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21. 登山⑥




 《魔王》と真白の姿が見えなくなると、辺りは助けを待ってた時みたいにシンッとなる。もう真白達が見つけてくれたから安心のはずなのに、なんだか1人になって無駄に寂しい気持ちになってしまった。

 ……だめだ、このまま1人でただボーっと待っているのは耐えられない。ちょっと気は引けちゃうけど、《暗殺者》と話して時間をつぶすことにしよう。……《魔王》は私に《暗殺者》の話を聞いてほしいみたいだったし。

 



「さっちゃーん。いるー?」


「……」 




 《暗殺者》を呼ぶと、すぐに木の陰から姿を見せた。

 あ、いたいた。やっぱ《魔王》の言う通り近くにいたんだな。近いっていうには……なんか微妙な距離にいるけど。おまけにメガネかけてないから、どんな表情してるか全然わかんないや。

 ぼやけた視界で、《暗殺者》がこっちを見ているのだけが何とかわかった。でも、こっちに近づいてくる気配は見せない。やっぱり、なんか様子が変だよね……。どうしちゃったんだろう?



「────んだと、思った」

「え?」



「死んだと、思ったんだ」



 抑揚のない声で、《暗殺者》は繰り返した。2回目でやっとその言葉が私まで届く。


「あ、私のこと?いやー、さすがに私も死んだと思ったよ」

「……」

「えっとー……さっちゃん?」


 様子の変な《暗殺者》の態度がいつもみたいに戻ればいいなぁと思っておちゃらけてみるけど、《暗殺者》は何も返してこなかった。

 うーん……微妙な距離にいられるせいで、表情もよく見えないし……。もしかして、私また知らず知らずのうちに地雷踏みまくっちゃってたりするのかしら?さっちゃんの地雷ポイントって意味不明だから厄介なんだよねー……。すでにめちゃくちゃ怒ってるとか、ないよね?

 ちょっとびくびくしながら目を凝らして、一生懸命さっちゃんの表情をうかがおうとしてみる。



「……人が死ぬのなんて、当たり前のことなのにな」

「え?」

「けど、生まれ変わってから、それが妙に遠くて。だから、時々忘れちまうんだよな。人は簡単に死ぬってこと」

「……」



「だから……無駄に、絶望するんだ」



 ……うん、やっぱ今のさっちゃん、すごくおかしい。なんか物凄い哲学チックなこと言い出したし。君、そんなキャラじゃないでしょうよ。

 一体どうしちゃったんだ?もしかして、《冥王》に足止めされたのがショックすぎて頭おかしくなっちゃった?それともなんか頭に変な攻撃でもくらったのか?前世の話とかも混じってそうな感じだけど……なんか昔の嫌なことでも思い出したのかな?



「いや、てかそうじゃなくて。それもあるけどそうじゃなくて……」



 ってー……心配してた矢先、今度は突然頭を抱えてその場にしゃがみこんだ。そしてなんかあーでもない、こーでもないってよくわからんことをぶつぶつ言い出す始末。私は何も言えずにただただ茫然とするしかなかった。

 こんな挙動不審な《暗殺者》今まで見たことないぞ。いつもうさん臭い笑みを浮かべて余裕かましてる《暗殺者》はどこに行っちゃったんだ?……もしかして、本当に崖からおちて、どっか変なところ打っちゃったんじゃないよね??


「マジでふざけてるよな。退屈しなさそうだなとは思ってたけど、こんなこと、起こると思わねぇだろ。全員ぶち殺してやりたくなるほど、絶望するなんて、どんだけなんだよ」

「さ、さっちゃん……??」


 な、なんかたまに物騒な単語も聞こえてくるんだけど……。頭抱え込んだままひたすらぶつぶつ言ってる《暗殺者》がそろそろ心配になってきたので、声をかけてみる。それでも一向に頭を上げる気配はなかった。困ったなーと思いながら、考えを巡らすけど、でも動けないし、私はここでただただわずかに聞こえてくる《暗殺者》のつぶやきに耳を傾けていることしかできない。歩けたら、しっかりしろーって頭を刺激にしていってあげるんだけどな。

 なんて思ってたら、《暗殺者》が一際大きなため息をつくのが聞こえた。つぶやきは終わったのかな?と、表情を見てみようと目を凝らすけど、相変わらず下を向いたままだ。その姿勢のまま、自嘲気味に笑って、吐き捨てるように言う。



「生きてて、泣きそうになるとか。バカみたいだ」



 ……なんだと?今、なんつった?



