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29. 修学旅行⑤




「こうして見るとさ、あの怖い後輩の人も普通にかっこいいよね……」



 ちょっと騒ぎが落ち着いたかなーと思ったら、女子の中の1人がぽつりとそんなことを言う。思い思いにしゃべっていた女子たちは、その声にぴたりと会話をやめて、真白の写真を改めてじぃっと見ていた。

 私も思わず”後輩”に反応しちゃって、スマホから顔を上げる。


「うんうん!ちょっと目つき悪いけど、すごくきれいな顔してる!」

「コスプレも似合ってるし」

「ほんとだー。今まで怖くて目も合わせなかったからわかんなかったけど、この人かっこいい!」


 ……なんか、さっちゃんが人気だ。まぁ、確かに素材だけなら《勇者》にも《魔王》にも劣らないイケメンだもんな。目つき悪い上にいつもガン飛ばしてて、思いっきり浮いてて遠巻きにされてるから、あんまり気づかれないんだろうけど。

 この様子だと、きっともっと普通にしてればさぞモテるであろうに、勿体ない。前世で遊びつくしたから女に興味がなくなった、的なことを言ってたけど、持ってるものを活かさないなんて、持ってない人たちへの冒涜だと思うんだよね。



「何より、全然他人を寄せ付けないのに、平野さんだけにはなついてるっていうのがキュンキュンする!」



 ん?私の名前出てきた?ってー……みんなこっち見てるし……。なんかうらやましがられるような、そんな感じで見られて、思わず壁に張り付く。視線いっぱい怖いよー。

 そんな私の視線の先で女子たちはうっとりとしながら、思い思いにしゃべりだした。


「少女マンガに出てきそう設定だよね」

「平野さんをはぶいたらぶっ潰すなんて、全校生徒に啖呵まで切るほど平野さんのこと大好きとか」

「考えてみたら、ちょーかわいくない?」

「かわいい!健気!」

「年下っていうのがまたたまらん!!」


 か、かわいいに……おまけに健気、ですか……。《暗殺者》に対してそんな単語を思い浮かべちゃうなんて、無知って時には幸せなことだよね。ま、私も妄想する楽しみは人以上に知ってるつもりだから、あえて水を差したりはしない。どうぞご自由に萌え萌えな妄想を繰り広げてください。



「平野さん、どうやってこんな怖い人手懐けたの?」

「え?」



 妄想に耽る女子たちを放置して、私は写真の整理再開ー……と思ってたら、女子の1人がこっちに近づきながら尋ねてくる。何人かの女子もこっちに近寄ってきて、その場にとどまっている女子も興味津々の視線をこっちに向けてくる。

 や、あの……そんなに注目されると、私しゃべれなくなっちゃうんですけど……。でも、これはなんか言うまで逃れられない感じよね。真白もどう助けたものかと困ったように苦笑を浮かべてるし。仕方ないので、ドキドキする心臓をさすりながら、無難な答えを探す。


「えっとー……手懐けたのではなく、勝手に寄ってきたというか……」

「おぉ、さすが猛獣使い」

「こんなかっこいい人が寄ってくるなんて、うらやましいよねー」

「猛獣使いに転職するのもありかー」


 そもそも、私、猛獣使いじゃないんだけどね。てか、転職を考えるなんて強者もいるし。隠れオタクが案外私のクラスにもいるのかもしれないな。なんて思ってたら、1人の女子が深々とため息をつく。

 

「あー、でもちょっとこの人は怖すぎかな」

「だよね。睨まれるとすっごい怖いし」

「平野さん以外にすごい冷たいしね」

「ちょっと感覚のずれた平野さんくらいしか、この人受け入れられるキャパ持ってないかも」


 おい、感覚ずれてるって、どういうこっちゃ!確かに人よりかは二次元への情熱を持っているけれども、私はごくごく一般的な感覚の持ち主だっつーの!!


「うんうん、地味なのに妙な存在感ある平野さんなら納得」

「お似合いだと思うよ」


 みんなで腕を組みながらうんうんと首を縦に振りだす始末。もう、地味って言われ慣れたから嘆いたりはしないけどさ……納得いかんのは、この人たちがまるで私に対する”地味”という言葉が褒め言葉であるかのように使ってくるところだ。何回も言うけど、地味って褒め言葉じゃないからね!!

 てか、たとえ相手にほめる気が合ったのだとしても、この場合ほめられても全然うれしくない!お似合いって何!?誰と、誰が!?

 ……それにしても、真白や《女騎士》のみならず、他からもそんな風に勘違いされてたなんて、思いもしなかった。みんな私が猛獣引き連れてるなー、くらいに思ってるだろうと思ってたからさ。でも、そんな勘違いされてるなら、これはいい機会かもしれない。公的にも私とさっちゃんがそんな関係でないと、宣言しておこう。気合いを入れるために1つ深呼吸しようと息を吸う。



「みんないるかー?」



 ぐふっ!せっかく思いっきり息吸ってたところだったのに、変なタイミングで吐き出しちゃったじゃんか!私の深呼吸を邪魔したのはどこの誰だ!?と、思いながらふすまのほうを見ると、そこに立っていたのは《吟遊詩人》だった。どうやら、クラスの点呼に来たらしい。


「はぁい」

「せんせー、女子部屋のふすまを突然開けるなんて、マナーがなってないですよ」

「ははは、すまんすまん。次は気を付けるよ」


 ……あいつ、まさかとは思うがラッキースケベとか狙ってわざと声かけなかったとかじゃないよな。教師としてそこまで腐ってはないと思うけど、私に対して散々下ネタ振りまくってくるから、変に疑っちゃうのよ。まぁ、私以外の生徒に対してはなかなか良い先生してるみたいだから、今のはうっかりだったということにしておいてやろう。


「そろそろ消灯だから、みんな大人しく寝ろよ」

「「「「「「はぁい」」」」」」


 《吟遊詩人》の言葉に、みんな一斉にお行儀のよい返事をする。よしよし、と満足げにうなずいた《吟遊詩人》は電気を消すと、安心しきった顔でふすまを閉める。しばらくすると《吟遊詩人》の足音は部屋から遠のいていった。



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