31. 修学旅行⑦
バリケードは無事に張らなくてもよくなったので、また写真のチェックを再開することにした。結構とったから、容量ぱんぱんになっちゃったんだよねー。明日は希望者だけお寺で座禅して、古いお城を集団見学して、お昼を食べてから帰る予定だから、そんなに写真撮るチャンスないかもしれないけど、いつ真白のシャッターチャンスが訪れるかわかんないからね!入念に準備しとかないと。
んー、しかし我ながらどれもよく取れてて、消すの勿体ないんだよなー。予定外だったのは、さっちゃんが来て、《魔王》も一緒まわることになったことだよね。人数が増えたおかげで、警備隊コスチュームもさらに様になっていたというか。こんなことならちゃんとデジカメ持ってくれば良かったなー。
「あ、この写真のさっちゃんいい感じ」
忍者に扮したスタッフたちとの戦いらへんの写真を見てたら、《暗殺者》のナイスナイスショットな一枚を発見した。隣で同じスマホをいじくっていた《暗殺者》が顔を上げて、差し出した私のスマホを覗き込む。
「まぁ、そうかもな」
えー、何その反応。せっかくかっこよく取れてるんだから、もうちょっと喜びなよ。
《暗殺者》の期待外れの反応にぶすっとしながら、もう一度スマホに表示された写真を見る。
そこに映っているのは、ちょうど私の真ん前に現れた忍者と対峙する《暗殺者》の横顔。《勇者》たちと忍者の大乱闘いなってたから、遠巻き気味にしか取れてなかったんだけど、これはすごく近くでとれたんだよねー。おかげで表情もよくわかる。
……ってあれ、さっきはよく取れてんなーっていうのに気を取られて気付かなかったけど……もしかして、この時のさっちゃん、なんか怒ってる?
「ねぇ、もしかしてこの時、アサシンモード、オンになってた?」
「なんだよ、アサシンモードって?」
「あ、えっとー……ちょっと怒ってた?って聞きたかっただけ」
「まぁな……。この時、ちょっとイラついてたんだよ」
「ふーん……」
この時のことを思い出してるのか、むっとした表情を浮かべながら視線を逸らす《暗殺者》。この様子だと、何にイラついてたのかは聞かないほうがよさそうだなー。私に怒ってたわけじゃないなら、こっちに不都合があるわけじゃないし、ここは放置しておこう。
アサシンモードオンになってるおかげで、すごいいい写真が撮れたことには変わりない。この時さっちゃんをイラつかせてものに、感謝しないとね。
「忍者姿も捨てがたかったけど、やっぱこっちにして正解だったなぁ」
スライドさせて次に出てきた全員集合の写真を見ながら、思わず顔がにやける。私の中で、《勇者》は警備隊の隊長さん、《魔王》は副隊長さん、《女騎士》が一番隊隊長で、《暗殺者》が二番隊隊長ってイメージなんだよね。《魔術師》は戦闘タイプじゃないし、参謀って感じかな?
集まってきた歴女の中には、さっちゃんを一番隊隊長って思ってた人もいたみたいだけど、一番隊の隊長さんはあんなに目つき悪くないと思う。一番隊隊長が《女騎士》っていうのは、私は絶対に譲らないぞ!
しかし、本当にいい写真が撮れた。最初は勝手についてくるしで、どうなるかと思ってたけど、《暗殺者》が来てくれたことに感謝だな。
「何ニヤニヤしてんだ?」
「んー?さっちゃんが来てくれてよかったなぁと思って」
「……」
写真を上機嫌で眺めていたら、訝しげな声で問いかけられる。集合写真を眺めるあまり、ついつい顔が緩んでいたに違いない。それをむりやりもとに戻しながら、スマホから視線をそらさずに、適当に返事をする。
だから、それに対して特に反応がなかったのかも気にならない。ともかく、お気に入りの写真を眺めるのに夢中で、《暗殺者》がどんな顔してるかなんて、全然気にも留めていなかった。
「なあ」
「ん?」
また話しかけられたなーと思って、今度は何気なくスマホから顔を上げた。
その途端、ひょいっとメガネを奪われる。
突然のことで反応できなくて、ぱちくりと瞬きをして目の前にある《暗殺者》の見つめるしかなくなる。
不意を突かれて驚いた顔をしている私に、すごく楽しそうに笑いかける《暗殺者》。その笑顔が結構近い距離にあることを認識した途端、背中を冷汗が流れる。
こ、これは……まずい!!!メガネがないと、モロにキラキラビームをくらってしまうことになる!急いでメガネを奪還しないと……!!