「ちょっと」

「……ん?」


 湧き上がってくるいらだちに任せて、《暗殺者》に声をかける。下をうつむいていた顔をわずかに上げてこちらを見上げる《暗殺者》。死んだ魚の目でうるせーな、みたいな視線こっちによこしてくるけど、うるせーな、は私のセリフですからね!!


「今のは聞き捨てならないんだけど」

「今のって……?」

「生きてて泣きそうになるとかバカみたいって、今言ったでしょ?」

「あぁ、それがどうした?」



「こっちは目が覚めた時、生きてるってわかった時、思いっきり号泣したっつーの!それをバカだなんて言われる筋合いないんだけど!!生きてて喜ぶのは当たり前でしょ!?死ぬと思って、本当の本当に怖かったんだから!!」



 怒りに任せて怒鳴りつけると、《暗殺者》はちょっと目を見開いてさらに顔を上げた。

 全く、《暗殺者》の身に何が起こったのかはわからないけどさ、ほんっといちいち腹の立つことを言ってくれるよね。死ぬかと思って生きてるとわかった時のあの感動を、バカ、なんて言葉で片付けようなんて、命を軽んじてるとしか思えない。命を軽んじるのは勝手だけどさ、さっきリアルにその体験したばかりの私の目の前でそんなこと言うなんて、無神経にもほどがあるでしょうよ!!


「……怖かった、か」


 プンすかプンすか怒ってそっぽを向いていたら、《暗殺者》がぽつりと言った。まだなんかうだうだいう気なのか!?とがんを飛ばしながら《暗殺者》を見ると、いつの間にか顔を上げていたその双眸とばっちり目が合う。



 その目を見た途端、怒りも何もかも吹っ飛んで行ってしまう驚きが私を襲った。



「ああ……俺も、怖かったんだろうな」


 再度視線を下に落としながら、口元に笑みを浮かべる《暗殺者》。


「そう思うくらい……」


 最後の言葉は小さすぎて私には届かなかった。……や、てか、声の大きさの問題じゃなく、私にはそんな言葉認識する余裕がなかった。




 だって……《暗殺者》の目に……。




 いやいや……見間違いだよね。……けど、その目元を夕日がはっきりと照らし出す。


「あの……メガネかけてないからはっきり見えてなくて……見間違いだったらごめんなんだけど」


 メガネもかけてないし、見間違いに決まってる。そう思いながらも私は問いかけずにはいられなかった。





「……もしかして、泣いてる?」





 返事はしばらくなかった。このまま返事はないのかもしれないな、と思ったとき、《暗殺者》がすっと顔を上げた。その顔には、笑顔が浮かんでいる。


「それは奈美の見間違いだな」


 返ってきたのは、いつものさっちゃんらしい、ちょっとふざけたけど余裕のある返事だった。口調も、さっきのよくわからない様子が見当たらないほど、いつもの調子に戻っている。その返事と《暗殺者》の様子に、私は思わずほっと息をついた。



 ……やっぱ、見間違いだよね。《暗殺者》が泣いてたなんて。



「そっか……変なこと言ってゴメン」

「そういえば、メガネどうした?」


 立ち上がった《暗殺者》が、こちらに近寄りながら尋ねてくる。さっきまでかなりきょどってたから、私がメガネつけてないことも今気付いたのかもしれないな。相手の調子が戻ったことをいいことに、私もいつもの軽い調子で答える。


「やー、さすがに落っこちてる時にどっか行っちゃったみたいで、気づいたときにはなかったんだよ。おかげであんま周りが見えてないんだ」

「そうか。でも、よかったな。メガネが割れて顔の周りけがとかしなくて」

「……そだね」


 それ、この間階段から落ちかけた時に想像しちゃったんだよね……。や、ほんと割れたガラスが目にさっさたりしなくてよかった。下手すればそんなことも起こって失明……なぁんてパターンもあり得たんだから。ほんと、大けががなかったのは不幸中の幸いだよね。間違いなく一生分の運を使い切っちゃったな……。


