40. 文化祭2日目③
「真白、大丈夫?」
「うん……さっきよりかは楽になったよ」
教室の隅に座って、真白は頭痛が収まるのを待っていた。1年の時から常備している救急箱の中にあった頭痛薬を飲んだから、それが効いてきたみたいだ。
私を安心させるために強がっているのか、真白は笑顔を浮かべるけどその顔色はまだ青い。
その顔を見て罪悪感を覚えた。
多分、真白の頭が急に痛み出したのは真白が前世の記憶を思い出しそうになったからだと思う。《冥王》の策略によって真白の前世の記憶は蘇るのを妨害されている。にも関わらず、無理やり刺激して思い出させようとしたから、その反動で頭が痛くなったんだろう。
よかれと思ってやったことだったのに、まさかこんなに真白を苦しませることになるなんて思ってなかった。
「ねぇ、奈美……こんなに頭が痛いのは前世の記憶を思い出しそうになってるから、なのかな?」
自己嫌悪に陥っていたところに、真白が沈んだ声で問いかけてくる。真白もこの頭痛と前世の記憶が無関係じゃないって考えてるみたいだ。
「そう感じるの?」
「うん。勇気君や鬼勢君たちといると、すごく懐かしい気分になるよ。ただ……何かをはっきり思い出そすると、すごく胸のあたりがざわついて、気分が悪くなったり頭が痛くなったりするの」
「それって……今までも今日みたいに苦しくなったことがあるってこと?」
「あ、今日みたいにすごく痛いのは初めてなんだけどね」
真白の言ったことは私にとって衝撃の事実だった。今まで、真白は《勇者》たちと一緒にいても何も感じていない思ってた。でも、そうじゃなくて、真白は確かに何かを感じ取っていたんだ。でも、それは不快感となって真白を襲い、記憶を取り戻すのを妨害する。
今までその事実を知らずに、私はただただ真白の記憶を刺激しようとしてきた。それが真白を苦しめていたなんて……。
「昔のことは思い出さないほうがいいってことなの、かな……?」
悲そうに真白は下をうつむく。真白が落胆しているのはよくわかった。だって、真白がこの学園に来ようと思ったのは《創造主》様の啓示があったからだ。この学園にくれば、前世で出会った仲間と再会できると聞いたからだ。
今思えば、真白がそんな理由で進路を決めるなんておかしい。でも、きっと真白はあの時、無意識に昔の仲間に会いたいと思っていたんじゃないかと考えられる。それなのに、昔の記憶を思い出そうとしたら苦しむなんて……あんまりだ。
真白のために、《冥王》の思惑を阻止するためにも真白の記憶を取り戻してあげたい。だけど、それで真白を苦しめることになるなら、無茶ができないというのが現実だ。
「そんなことないよ。大昔の記憶だからそんな風になっちゃうんじゃない?」
「奈美……」
すぐに思いついた誤魔化しを口にしながら笑いかける。今の私にしてあげられるのはことしかなかった。
「きっとそのうち思い出せるよ。ただ、思い出そうとして無理はしないほうがいいと思う」
「……うん」
無理をしないように、なんて言ったけど、これは無理をさせないようにっていう自分への諌めだ。これからは無暗に真白の記憶を刺激しないように気を付けないと。
「そうだね、無理はよくないよ」
うげ!!こ、この声は……!!!
「あ、御堂先輩」
突然かけられた声にぎょっとしながら顔をあげれば、そこに立っていたのは相変わらずのキラキラ笑顔を浮かべた《王子》だった。真白が名前を呼ぶとさらに嬉しそうに目を細めて微笑みかける。
「久しぶりさんだね、真白さん」
「あ、はい……」
「あぁ、それから平野さんも」
「……どうも」
笑顔も相変わらずながら、私への態度も相変わらずだ。今、明らかに私のことだけ無視しようとしたからな。真白が「え?」みたいな感じでこっち見なかったら、そのままスルーする気だったんでしょうよ。
「頭痛くて休んでるって聞いたんだけど、大丈夫かい?」
「はい、座ってたら楽になってきました」
真白の前に膝をつきながら顔を覗き込む。急に顔を近づけられた真白は少し慌てながらも笑顔で返答する。
「それはよかった。君が倒れたりしたら、悲しいから」
「え……」
あー……でたでた、必殺・Anoter Dimention。真白の手を取りながらキラキラをまき散らす《王子》はまた2人の世界を作り出しおった。真白の真隣にいるっていうのに、この思いっきり空間切り離された感。相変わらずの切れだわ。ほんとこの技半端ないわ。
私を2人の世界から隔絶した《王子》は飛び切りの笑顔を浮かべて真白の手をぎゅっと握る。
「君のことだから、何かがんばりすぎて無理をしようとしてたんだと思うけど、無理することなんかないよ」
優しげな声で囁く《王子》に真白の頬が赤く染まる。セリフが寒すぎて私は鳥肌が立っちゃうんですけどね……。お腹の中真黒なのなんてとっくの昔に気付いてるし。なんて思ってたら、一瞬、《王子》の完璧な笑顔がゆがむ。
「思い出せないなら、そのままにしておけばいい」
……なん、だと?
