32. 修学旅行⑧
習慣とは時に恐ろしいものでもあるが、いざというときに役立つことも多い。押し倒されて、混乱していたあの状況で、《吟遊詩人》に的確にツッコめたのは、間違いなく日々の鍛練(?)のたまものだ。常日頃、ツッコミ役に徹していたことを、今日ほどよかったと思った日はない。
「まったく、自分の受け持つクラスの女子生徒が襲われてるっていうのに、なんで放置しようとするわけ?」
「まったく、なんつータイミングで入ってくんだよ、おまえは」
「……すまん。特に小夜時雨」
ちょっと待て、なんでそうなる。同時に文句を言い放った私と《暗殺者》。それに正座しながら謝罪してくる《吟遊詩人》。しかし、最後に付け足された言葉は聞き捨てならない。
なんで特に《暗殺者》になるんだよ。幼気な女子生徒の貞操を見捨ててトンズラしようとしてたんだから、どう考えても特に私に謝るべきだろうよ!
「というかだな、そういうことはふすま開けてすぐわかるところじゃなくて、もうちょっと隠れたところでするもんだろう。俺悪かったかもしれんが、あんあところで、あんなことしようとしてたお前らも悪い」
こいつ、開き直って説教始めやがったし。てか、その説教の内容も間違いまくってるからね!教師として問題発言だって、理解してますか!!?
「ホント、変わんねぇよな、昔と。自分は年中頭の中ドピンクなくせに、人の肝心なとこ邪魔するのは相変わらずだ」
「え?」
《吟遊詩人》に対してあきれ返っていると、同じくあきれ返ったような声で《暗殺者》が言う。その額にはくっきりと青筋が浮かび上がっていた。こんなあからさまな怒らせ方をするなんて、《吟遊詩人》、過去に何やったんだ?
不思議に思いながら《吟遊詩人》を見ると、頭をかきながら苦笑を浮かべる。
「いやー、なんでだろうなぁ?俺って他人のそういう場面によく出くわしちゃうんだよ」
ははは、と笑いながら言うあたり、あんまり反省はしていないようだ。ただ、《暗殺者》が怒ってる理由はよくわかった。
……そう言えば、去年の文化祭の時も同じような感じで《魔術師》に突っ込まれてたっけ?確かあれは、私がガチで《魔術師》に頭を開かれそうになった時だった。どうやら、あの時や今回の時みたいに、際どい場面に邪魔しちゃう、っていうのが《吟遊詩人》のデフォルトのようだ。要はあんまり空気が読めないってことだね。なんと質の悪い。
まぁ……私としては二度助けられた身だから、文句はないんだけど。さっきとか、ホント、危なかったし……。
「前世でも散々俺の邪魔しやがって……」
額に新たな青筋を浮かべながら、《吟遊詩人》の胸倉をつかむ《暗殺者》。まぁ、《暗殺者》としては非常に面白くないだろうねぇ。過去にもかなり邪魔された恨みがこもってるのか、黒い怒りの炎が見えそうなほど、憤っているのがよくわかる。
「仕方ないだろう。俺だってわざとじゃないんだから」
「わざととしか思えないほど、ことごとく邪魔しに来てたけどな、おまえは」
そんな怒りMAXな《暗殺者》にけろりとした顔で《吟遊詩人》は言う。うーん、ほんとこの人怖いもの知らずだよね。今にも角が生えてくるんじゃないかってほど怒ってる《暗殺者》に、”仕方ないだろう”なんて言えるのはこの人くらいだと思うよ。
もはや感心してしまうレベルで《吟遊詩人》を見ていたら、何かを思い出したように《吟遊詩人》がポンと手をたたく。
「あ、でもさすがに王族に手を出すのはまずかっただろう。あの時のことは止めれてよかったと思ってるぞ」
「何が良かっただ。いろいろ小細工してあそこまでこぎつけたっつーのに」
ふーん、前世でそんなことがあったんだ。
「まぁ、絶世の美女と謳われる魔女とのことを邪魔したのは悪かったと思ってるけど……」
「んで、お前がちゃっかり嫁にしたしな」
そんなこともあったんだ。
「あ、そっちの女隊長さんとの邪魔した時は彼女に殺されかけたっけ」
「あの時のことはほめてやる。いろいろたまってたんでついつい流されちまったけど、あの女とやる気はこれっぽっちもなかたんだ」
……そんなことも(以下省略)。
「美人だったと思うけどなぁ。あ、美人といえば────」
以後、永遠に続くかと思われる《吟遊詩人》と《暗殺者》の因縁の数々。
こんだけ余罪があったとなれば、《吟遊詩人》が特に《暗殺者》に謝りたくなった気分も、何となくわからんでもない。
わからんでもないが……てかね、いろいろ突っ込む前に大事なポイント。ことごとく邪魔をする《吟遊詩人》も《吟遊詩人》だけどさ、その前にね。
どんだけ”そういう”状況を作ってんだよ、《暗殺者》。
いや、知ってたけどね。こいつが根っからのたらしで、プレイボーイでスケベで、質悪い遊び人で女の敵だってことは。わかってたんだけどね、規模が違ったわ。
《吟遊詩人》に邪魔されたというだけでもこの数。邪魔されなかったのを回数に入れたら……こいつは一体何人の女性に手を出したっていうんだ?途方もないペテン師だな。
や……てか、何より、そんなペテン師さっちゃん相手に、ちょっとでも、いいかな、なんて思いが頭をよぎった自分が信じられん!!