「あ、けど」

「ん?」


 色々考えて憂鬱な気分になっていると、《暗殺者》が私のすぐ前で座り込んだ。何かに気付いたのか、私の顔を覗き込んでくる。



 近くづいてきたその顔を見て、私はまた驚きで固まってしまった。



「ちょっとここ、すりむけてる」


 驚いている私に気付いていないのか、それとも顔を近づけられていることに驚いていると勘違いしているのか、はたまたメガネがないからよく見えないと思っているのか、《暗殺者》は私が驚いている本当の理由に気付かないで、左目の少し下あたりを親指でなぞる。

 その瞬間、ちょっと痛みを感じたけど、驚きのせいでうまく反応できなかった。

 ……確かにメガネはないんだけどさ、ここまで近づかれたら、さすがに色々見えちゃうんですけど……。



 どんな顔してるかとか……目元に残る、涙の跡とか。



 さっき、見間違いとか言ってたくせに、泣いてたんじゃん。嘘つきやがったな。や、てか、なんでさっちゃんが泣くんだ。よくわからん。

 困惑気味にひたすら《暗殺者》の目元を凝視していたら、その視線に《暗殺者》の視線が重なる。すりむけた箇所見てたと思ってたのに、なんかこっちじっと見つめてくるし。

 ま、距離が無駄に近いのも、じっと見つめられるのもいつものことだ。こんなの、慣れっこ……な、はず……なんだけど?



 私の手に当てたまま、《暗殺者》がいつもの調子でニコリと笑う。


 ……あれ?見慣れてるはずなのに……なんか……心臓が……ドキドキしてるような……?




「メガネも似合ってるけど、なくてもすげぇかわいいな、奈美は」




 そういって《暗殺者》がさらに目を細めて笑みを深くした途端、飛び出すかと思うほど、心臓が大きく高鳴った。



 え……。ちょ、まっ……。いつも、ひたすらうさん臭く見える笑顔がなんか……今日はえらくキラキラしてかわいく見えっ……!!!

 え?え?なんでなんで!?命拾いしたこんな後だから!?つり橋効果でドキドキしちゃってるのか!!?いや、それにしたって……さっちゃんはすっかりいつものプレイボーイ節に戻ってるし、笑顔だって、いつもと大して変わらないはずなのに……。


 

 はっ!?もしかして……メガネがないから、なのか?



 今まで気づいてなかったけど、まさかメガネがさっちゃんのキラキラ光線を防いでくれていたというのか!?だから、メガネがない今、私はさっちゃんにこんなにドキドキしちゃってるのか!!?



「ん?どうした?」

「め、メガネ……!!私にはメガネが必要だ!!!」

「……そんなに視力悪いのか?」



 いや、むしろダイレクトによく見えすぎてて困ってます!



 心の中でそんなことを叫びながら、ひとまず、見つめられてドキドキして照れてるなんて、《暗殺者》にばれたら、色々と恥ずかしすぎて私の人生が終了してしまう。ともかく、これ以上《暗殺者》の顔が見えないようにするためと、照れてるのがばれないようにするために両手で顔を覆った。


「……ほんとに、どうしたんだ?」

「わ、私……メガネをかけてない素顔を見られたら、星に帰らないといけなくなっちゃうんだよ!」

「……今更遅くないか?」

「遅くない!断じて遅くない!!」

「……図書館で奈美が居眠りしてた時、何回もメガネ外して顔見てたんだけど?」

「なぬ!!?あぁ……これはもう確実に星からお迎えが来てしまう!!」

「迎えが来ても追い払ってやるから安心しろって」

「うちの星のお迎え達の実力をなめるなよーーー!」




 相当動揺していたせいか、《暗殺者》もまだ本調子とまではいかなかったせいか……。


 《魔王》が戻ってくるまで、私たちは意味不明なやり取りを繰り返し続けた。




ちょっと長めでした。これにて登山終了。しかし、秋はまだまだ続きます。……30話くらいにならないといいなぁ(ボソッ)

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