「あの、先輩?それってどういう……」
「何かそいういう話をしてたんじゃなかったかな?」
真白が訝しげに尋ねると、《王子》はもとの王子様らしい笑顔を浮かべて首を傾げる。さっきの私との会話を聞かれてたんだと真白は思ったのか、あいまいにうなずきな真白も笑みを浮かべる。
いやいや、そうじゃないでしょ。あんた、絶対前世の記憶思い出してるでしょ。
一方で、私の中には確信が生まれていた。今までイマイチはっきりとしていなかったけど、こいつ、絶対に昔のこと思い出してる。しかも、さっきのセリフ。まるで真白が昔の記憶を思い出すと苦しむのを知ってるみたいな言い方だ。もしそれが事実だとしたら、浮かんでくるのは1つの可能性。
《王子》は、《冥王》の手先……?
「よかったら君に文化祭を案内してもらえたらと思ってたんだけど、休んでたほうがよさそうだね」
「すみません……」
「謝ることないよ。君の身体が第一だから」
優しげに笑う《王子》の顔が、さっきよりも薄ら寒く見える。全部知ってて、全部わかってて真白に対してこんな笑顔をむけてるんだとしたら、お腹真黒の騒ぎじゃないよ。
「それじゃ、僕は失礼するよ。近いうちにまた生徒会の様子を見に行くよ」
「はい、待ってます」
真白に別れの挨拶を済ませると《王子》はさっさと教室を出ていこうとする。そんなことさせられない。《王子》と接触できる機会はそうそう多くない。この機を逃したら、《王子》が《冥王》の手先なのかどうなのか確かめられなくなる。
とっさにそう判断した私は、真白に声をかけもせず、教室の出口へと向かった《王子》を追う。
「御堂先輩」
教室から一歩廊下へ出たところ。そこで後ろから名前を呼んだ。聞こえないふりをしてそのまま立ち去られることも考えてたけど、《王子》は立ち止まってゆっくりと振り返る。真白に見せてたのとは比べ物にならないくらい、無機質で作られた笑顔を向けてくる。まるで、私が呼び止めるのなんかお見通しだとでも言いたげなその表情に冷汗が流れた。
それでも、ここで怖気づくわけにはいかない。ぐっと腹に力を込めて《王子》を見る。
「あなた、全部思い出してますよね?」
「え?思い出してるって、何をかな?」
恍けるように首を傾げる《王子》。おかしそうにくすくすと笑うその表情からして私をおちょくろうとしているのは明白だ。何とかして口を割らせられないかと考えを巡らせるが、《王子》相手に誘導尋問なんて絶対無理だとも思う。
「なんのことを話してるかわからないけど、僕からは1つだけ忠告しとこうかな」
躊躇したのを悟られたのか、《王子》はさらにおかしそうに笑う。気合いを入れなおして相手を睨みつけよう、と思ったときには《王子》の顔が目の前にあった。一瞬にして距離を詰められて、驚きで硬直するしかない。そんな私の耳元に、《王子》は囁くように言った。
「君程度の人間がどれだけあがいたって、なんの意味もなさないんだよ」
な……んだとぉ!?怒りでカッと頭が熱くなる。そりゃ、所詮私はモブキャラポジションの平々凡々な人間ですけれどもねぇ、世界が滅ばないようにって懸命になってるところに、そんな言われ方したらさすがにはっら立つわ!
「それじゃあ、僕はこれで」
「ちょ、まっ……!」
怒りでフリーズしていたら、《王子》は改めて颯爽と教室を出ていく。いちいち立ち去る姿が爽やかで余計に苛々するわ!!このまま言われっぱなでなるものか!と《王子》の後を追った。
教室を出た途端、周りの風景が一変する。
本来廊下であるはずのそこは赤黒い揺らめく空間で覆われていた。
これって、私がよく見る《冥王》の夢と同じ……!
