25. 修学旅行①
「ついたー!」
バスから降りた何人かが思わずそう声を上げる中、私はお尻のあたりをさすりながらバスから降りた。かなり心配だったけど、私のお尻は何とか持ちこたえてくれたみたいだ。最近授業中にも愛用してるクッションを持ってきたのが幸いだったな。……かさばるからできれば持って来たくなかったんだけど、致し方ない。
「奈美、大丈夫?」
「うん。なんとか」
「無事にたどり着けてよかったね」
真白は嬉しそうに笑って、辺りを見渡し始める。今私たちがいるのは、私たちが住む町からバスで7時間ほど走ったところにある、この国最古の古都。古都っていっても、普通に人も住んでて近代的なビルもちらほら見えるし、道路はいたるところに走ってて車も当たり前に見えるんだけど、千年以上に建てられた都の建物が多く残ってるからそんな風に呼ばれてる。紅葉の時期の観光は特に人気があって、このバス専用の駐車場にもたくさんの観光バスが止まっていた。
《冥王》のこととかがなかったら、私も観光気分満載で古都の風情ある景色を思いっきり楽しんでたところなんだろうけど……自由行動なんかも多くて《冥王》に操られた生徒に狙われる可能性が高い状況で、そう暢気なことも言ってられない。
さっちゃんがいてくれたら、気兼ねなく楽しめたかもしれないけど、こればっかりは仕方ないよねー……。大人になったらそうでもないけど、学生の頃は1年の歳の差って大きいよな。
そんなことを思っていたら、無意識に修学旅行に出発する直前の《暗殺者》の顔が浮かんでくる。
「おや、どうしたんだい、平野君?なんか浮かない顔してるけど」
「あ、うん……ちょっと考え事」
バスを降りてからの全体集合が終わって、いよいよ自由行動の時間となった。バスの中である程度のオリエンテーションは済んでるから、みんな約束していた友達を探してどんどん散らばっていく。
私と真白をいち早く見つけた《女騎士》もこちらに駆け寄ってきて開口一番、私の顔を見ながら不思議そうに首を傾げる。そんな《女騎士》にならって私の顔を覗き込んできた真白は、ちょっといたずらっぽく笑う。
「小夜時雨君がいなくて寂しい?」
「ちーがーうーーーー」
真白さん、なんでそんなに嬉しそうに楽しそうに笑ってるんですか!すごいかわいいんですけど!……じゃなくて、本当に違うから。確かに《暗殺者》のこと考えてたのは事実だけど、別に寂しいとか思ってませんから。
「今は本人がいないんだ。私たちくらいには素直になってもいいんじゃないかい?」
「ちがうんだってばーーーー」
《女騎士》の追い討ちもため息混じりに否定する。私の反応がたいそう面白かったのか、2人は顔を合わせてくすくす笑い始める。
もうっ、このお2人さんは!なんで異様に私と《暗殺者》をくっつけたがるかね。私はこれっぽっちもそんな感情《暗殺者》に対して抱いていないっていうのに。
《暗殺者》のことを思わず思い出していたのはちょっと気になることがあるからだ。何が気になるって、修学旅行に行く直前の《暗殺者》の態度がですよ。
別に、不自然って感じじゃなかった。っていうか、超普通だった。いつもと同じ調子でうさん臭く笑うと「修学旅行、楽しんで」とそれだけ言ってさっさと帰っていたんだけども……それがなんか逆に違和感になってる。
だって、登山の時はあれだけ一緒にいられないから休め、とまで言った《暗殺者》のことだから、絶対にぶつぶつなんか文句言ってくるとか、行くのやめろとかいう出すかと思ってたのに。何も言われないに越したことはないけど、構えてた手前、拍子抜けした感じは否めない。
あんなにあっさり帰ったってことは、とうとう私への興味が薄れてきたってことかな?
思いっきり《冥王》の標的にされてる今、興味を失われちゃうのはこっちとしてはうまい話じゃないけど、こればっかりは仕方ないよね……。
なんて思ってたら、突然真白にぎゅっと手を握られた。我に返って真白を見ると、すごく真剣な顔でこちらを見ている。え?どしたの、真白さん?
「小夜時雨君がいなくて心細いのはわかるけど、私たちがいるから安心してね!」
「や、心細いとか、思ってないけど……」
「無理をしなくてもいいよ、平野君。今すごく寂しそうな顔してたじゃないか」
「は!?私、そんな顔してませんけど!!?」
「平野君を真ん中にして3人並んで歩くのがいいかもしれないな」
「そうだね!もしもの時は手をつなごう!」
「うん、それはいい考えだ!」
「え、ちょ、ちょっと……!」
な、なんかよくわかんないけど、2人が気合いを入れて私の手を握ってくる。や、さすがに高2にもなって女友達と手をつないで歩くとかすごい恥ずかしいんですけど……!精神的にもっと年取ってるから、さらに恥ずかしく感じるんですけど!!
