30. 修学旅行⑥
「……行ったわね」
《吟遊詩》が部屋を出て行った後、ちょっと早いけど疲れたし寝ちゃうかー、と思っていたら、囁くようなそんな声が聞こえてきた。続いて、もぞもぞと動く音。なんだ?と思って目を開けるのと同時に、部屋の電気が再びついた。眩しっ!!!
「確認完了。西ルート、オールクリア」
眩しさのあまりシュパシュパする目をこすっていたら、ふすまのほうからそんな声が聞こえる。顔を上げると、1人の女子がふすまに張り付くように膝をついて、少し開いた隙間から廊下の様子を隙のない動きでうかがっている。てか、オールクリアって……どこかの軍人さんじゃないんだから……。
なぁんて呆れてたら、布団に寝転がっていた女子がバッと一斉に立ち上がる。
うわ!!び、びっくりしたー……い、一体何なんだ?真白もこの状況がわかってないのか、すっごい驚いた顔してみんなの様子をうかがってるんだけど……。
「さて、とうとうこの時が来たわね」
「「え?」」
1人の女子がふふふふ、と不敵に笑いながらそんなセリフを言う。えっとー……確か、名前は押井さん、だったかな?《魔王》のファンクラブの1人で、このクラスの女子のリーダー的存在なんだけど、なんか、今はちょっと様子がおかしいみたい。
押井さんの言葉の意味が分からない私と真白は、顔を合わせて首を傾げる。そんな中、押井さんはぐっと拳を握り、力いっぱい、かつ声のボリュームを落としつつ叫ぶ。
「いざ、男子部屋に夜這いに行くわよ!!」
「「「「おおおお!!!」」」」
周りの女子たちも大声ではなかったけど、気合いの入った声で、押井さん呼応する。
……なるほど、合点承知。そういうことね。まぁ、修学旅行の定番っちゃ定番か。若いって、ほんと勢いがあるよね。結構なことだ。普通夜這いに行くのは男のほうからなんじゃないかなぁ、と思うけど、そういう細かいことは気にしないでおこう。
うんうん、と妙に納得しながら頷いていた私だったが、真白のほうは目を丸くして押井さんを説得しようと立ち上がる。
「夜這いって……見つかったら大変……」
「真白さんは有無を言わせず、強制参加だから」
「えぇ!?」
慌てふためく真白の腕を、押井さガッチリとつかみ、そしてその周りをほかの女子が固めていく。
「男子が泣いて喜ぶわよ」
「間違いないわね」
うん、間違いないだろうね。浴衣姿の真白がしかも夜這いに来たなんて、きっと世界中の男子が真白になら喜んで童貞を捧げると思うよ。や、真白は清純を具現化したような子だから、絶対にそんなことしないけどね。
まぁ、周りの女子たちにしてみれば、真白がいれば男子が喜ぶのわかってるから、連れていくに越したことはないというのはよくわか────
「あ、平野さんは強制待機だから」
「へ……?」
押井さんの言葉に思考を遮られる。さも、あたりまえ、と言わんばかりのセリフにきょとんとしている私に押井さんはウインクを投げてくる。
「先生が来そうになったら、うまく誤魔化してね」
「え、ちょ……奈美!」
「んじゃ、いってきまーす」
押井さんに背中をぐいぐい押されながら、真白は抵抗する暇もなく部屋の外へと連れ出される。それに続くようにして、私以外の女子が部屋から出ていった。
取り残された私は、シンッとなった女子部屋で茫然とするしかない。
……なんでこうなった?押井さんたちの連携が素晴らしすぎて、ツッコむ隙も無かったんだけど。や、別に夜這いに行きたかったとか、仲間外れにされて寂しいなとか、そういうわけじゃないんだけどさ。
ただ、《冥王》に狙われいる私は1人になるのまずいんですよ……。不可抗力とはいえ、1人になったのがばれたら、どこかの誰かさんに殺意満々の視線で睨まれてしまうんですよ。……てか、こんな状況になってるの見つかったら本気で息の根止められるから、まずいんですって。
まぁ、ここは女子部屋だから男子が入ってくるってことは……いや、現に女子が男子部屋に夜這いに言ってるんだから、逆パターンだってあるか。
うわー、どうしようかなー……。《吟遊詩人》のところに行っちゃうと、女子が夜這いに行ったのがばれちゃうし……。仕方ないから、ここは《女騎士》に助けを求めに行こう。
そう決めた私は慎重に廊下を見渡して、あたりを警戒しながら2つ隣の部屋を目指す。
ゆっくりとふすまを開けると、そこはもぬけの殻で誰もいなかった。
ここの女子も夜這いに行ったんかい!まったく、うちの学園の女子はなんて積極的なんだ!!
