひとまず空いてしまった口を元に戻して冷静を装ってみるが、頭の中はぐるぐるの渦巻き状態だった。なんで《勇者》が私に話しかけてくるんだ!?
「あ、悪い……。ちょっと聞きたいことがあるんだけどさ」
肩を掴んでいた手を離しながらちょっと気まずそうな顔をする。そんな彼の顔を私はまじまじと観察した。《吟遊詩人》もかっこよかったが、大人である担任とちがって、今目の前にあるのはまだあどけなさの残るかっこよさだった。多分、顔のバランスがいいんだろう。くっきりとした二重に、手を加えなくても左右対称で形の良い眉。鼻も高すぎず低すぎずって感じだし、何より肌が綺麗だ。うん、今ならまだ女装してもかわいいはず。
「お前、なんか変なこと考えてない?」
「そんなことないよ?」
うーん、さすが《勇者》。人の心を読んでくるか。次からは気をつけよう。
……いや、もう遅いかも。めっちゃ怪しいものを見る目つきで見られてる。そんな目でみないでー。私は敵じゃないですよー。
「ところで、聞きたいことって何?」
《勇者》の怪しい目つきから逃れようと、話を元に戻す。すると向こうも本来の目的を思い出したのか、表情を改めて視線を逸らした。なんか言いにくいことを聞こうとしてるのか、迷ったように視線を動かす。
勿体ぶっちゃって一体なんなんだ?頼むから早くしてくれよー。リアルタイムで観たいアニメが始まっちゃうよー。
「……今日、入学式で答辞読んでたやつのことなんだけど、あんた仲いいの?」
うむ。なるほど、合点した。《勇者》はどうやら既に真白の存在を気にしていて、おそらく入学式の前に真白を呼びに行った私を覚えていて、声をかけてきたというわけか。
「中学で同じクラスだったから」
「そうか……」
それだけ聞いて、《勇者》は黙りこくってしまった。なんだよなんだよ、もっと聞きたいことあるならさっさとしゃべってくれよ。てか、向こうが黙ったなら聞いちゃいたいこと聞いちゃうかな。
「名前、何て言うの?」
「あ、俺?俺は武蔵野 勇気だけど、あんたは?」
「平野奈美。何組?」
「D組」
ふむ、やはり名前は違うが、クラスはゲームと一致している。しかし、名前がもろに《勇者》だ。これは疑う余地は無さそうだが、機会があれもこいつにも宝玉のことを聞いてみよう。
「で、聞きたいことってそれだけ?私忙しいから帰ってもいい?」
「あ、いや……」
さっさと、歩き出そうとした私……まだ靴が見つかってなかった。仕方ないので出しかけた足を戻す。ふん、《勇者》め、私の靴に助けられるとは運がよかったな。
なんて私が思ってたら、《勇者》はなぜか勝手に顔を赤くしている。何を妄想してやがるんだこやつ。まさか真白を引き合いに出して変なこと考えてるんじゃないだろうな!?うん、そうしたくなる気持ちはよく分かる。だって真白超可愛いもんね。あんな可愛い子を目の前にしたら成人してないお子ちゃま男子たちなんてそりゃもう即行で……て、待て。もしかしてこいつ……。
「真白なら、付き合ってる人とかいないよ」
「なっ!?」
「そういうことが聞きたかったんじゃないの?」
「……」
立て続けにそう言うと《勇者》の顔がみるみる真っ赤に染まっていく。そろそろ湯気を吹き出すんじゃないか?てか、図星かよ。まさかとは思ったが……。
《勇者》、既に陥落済み。
真白さん、私、へそで茶が湧かすことだって不可能じゃない気がしてきました。