35. 文化祭準備③
「それでは、文化祭のうちのクラスの出し物を決めたいとおもいまーす。何か意見がある人はジャンジャン出してくださーい」
語尾を伸ばしながら黒板の前に立ったクラス代表が今日の議題を発表する。今年のうちのクラスの代表は、去年の典型的な学級委員タイプとは違って、どっちかというとのんびりしてるけど、その明るさと人当たりの良さというカリスマ性でまとめあげるタイプの男子だ。ユル代表とでも称しておこう。ちょっと物資調達班の班長と被るところがあるから、個人的にはちょっと苦手なんだけど。
ともかく、とうとううちのクラスの出し物を決める学級会が始まった。どんな意見が出てくるのかなー?とそわそわしながら視線だけで周りをうかがうけど、誰一人として手を上げる様子を見せない。
「……あっれー?意見なし?困ったなー……今週中に決めないと、生徒会長にどやされんのに」
全く手の上がらない我がクラスの様子にも、ユル代表はそんな調子で頭をかくばかり。どやされる、なんて言葉を使ったけど、そんなかわいいもんじゃ済まないと思うよ。全クラスの出し物決まらないと、文化祭全体が動き出さないんだから、すごい勢いで生徒会長に詰め寄られるのは間違いないっていうのに。
まぁ、私としては他の案が出てこないのはありがたいことではあるんだけど。
「仕方がないから、例のあれ、みんなに聞いてみる?」
しばらく待っても、誰も手を上げて意見を言おうとはしなかった。仕方がないとばかりにため息をついた副代表(女)が、隣に立っていたユル代表に尋ねる。
「そうだなー。他に出てこないんじゃ仕方ないし」
「実は、先日匿名で私の机に文化祭の出し物の案が入れられてたので、それを紹介します」
副代表の言葉に、一瞬クラスがざわつく。まぁ、匿名の提案なんて、みんな不振がるに決まってるよな。ユル代表たちも怪しいと思ったから、最初からその話を持ち出さなかったんだろうし。
今まで開かずに保管していたらしい机に入れられていたという紙切れを、副代表はポケットから取り出す。
「えっとー、提案する出し物は…………”コスプレ屋”」
「「「「……」」」」
……あり?なんか今妙な沈黙がクラスに走ったような……気のせい?みんな軽いフリーズ状態なんだけど、どうした?
1人できょろきょろと周りを見渡していると、いち早く我に返った副代表がコホンと咳払いをして、しゃべるのを再開する。
「もう少し詳しく書いてあるので読みますね。コスプレの衣装を用意して、お客さんに好きな衣装を着てもらい、記念撮影するというのが、概要です」
「この手紙によると、すでにファッション部と写真部とも話が付けてあって、これまでに制作した衣装を提供してもらうこともできる、写真部から機材を借りることもできると。すでに根回し済みってことか」
横から紙切れを覗き込んだユル代表が続ける。
「ついでに、パソ部のグラフィックに詳しい輩にお願いして、写真の加工なんかもできるようにする予定」
「後は、去年1年B組で出してたオリジナアクセとかも貸してもらう予定」
「この辺は未定なんだろうけど、道具の仮先がある程度見通しついてるなら、後は交渉するだけだからそう手間じゃないな」
「衣装として準備するリストは……多すぎるので後で張っておくから各自見てください」
最後に、副代表がちょっとげっそりとした感じで紙切れをクラスに向かって見せた。パッと見ただけでも、数多くの衣装リストが書かれているのがわかる。確かにあれを全部読んだところで、すべてを把握できる人間がいるとは思えない。……私以外。
「ってことなんだけど、この案の他に特に出なさそうだし、これでいい?」
「「「「意義ナーシ」」」」
ユル代表の問いかけに、クラスの全員が一斉に声をそろえる。
え、マジで?そんなあっさり決まっちゃっていいの?
「衣装の案だけは俺たちでもうちょっと出して、衣装の作成はファッション部に力かりてちょいちょいやるって感じだろうな」
「クラスのみんなで5着も作くれば、文化祭の趣旨としては十分だから、そこはグループ分けして取り掛かことにしましょう」
さらに足りないところをサクサクと2人で話し始めた代表と副代表の意見にも、意義を唱える者はいなかった。これは団結力があるとみなすべきなのか、みんな主体性が欠乏しているととるべきか……。私としては、一番良い結果に終わったから問題なんだけどさ、なんかあっさりとし過ぎてて釈然としないなー。まぁ、いいんだけどね、うん。
早々に出し物が決まったということで、いつもよりかなり早く帰りのホームルームが始まった。それが終わって帰り支度を済ませる。他のクラスからまだざわめきが聞こえてこないところを考えると、どうやら2年ではうちのクラスが一番に出し物を決めることができたらしい。一部の生徒は早く放課後がやってきたと、嬉々として教室を出ていった。
私はどちらにしたって《暗殺者》が来るのを待たなきゃいけないから、しばらくは教室で待機だ。さっちゃんのクラスは何することになるのかなー?どっちにしても、文化祭に進んで参加するとは思えないけど。
なぁんて思いながら、鞄に必要な教科書やノートを詰め込む。そしたら、机の前に誰かが立つのが視界の端に映った。ん?と思いながら顔を上げると、そこにいたのは押井さんとその仲間2名。明らかにこっちを見てるから、私に話があるような感じだけど……一体なんだ?
