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36. 文化祭準備④




 それから数日後、全クラスの出し物が決まった。さすがに去年ほどスムーズに、とはいかなかったけど、スケジュール的に詰め詰めってわけでもない。これから各クラスがしっかりと生徒会が提示する締め切りを守って動いてくれれば、物資調達班にもしわ寄せが来たりはしないんだけど……今年はどうなることやら。

 何せ、今年はあの敏腕副会長がいない。去年は鬼のように副会長がせっつきまくったおかげで、余裕をもって色々と準備が進められた。陰であの副会長が「せっつきの鬼」と呼ばれていたことを、私は知っている。それほどに彼女のせっつきは容赦がなかった。

 けどねー、今年の物資調達班の班長はあの通りのほほんさんだし、せっつくどころか「来週でもいいよー」とか恐ろしいことを平気で言い出しそうな感じだし。おおらかなことはいいことだと思うんだけどね、なんか知らんが去年副会長が必死に守ろうとした伝統をここで破るようなことが起こったら、なんかそれ、私のせいにされそうだから怖いんですよ。私、全然班長とかじゃないし、ただの平要員なんだけどね!




 なぁんて、班の仕事が始まるまでは無駄に胃をキリキリさせていたわけなんだけれどもね。




「すみませーん。今日締め切りの書類回収しにきましたー」

「ああ、それ今日だっけ?実はまだクラスで詰め切れてないところがあってさー」


 放課後、クラスで必要な物資をまとめた紙を回収する作業にかかる。3年のあるクラスに言って学級代表の人に声をかけたらそんな恍けた答えが返ってきた。

 今日だっけ?じゃ、ないっつーの。私、昨日もほぼ同じ時間に、明日が締切だって忠告しに来たでしょうが。絶対覚えてるくせに忘れたふりしやがって。


「……今日出してもらわないと困ります」

「そんなこと言われてもねー。金曜まで待ってもらえない?」


 こいつ、全く悪気ないな。こっちが後輩で平要員だからって舐め腐りやがって。まるで私が無茶言ってるよ、みたいな態度だけどさ、他のクラスはちゃんと今日出してくれてるんだからね!

 この後も何回か絶対に今日出してほしい旨を伝えたけど、返ってきたのは同じような返事だった。せめて、謝罪の一言もあって明日絶対出す、とかだったらいいけどさ、今日火曜日なんですよ。金曜日まで何日あると思ってんだ、こいつ。大摘な態度でどこまでも上から目線だし、最終的にはうざーみたいな視線で見下してくるし、なんて奴だ。



 ふん!そっちがそのつもりなら、こっちにだって考えがあるんだからね。



「今日は無理だからさ。ひとまず帰っ……て……」


 へらへらと笑っていた先輩の顔が、突然、目を見開く。かと思うと、一気にその顔から色が失せていった。視線は私の若干後ろのほうに固定されたまま、完全に凍結して、だらだらと冷汗を流しだす。

 後ろを振り返らなくても、何が起こっているかは大体わかっている。



 先輩の急激な変化は、疑う余地なく、私の背後に立っていた”誰かさん”の視線のせいだ。



「って、思ってたんですけど、明日何とかします」


 こっちは何も言ってないんだけど、勝手に先輩がしゃべりだす。さっきの上から目線とは打って変わって、ちょっと腰を引き気味に、敬語まで使ってくるなんて、すごい変わりようだ。

 だけどねー、明日じゃダメなんだよねー。だって、締切今日なんだもん。なんて、心の中でつぶやいたら、後ろのほうから先輩に向けられる無言の圧力が、さらに強まるのを感じる。


「ひぃっ!い、いえ!今日の帰りのホームルームで決めて、後で生徒会室に持っていきます!!」

「わかりました。それでお願いします」


 うんうん、締切は守らないとね。さて、放課後間には出してくれるっていう約束も取り付けられたし、これ以上ここにいて、この先輩が失禁とかしたらそれはそれで面倒だから、さっさとこの場から退散しよう。


「行こう、さっちゃん」

「……ああ」


 後ろにずっと控えて先輩を睨みつけていた《暗殺者》は、最後に先輩をもうひと睨みして、私の後に続いた。さっきまでいた教室から、男子生徒の鳴き声が聞こえて来たのは、きっと気のせいじゃないと思う。

 普通の男子生徒が《暗殺者》なんかに睨まれたら、ひとたまりもないよね。3年だと、あと2クラス締め切りを守れそうにないところがあったんだけど、そこでも《暗殺者》の睨み攻撃を受けて、あっさりと放課後までの提出を向こう側から申し出てくれた。たった2年やそこら長生きしてるなんてアドバンテージ、《暗殺者》に対しては全く意味をなさないんですよ。

 3年のクラスを回り終わって、ひとまず回収できた書類を生徒会室に持っていく。もっと時間かかるかと思ってたけど、昼休み中に全クラス回れたのは大きい。これで放課後、忘れてた、という言い訳で逃げることを阻止することができた。 