「……なんか、女子で盛り上がってんな」
「僕たち、一緒に行く意味あるの?」
後ろからそんな風にぼやく《勇者》と《魔術師》の声が聞こえてくる。遅れてここまでやってきた2人は勝手に盛り上がる女子に、ちょっとついてい来れてないみたいだ。その気持ちもよくわかる。せっかく男女混合グループなのに、女子3人が手をつないで歩いて男2人がその後ろについてくるとか、なんか色々と間違いすぎてるでしょ!
一生懸命気合いの入った真白と《女騎士》を説得して、手をつないで歩くのだけは勘弁してもらった。落ち着いたところで《勇者》たちも輪に入ってきて、今後の行先を話し合う。
「それじゃあ予定通り、まずはこの寺にむかうか」
「いいんじゃない?」
修学旅行は三泊四日で、うれしいことにほとんどが自由時間として当てられている。私たちのグループは今日は古都の西側を回る予定だ。ひとまず最初は《魔術師》が行きたいといっていたお寺に向かうことになった。
「児玉はここに何度も来たことあるんだろ?なんで今更寺なんて見たいんだ」
「今、期間限定で貯蔵書物が展示されてるんだよ」
「博臣は古い文献に目がないからな」
そんな話をしながら歩き始める。流れで私と真白が2人で前を、《女騎士》、《魔術師》、《勇者》が後ろを歩くことになった。たまに振り返りながら会話をしつつ、お寺へ向かう道を歩く。
てか、改めてこの状況を考えてみると、私、思いっきり邪魔ものじゃない!?もし私がいなかったら、ダブルデートっぽく、《女騎士》も《勇者》も存分に好きな相手と修学旅行を満喫できただろうに……!!!な、なんか申し訳なさすぎる……!
ここに、もしさっちゃんがいたら、形だけでもトリプルカップルでまだましだったのにな……そういう意味でも、ほんと《暗殺者》はありがたい存在だよな、改めて考えてみれば……。もうあんまり頼れないとなると、やっぱ気落ちしちゃう。……別に、寂しとかじゃないけどね!!
「あ、見て!」
「ん?」
真白が《勇者》たちに話しかけようと後ろを振り返って、声を上げた。全員で真白が指さしたほうを見ると、古都を囲む山々が見える。赤や黄色、オレンジに紅葉した木々が、山を埋め尽くしていた。圧巻の紅葉した山の景色に、思わず全員で嘆息する。
「おぉ、これは、見事な紅葉だね」
「ああ、きれいだな」
うん、本当にきれいだ。登山以来、山になんとなく苦手意識を抱いていたけど、遠くから眺めている分には文句はない。私にとって山は上るものではなく、眺めるもの。そう魂に刻んでおこう。うん、そうしよう。
そんなことを思っていたら、後ろから思いっきり腕を引っ張られた。
「!!!?」
同時に口を塞がれる。一瞬にして、わきにあった細い路地に引き込まれる。山の景色に気を取られているせいで、真白達は誰も私がその場からいなくなったことに気付いていなかった。
全身の血の気がさぁっと引いていく。
う、っそ……。しょっぱなからですから……?しょっぱなからぼっこぼこにされちゃう感じですか!!?私、気を付けてましたよ!?ちゃんと周り見て歩いてましたよ!?最後尾歩かないようにしてましたよ!!ちょっと山に見惚れちゃってただけなのに、そんな隙さえ許されないっていうんですかーーー!!?
崖から落とされた時の恐怖がよみがえってくる。あの時感じた死へのリアルな恐怖と、目覚めたとき遭難して死ぬかもって想像したときの恐怖がフラッシュバックして、体が震える。
こ、ここには、本当の本当にさっちゃんいないのに……!
この後のことを無意識に想像して涙まで滲んでくる。なんとしてでもこの手から逃れなきゃ、と思い、必死に口を塞ぐ手を解こうともがいた。
「奈美、俺だよ」
……へ?
すぐ耳元で聞こえてきた声に、すべての動きがいったん停止する。口を塞がれていた手が離れたところで、私はゆっくりと後ろを振り返った。
そこにいたのは……。
「よっ」
「さ、さっちゃん!!!?」
相変わらずのうさん臭い笑顔を浮かべる、《暗殺者》だった。