そう思った途端、ぐらりと頭の中が揺れた。薄れそうになる意識でとらえたのは真黒な闇の塊。
『お遊びはここまでだ』
「奈美!」
後ろから呼びかけられて、はっとする。目の前に見えていたのは《暗殺者》の焦ったような顔だった。
「さ……ちゃん」
はっきりしてきた意識で見てみると、《暗殺者》が後ろから私の体を支えるようにして肩をつかんでくれていた。今の衝撃で後ろに倒れそうになってたのかもしれない。
そう考えたところで、もう一度まっすぐと前を見る。そこは学校の廊下で、文化祭で多少にぎわっていること以外、特に大きな変わりはない。
さっき見たのは見間違い……?そう思った時、教室から慌てて出てくる《魔術師》と《吟遊詩人》の姿が視界の端に映った。2人とも見たことがないほど険しい顔をしている。
「今の気配、間違いなく《冥王》だったね」
廊下の先を睨みつけながら《魔術師》が鋭く言った。やっぱり、気のせいじゃなかった。私だけじゃなくて《暗殺者》たちもあの気配を感じたんだから、間違いない。
「俺たちが着替えてる間、何があったんだ?」
「《王子》と話してた……」
「御堂がいたのか?」
尋ねてきた《吟遊詩人》が驚いたように廊下の先を見る。そこにはすでに《王子》の姿はなかった。
「記憶全部思い出してるかとか《冥王》とつるんでるのかとか、聞き出そうとしたけどはぐらかされて。追いかけようと思って教室出たら目の前に《冥王》がいて……」
「《王子》は黒か?」
「はぐらかしといてわざわざ気配もらすなんて、そんな馬鹿なことしそうにはないけど」
《暗殺者》の言葉に《魔術師》が訝しげな表情を返す。確かに、それじゃあ自分が《冥王》とつるんでるって言ってるようなもんだ。《王子》がそんなへまするとは思えないし……。もしかしたら裏をかいてあえてそうしたってことも考えられなくないけど。深読みし過ぎ?でも、相手はあのお腹真黒《王子》だしな。
……あれ、てか文化祭といえば……。
「そういえば、去年も文化祭の時に《冥王》の気配を感じたんだけど……」
去年、真白と《勇者》がいい雰囲気だったところを覗き見してた時だ。後ろから《冥王》の気配を感じたのを思い出す。それに驚いたおかげで真白と《勇者》の邪魔を見事にしてしまったことも思い出す。ほんと……あの時のことは今でも悔やまれる。
「それは時期的な問題だろうね」
「え?」
全員で《魔術師》ほうに視線をやる。
「魔力にも季節的な流れがあって、これくらいの時期から年始にかけては《創造主》の魔力が弱まる時期なんだ」
そんな時期があるんかい。あれか、神様が地上を留守にする的な?宗教チックな考えはよくわかんないけどさ。どうやらこの世界の《創造主》様にもそういった事情があるようだ。神様だからって四六時中万能ってわけじゃないのはこの世界も同じなのね。
「だとすれば、《冥王》がこのタイミングを逃すとは考えにくいな」
「今まで以上に真白に気を配っておこう」
《暗殺者》と《吟遊詩人》の言葉に頷く。
ここまで危なげな場面はあったけど、少なからず《冥王》の思惑を阻止し続けてこれてるんだ。あと1年と数か月。絶対に《冥王》を降臨させたりなんてしないんだから!
心の中で決心を新たに、ぐっと拳を握りしめた。
ちなみに、また1人で《王子》を追いかけようとするという無謀行為については、後からたっぷりとアサシンモードONの《暗殺者》から叱られた。
何回も同じことを繰り返すのは本当に申し訳ないなーと思ってるんだけどね。もうすぐ最終学年にもなることだし、人間としても成長できるように、ちょっとくらい気合いを入れておくべきかもしれないなぁ。
なんて思いながら長かった秋は過ぎ去っていく。
<7章 終>
ちょっと長めでした。
これにて7章、学園生活2年目秋が終わりです。
ここまで読んでくださった方、ありがとうございます。
少しでも楽しんでいけたら幸いです。
引き続き明日から8章、学園生活2年目冬を更新します。
長かったすね、秋。冬はどうなることやら……。