「ふー、これで放課後までには全部集まりそうだよ」

「よかったな、奈美」


 廊下を歩きながら一息つくと、《暗殺者》がニコリと笑いながら答えた。

 先日言ってた通り、《暗殺者》はほとんど私につきっきりで生徒会の仕事を手伝ってくれてる。手伝っているといっても、何か作業を特にしてもらってるわけじゃない。


 

 さっちゃんの主な仕事は、私の後ろに控えていることだ。



 しかし、この後ろに控えているだけの仕事、すごく利点がある。いるだけなのに、ともかく私の仕事の効率が驚くほど上がる。といいますのも、私1人で催促に行ったって、うっとうしがられて適当に追い返されちゃうところを、後ろに《暗殺者》がいるだけで、みんな面白いほどこっちの要求を呑んでくれるからだ。

 学園中から怖がられて、遠巻きにされてる《暗殺者》なんかにひっつかれちゃって、いいことなんかなんもなーい!……なんて、思ってたけど、大きな間違いだった。この人、すごく役に立ってます。おかげで、私の仕事の進み具合は去年の敏腕副会長に張るくらいスムーズだ。生徒会長からも驚かれてお褒めの言葉をいただいたほど。

 文化祭の準備が始まる前は、本当に胃が痛かったんだけど、今や私に怖いものはない。



 なんてったって私には、背後霊ならぬ、背後獣がついているのだから。



「ありがとうね、さっちゃん」

「……」

 

 生徒会室に入る前、本当に仕事がはかどってるのがうれしくて、脈略もなくお礼を口にしていた。いや、それくらい、本当に仕事が進んでくれるのがうれしいんです。前世でも同じように書類の回収とかしてたけどさ、営業職と部長たちとの板挟みにされて、辛い思いをこれでもかってほどしてきたからさ、本当の本当に心の底から嬉しいんだよ。

 突然お礼なんか言っちゃったから、《暗殺者》はちょっとびっくりしたのか、驚いた顔をして一瞬その場に立ち止まる。

 うれしかったからとはいえ、さすがに脈絡なさ過ぎたかな?今度はもうちょっとタイミングを考えてお礼を言うことにしよう。浮かれすぎていたのをちょっと反省しながら生徒会室の扉を開ける。


「平野、おつかれ」

「あ、《勇者》。おつかれ」

「だーかーらー、俺の名前は勇気だって、何回言えば覚えるんだよ?」


 生徒会室には《勇者》がいた。挨拶を返すと、眉を寄せてわざわざ私の間違いを訂正してくる。この人も、いつになったらこのネタに飽きるのかねぇ。いい加減わざとやってるって気づいてもいいと思うけど。ま、面白いから、無視されるまでやり続けるけど。


「てか、もう書類集まったのか?」

「うん。この通り」


 驚いたように尋ねてくる《勇者》に、じゃじゃんっと、持ってきた書類を差し出す。その束を受け取って、《勇者》はさらに驚いたように声をだした。


「おお、回収率いいなー。体育祭の時は色々あたふたしてたから心配してたんだけど」

「うん、それもこれもさっちゃんのおかげ」

「小夜時雨の?」

「さっちゃんが後ろで睨み利かせてくれると、みんな怯えて書類準備してくれるんだよね」


 書類から顔を上げて、今生徒会室に入ってきた《暗殺者》を見る《勇者》。入ってくるなり《勇者》と目が合ったのが気に食わなかったのか、《暗殺者》はぶすっと顔を歪める。そんな相変わらずの《暗殺者》の態度に、《勇者》は諦めきった感じで薄ら笑いを浮かべる。


「……そりゃ、なにより」


 教室に戻る前に、集めた書類をちゃちゃっと整理しちゃう。ここまでしとけば、放課後が楽だしね。今日は見たいテレビがあるから、なるべく早く帰るんだ!

 気合いを入れて作業を進めてたら、横から《勇者》と《暗殺者》の会話が聞こえてくる。


「おまえ、いつも引っ付いて回ってるのか?」

「だったらなんだ?」


 話しかけてきた《勇者》に素っ気なく言う《暗殺者》。顔を見てなくても、大体どんな顔してるのかは予想がつく。私と《魔王》以外にほんと態度悪いよねー。全校生徒に愛想よくしろとは言わないからせめて前世組……いや、真白にだけでももうちょっと可愛げのある顔すればいいのに。


「心配しなくても、そんな趣味してるのはお前くらいだと思うけどな」

「ほっとけ」

「なんの話してるの?」

「いや、今回の平野は問題なさそうだなって言ったんだよ」


 んーーーー?なんだ、今の反応。作業が終わったから、何気なく会話の内容を尋ねたつもりだったんだけど、返ってきたのは《勇者》がの不自然な笑みだった。……特に聞かれちゃまずい内容には聞こえなかったけど。


「あ、そろそろ昼休み終わるな。教室戻ろうぜ」

「……うん」


 明らかに話を逸らそうとしてるよね。別に聞かれたくないことなら突っ込んでは聞かないけどさ。《暗殺者》がちょっと呆れたように《勇者》を睨んでいたのがちょっと気になる。ま、私に関係ないことなら、どうでもいいんだけど。



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