どうしちゃったんだ、私!?しっかりするんだ、私!はい!私の理性、集合!!ここに、今すぐ集合!!!
30手前まで生きた精神を持ってんだ。ちょっと命を救われて、泣かれて、マジ顔で迫られたからって、こんなペテン師に体を許してもいいかもなんて、血迷ったこと考えてるんじゃないよ!!乙女か!恥をしれ!!てか、よくよく考えたら、マジで恥ずかしすぎて、今すぐこの場に自分の墓場を掘りたくなってきたわ!!!
湧き上がってきた羞恥心に耐えられなくなって、立ち上がって部屋の出口を目指す。
過去話で夢中になっていた《暗殺者》はそれに気付かず、《吟遊詩人》の胸倉をつかんで詰め寄っている最中だった。それを笑顔でかわそうとしていた《吟遊詩人》が、部屋を出ていこうとする私に気付く。
「あ」
「え?って、奈美……!」
「私、真白のとこ行くから」
「ちょ、まっ……」
《吟遊詩人》の視線に気づいた《暗殺者》が、腰を浮かす。
まさか追いかけてくる気!?いやーーー!!!これ以上《暗殺者》と一緒にいたら、羞恥心で蒸発できるレベルくらい恥ずかしいから、それは無理!マジで無理だから!!
「ついて来ないでね!」
それだけ言い捨てて、私は部屋を飛び出した。
「……逃げられたな」
「てめぇ……邪魔した上に、余計なことをペラペラと……!!」
「小夜時雨だって止めなかったじゃないか」
「いい機会だからあの時言えなかった文句を言ってやろうと思ってだなぁ!」
部屋の中からそんな2人の会話が駄々漏れてきてたけど、私の脳内にはうまくその内容は入ってこなかった。
ともかく、色々と恥ずかしすぎて、あの場を逃げることに必死だった。
……ほんと、危なかった。よかった、《吟遊詩人》が来て、余計なこと言ってくれて。ちょっとした気の迷いで、また大きな過ちを繰り返してしまうとこだった。危ない危ない。
泣かれたりして、ちょっと気が緩み過ぎてたんだろうな。おかげで意味わからん考えが頭をよぎったんだ。涙は女の武器だっていうのに……それすら使ってくるなんて、本当に恐ろしいやつだ。
や、てかこの場合私の心の弱さか。これくらいでぐらついちゃうなんて、乙女かよ。乙女回路錆びついてる私が?はっ、ほんと冗談じゃないよ。しっかりしろ、私ー。大人の意地を見せろー。
そう唱えながら、私は真白達が夜這いに向かった部屋を目指した。
■ □ ■
修学旅行最終日の朝。自由参加で行われる座禅に参加した私は瞑想に没頭した。もともと参加する予定じゃなかったけど、急きょお願いして参加させてもらうことにした。
座禅ってすごいね。結構力いっぱいたたかれちゃったけど、おかげで邪念が払い落とされた気がするよ。早起きしてまで座禅なんて、って思ってたけど参加してよかったな。うん。定期的に瞑想して精神統一を図ることにしよう。
二度と邪念になんか取りつかれないぞ!
こうして、強く自分を諌めるここととなって、修学旅行は終わっていった。
これで修学旅行編は終わりです。が、秋はまだ続く……。