心の中で女子たちに突っ込みを入れつつ、仕方ないので私は自分たちの部屋に取って返す。幸い廊下に人影はいなかったから、無事に自分たちの部屋までたどり着くことができた。けど、この部屋に1人でいないことには変わりない。助けを求めようにも、1人で男子部屋のほうまで近づくのは逆に危険すぎる。
うーーーん、こうなったら、ふすまが開けられないようにバリケードを張って籠城するしかない。……バリケードになるようなものあるかなぁ?
部屋に入って、ふすまをしっかりと占めて、ひとまず余っている布団がないか押入れを確認してみることにした。押入れを開けると、結構な量の予備の蒲団が入っていた。うん、これをうまいことふすまのところに積み上げてしまえばバリケードにな────
「おい」
「びゃあぁぁ!!!」
何!?バリケード完成前に、さっそく敵襲来た!?来ちゃったの!!?
突然かけられた低い声に、飛び上がりながら後ろを振り返ると、そこには私に負けないくらいくらい驚いて目を真ん丸にした《暗殺者》が突っ立っていた。
「さ、さっちゃん!もう、驚かさないでよ!!敵襲かと思ったじゃん!」
「……悪かったよ、驚かせて。声かけても返事がないから、勝手に入ってきたんだ。てか、押入れなんて開けて、何しようとしてたんだ?」
「あぁ、これ?みんな夜這いに行っちゃってて1人じゃ危ないかなって思ったから、バリケードでも作ろうかと材料探してたとこ」
「そんなことしなくても、大丈夫だって」
「……え?」
気合いを入れて布団を持ち上げようとしていたところを、後ろから伸びてきた腕に止められた。何すんだ?と思いながら振り返る。文句をそのまま口にしようと思ってたんだけど、《暗殺者》の顔見た途端、その言葉は引っ込んでしまった。
え……てか、なんで、そんな顔で笑ってんの……?
「俺がついててやるから、安心しろよ」
うっ……なんか、今の顔も若干キラキラが強いというか……ホントそれ心臓に悪いから、やめてほしいんだけどな。ひとまず、さっちゃんが発してくるキラキラ光線から逃れるために、適当な話題を吹っかけようと視線を逸らす。
「……てか、さっちゃん、なんで女子部屋なんかに来たの?」
「奈美のことが心配で見に来たんだよ。まさか、他の男のとこに夜這いになんて行ってないよな、って」
いつもの調子で答えて来た《暗殺者》は、いつものうさん臭いにっこり笑顔に戻っていた。
相変わらず意味の分からん心配をする奴だ。夜這いに行ったところで、一体どんな利益が生まれるっていうんだ?私にうまみがないことはもちろん、男子たちにだって、ときめきではなくげんなりを提供してしまうことは目に見えている。そんな無意味な行動を好き好んでするほど、私は捨身ではありませんので。
まぁ、さっちゃんがいてくれたら間違いないし、女子たちがお勤めを終えて帰ってくるまでの間、ここにいてもらうか。
……なんか、一瞬、キラキラビームが強くなった気がしたけど、それはたまたまだよね?
あの時《暗殺者》もかっこつけたような言い方してたし、その反動みたいなもんだよね?ここで《暗殺者》を追い出したところで、布団でバリケード作らなきゃならなくなっちゃうし。それは非常に面倒くさいから、さっきのことは見なかったことにして気にしないようにしよう。
30話いっちゃった。