「ねぇ、あの案出したの平野さんでしょ?」
「へ?」
……え?なんで、ばれた???私、それらしい素振り見せないようにしてたっていうか、それらしい素振りを見せる暇もなく、あっさりと私が匿名で出した意見が採用されちゃったんだけど……。
そんな風に茫然としている私を置き去りにして、押井さんたちはテンション高めに話しかけてくる。
「すごくいい案だと思うよ!あれ?修学旅行のコスプレから出てきた発想?」
「鬼勢君たちのコス見れなくて悔しがってる子いっぱいいるから、泣いて喜ぶよー」
「あの警備隊コスも絶対用意しないとね!」
「去年着た真白さんのメイド服とか、飾ってるだけで写真撮ってく男子いると思うよ」
「ほかには学ランとかベタなのとかさー」
てか、押井さんたちだけじゃなくて、いつの間にか数人の女子に取り囲まれていた。や、てか、なんでみんな、当たり前みたいにあの意見出したのが私だって思ってるんだろう。実際にそうなんだけどさ……、私まだ一言も「そうだ」って答えてないのに、すでに確定事項とみなされているのはなんでなんだ???
謎すぎる、と首を傾げる私の前で、女子たちは文化祭で準備するコスについて大盛り上がりで話し合っている。そのうち、男子も加わるようになって、教室に残っていた全員で、どんなコスを準備したいかっていう話し合いが自動的に始まった。
うん、大小さまざまながら、みんなコスプレに対する情熱を持っているようでよかった。ちょっと恥ずかしいからわざわざ匿名で出したんだけど、そんなことする必要なかったかな?や、てか、だからなんで私だってばれたんだ???
大盛り上がりのメイトたちの中で、1人ひたすら悩みまくってたら、さっちゃんが迎えに来てくれた。衣装の話でまだまだ盛り上がっている輪から何とか抜け出して、教室を後にする。
「どうしたんだ?眉間にしわなんか寄せて」
廊下を歩きながら、またさっきの疑問についてうなっていたら、《暗殺者》に不思議がられた。
「いや……それがね」
《暗殺者》に、匿名でコスプレ屋を提案したにも関わらず、あっさりと私が提案したと見抜かれてしまった経緯を話す。まったくもって、私がその意見を出したという素振りは見せなかったと、強く付け足しておく。
「なんで、あの案私出したって、みんなにばれたんだろう?」
「ははは」
「……なんで笑うの?」
「本気でばれないって思ってたところが、奈美の面白いところだよな」
なんだと?人が真剣に悩んでるのを、笑い飛ばした挙句、なんて失礼なことを言うやつなんだ。まるでコスプレ屋なんて案を出すのが、私くらいしかいないっていうのが、当たり前にみんなの共通認識だって言われてるみたいで心外なんですけど。私、クラスでそんなに変人っぽさ出してないよ?てか、私はそもそも変人じゃないし!!
「あ、けど、ファッション部はファッション部で出し物があるんじゃないのか?」
「ファッション部も枠が限られてるから、みんな見てもらいたいのに出せない作品とかため込んでて、逆に感謝されたよ」
「アクセのこと取り入れたのは、昇にサボらせないためだろ?」
「まあね」
うちのクラスの出し物について話しながら、この日は家まで帰った。結局、なぜ匿名の意見が私のものだとあっさりばれてしまったのかは迷宮入りしてしまった。いつかどんななぞでも解いちゃう名探偵にでも出会ったら、ぜひとも解明していただきたいと思う。
ちなみに、《暗殺者》は学級会中ずぅっと寝ていて、結局自分のクラスが何をすることになったかは知らないそうだ。そんなことだろうとは思ってたけどさ、もうちょっと学校行事に参加しようよ、と小言を言ったら、
「俺は奈美の手伝いするから。それだって立派に文化祭に参加してることになるだろ?」
にっこり笑いながら《暗殺者》は返してくる。
……まぁ、そう言えるかもしれないけどね。今更クラスと打ち解けるよう言ったところで、何の意味もなさないだろうし。
学校中うろうろする予定だから、さっちゃんがいてくれたほうが身の安全が保障される。せめて、クラスの人たちに角が立たないように、さっちゃんの担任の先生にだけは、私から事情を話しておくか。……今更角もくそもない気もするけど、一応ね。
余談ではあるが、次の学級会ではクラスでどんなコスチュームを作るかと、そのグループ決めが行われた。さくさくとそれらが決まってしまうと、最後に残っていた議題は1つ。
文化祭の間、真白がどのコスを着るべきかという問題だ。
真白が慌てふためく中、次々に意見が飛び交い、最後にナース、キャビンアテンダント、袴、セーラー服、シスターが候補として残った。厳選な投票の結果、セーラー服とシスターに軍配が上がった。
露出度低めのコスが選ばれて、ほっとしていた真白だったが、その議論を止めなかったことをあとから真っ赤になりなりながらちょっと涙目というかわいくてかわいくて仕方のない顔で怒られたのは、余談の余談である。