「な、何すんの!メガネ返して!!」
「別に、今はメガネなくても困らないだろ」
「だから、私はメガネをかけてない素顔を見られちゃうとお迎えが……!」
「……それまだ言ってんのか?」
「ともかく、返して!」
「嫌だ」
うぎゃー!こ、こいつ……!笑顔で私の大切なメガネを放り投げおった!!ポイッて、ポイッてしたよこの人!!いくら布団の上だからって、壊れちゃったらどうしてくれるんだ!この間買いなおしたばっかりなんだぞ!!!
や、てか……それよりも……ホント、メガネないのにこの距離でキラキラビームくらっちゃったら、心臓がもつかどうかわからない!ともかくここは、応急処置で顔を手で覆うしかない!!
メガネを取り返そうと《暗殺者》のほうに向けていた腕を引っ込めようとした時だった。
その動きを阻止するかのように、《暗殺者》が私の両手首をつかむ。
なにすんの!!?と、思っていたのもつかの間。
両手をつかまれたまま、あろうことか後ろに押し倒されてしまった。
ちょちょちょちょちょ、ちょっと!!何!?ナンデスカこの展開!!?さっきまでフツーに会話してましたよね!?なんで突然こんなことなった!!?
と、とととともかく、この状況から脱却しなきゃ!
「さっちゃん!悪ふざけは……!」
「ふざけてない。前から言ってるだろ?俺、本気だって」
「~~~!!」
メガネがない上に、《暗殺者》の顔も今まで見たことないくらいキラッキラしてる。おまけに、むちゃくちゃ距離が近い。観覧車の時よりも、明らかに距離が近い。あの時と同じでからかわれてるだけだ、と思いながらも、キラキラビームのせいで無駄に心臓がドキドキしちゃって頭がうまく回らない。
あたふたしてる私が《暗殺者》には非常に愉快に見えたのだろう。クスリと笑うと、耳元で囁くように言う。
「本当に嫌ならさ、観覧車の時みたいにめちゃくちゃに暴れてみたら?」
「!!!」
い、われなくとも、そさせていただきますとも!!!……………って思ってるんですよ。あの時以上に暴れまくってやるー!って気合い十分なんですよ。だけど、思うように体は動いてくれない。
ドキドキし過ぎて、指先まで体全体がピリピリ痺れて、身体の自由が利かない。
な、なんだんだこれ!?長風呂し過ぎたせいで、今更のぼせてきたっていうのか!?いや、そんな馬鹿な!!!
なんて思ってる間にも、さっちゃんの顔が近づいてくる。表情1つとっても、観覧車の時とは明らかに相手の雰囲気が違うことに改めて気が付いて、さらに心臓がせわしなく動き始めた。
こ、これ!確実にファーストキス持ってかれるじゃん!?てか、そのままいろんなもの持っていかれる流れじゃないですか!!?は、早いとこ殴るかはたくか蹴るかしてよけないと!
……って、あ、頭ではここで止めないとまずいってわかってるのに……なんか、も、ほんと……体動かない……。
「奈美」
「!!」
名前を呼ばれて、飛び出るかと思うほど心臓が飛び出る。反射的に、真ん前にあるさっちゃんの目を見れば、破裂しそうなほど心臓が速く動き出す。
近づいてくるさっちゃんとの距離は、あとわずか数センチ。ただでさえ、メガネをかけてなくて直視しないといけないというのに、おまけにその目は今までに見たこともないほど真剣で、いよいよ脳内回路が焼けこげるんじゃないかと思うほど、顔と頭の熱が上がる。おかげで眩暈までしてきて、もう何かを考えるのが馬鹿らしくなる。
もう……なんか、……さっちゃんなら、いいかな?
くらくらする意識の中で、そんな思いがよぎると、体の力が一気に抜けた。
「就寝チェックに来たぞー。みんなちゃんとね────」
はっと、音に反応してふすまのほうを見る。視線が合うのと、そこに立っていた《吟遊詩人》が言葉を止めるのは同時だった。
「……」
「……」
「……」
流れる沈黙。ふすまを開いたまま固まった《吟遊詩人》。その数秒後。
「お……」
「お?」
「お邪魔しました」
ふすまを勢いよく閉めて、踵をかえした《吟遊詩人》。
「ちょっとまったー!Uターンすなーーー!!!」
その背中に、大声で突っ込むことになった。




