20. 登山⑤
「な……み……?」
《暗殺者》がフリーズしてしまって数秒後、茫然としたまま私の名前を呼ぶ。やっと動きを見せたことにほっとしつつも、いつもの《暗殺者》らしくない態度に、私のほうまで戸惑ってしまう。
や、てか態度もそうなんだけど……なんか、服のところどころ血がついてるんですけど……あれって、さっちゃんの血なのかな?そんな激しい足止めを食らってたってこと……?
見たこともないほどボロッとした感じの《暗殺者》の様子を心配していたら、やっと構えを解いた《暗殺者》が驚いた顔のままこちらに一歩近づく。
「生き、て……たのか?」
あ、なるほど。なんでそんな驚いた顔してんのかなーと思ってたけど、納得した。つまり、私死んだって思われてたってことですよね。うん、それも納得だ。だって、あんな崖から落ちたんだもんね。ふつう死んだと思われるわ。てか、私も死んだと思ってたし。
「何とか生きてたよ。動けないけど」
きっとすごく心配かけたんだろうなー、と思ったから、少しでも場を和ませようとへらりと笑って手を振って見せる。
けど、さっちゃんは目を真ん丸に見開いて驚いた表情のまま、硬直したようにその場に動かなくなってしまった。
「あの……さっちゃん?」
もしかして、幽霊とか思われてるのかな?足ありますよーってアピールしたいけど、体動かせないし、どうしたも────
「……昇!!!」
「!?」
幽霊でないことをどうやって証明しようかと首をひねっていたら、《暗殺者》が突然大声を出した。山全体に響き渡りそうなその声量に、体が反射的にびくりと震える。
び、びっくりしたー……。えっとー……もしかして、今のって《魔王》をここに呼んだってことなのかしら?確かにあれだけ大声で叫べば少し遠くにいても聞こそう……。
「どうした!?」
そう思っていた矢先、《暗殺者》が立つすぐそばの木から《魔王》が降ってきた。うん、本当にチートだよね。一体どれだけ遠くからここまでやってきたのか……。この2人ならこのくらいの山、一晩とかで山狩りしちゃいそうだな。
そんな風に呆れていたら、《暗殺者》が視線を下げながらこっちを指さしてくる。
「奈美、いた……」
「何!?」
「ここここ~」
《魔王》がこっちを向いたので《暗殺者》にやったようにひらひらと手を振る。そしたら、《魔王》も幽霊を見たような顔して驚いた。うん、やっぱり死んだって思われてたんだな。
「奈美!!!」
《魔王》がこっちに歩いてくる、と思ったら、後ろから茂みをかき分けてこちらに走ってくる人影があった。
黒くて長いきれいな髪を振り乱しながら、懸命にこちらに駆け寄ろうとする天使のようなその姿。
「真白……」
座り込む私の目の前で一度立ち止まった真白は、息を切らせながら私の姿を見渡す。多分、幽霊じゃないかどうか確かめられたんだと思う。すごい足のあたりを見られた気がするし。
「な、奈美……!」
私が幽霊じゃなくて、ちゃんと生きてるって確信したんだろう、目に涙をいっぱいためながら、真白が抱き付いてきた。
抱き付かれた途端、全身痛かったんだけど、それよりも何よりも、またこうして真白と会えたことの喜びが込み上げてきて、私も動く右手で真白を抱きしめ返す。真白の体温が伝わってきて、それがすごくあったかくって、涙がぶわっとあふれてくる。
「ま……真白ーーーー!!!」
「よかった!もっ、ほんと、すごい、心配でっ……!」
「私も、こわかったよぉぉぉ!!」
やっとちゃんと助かったんだ、って安心感で、私は真白に抱き付きながらおんおん泣く。
こんなに泣いたの、転生してからはじめてかも、なんて思いながら私は気が済むまで思いっきり泣きまくった。
■ □ ■
真白と私が泣き止むと、《魔王》はひとまず私のけがの具合を見てくれた。
「どこも折れてはなさそうだな」
「え?嘘?」
一通り見てくれた《魔王》の言葉に、思わず声を漏らす。
いやいや、だって私のひ弱な体が、あの崖から落ちて骨折なしって……信じられないでしょ。左のお尻とかめっちゃ痛いんだけど、それも打撲程度で済んでいるようだ。……すごいな、私のお尻の肉。
暢気にそんなことを思ってたら、大きな大きなため息をついて《魔王》があきれた表情を浮かべる。
「打ちどころが良かったとしか言いようがないな」
「うわー……これ一生分の運を使っちゃった気がするな」
「それでも無事だったんだから、よかったじゃない。ほんと……奈美が見えなくなったとき、生きた心地がしなかったんだから……」
ふざけるような口調で言うと、真白が真顔で返してくる。そして、また目に涙をにじませた。
真白をこんなに泣かせるくらい心配させるなんて、なんて罪深いことをしてしまったんだろう。そうだよね。ふざけていないで、今は命があったことを喜ぶべきだよね。
「心配かけてごめんね」
「ううん、奈美のせいじゃないんだから、謝ることないよ」
涙をぬぐいながら真白は笑いかけてくれる。やっと笑ってくれたからちょっとほっとした。泣いてる真白も可憐ですごくきれいだけど、やっぱり真白には笑顔が一番だ。
「……そういえば、あの男子生徒はどうなったの?」
「お前を突き落とした目撃者が俺と真白だけでな。本人も状況をよくわかってないみたいで、混乱してたから、ぶつかってその勢いでお前が落ちたんだろう、ってことになってる」
「そっか……」
明らかに私を抱きかかえて崖に投げ捨てやがったんだけどね、あの男子。でもまぁ、そうなるよねー。大体あの男子に関してはそんな感じで話がつくだろうと予想してたからそんなにショックではない。腹は立つけど。
まぁ、全部《冥王》のせいだから、男子生徒に腹を立てたって仕方ないんだけど。
「俺は今から捜索隊のところに行って担架持ってくるから、もうしばらくここで待ってろ」
「うん。お願い」
簡単にできる応急処置を済ませてくれた《魔王》は、そう言いながら立ち上がる。どうやら私を探すための捜索隊が組まれているらしく、近くにその本隊がいるらしい。全身打撲だからちゃんと担架で運んだほうがいいだろうってことで、私はここで大人しく待っていることにした。
「真白も俺と一緒に来てくれないか?」
「え?でも、奈美を1人には……」
「その辺に隼人がいるはずだから、平野は大丈夫だ」
《魔王》が《暗殺者》の名前を出して、やっとさっちゃんのことを思い出す。そういえば、真白が来てくれたあと泣きまくってたから気づかなかったけど、あたりに姿が見えない。
私を見つけた時の様子もいつもと違ったし、何だか急に不安になった。
「さっちゃんどうしたの?なんか、見つけてくれた時も様子おかしかったし……」
首かしげながら《魔王》を見上げると、なぜか苦笑を浮かべる。苦笑っていうか……なんかすごく複雑そうな表情。悲しんでるんだけど、ほっとしてて、でもあきれてて……みたいな感じだ。
「……あいつの口から聞いてやってくれ」
「?」
複雑そうに笑ったままそう言った《魔王》は、真白と一緒に捜索隊のところへと向かった。




