18. 登山③
《魔王》と《吟遊詩人》が変な話をしくれたおかげで、登ることだけに集中することができなくなってしまった。歩きながら頭の中を《暗殺者》の顔が過って、その度に《魔王》に言われたセリフを思い出して、考え込んで……その繰り返しで気疲れした。ただでさえ体力的にきついんだから、ほんとこういうの勘弁してよ。
「もうすぐ頂上だから、がんばれよ」
何事もなかったかのような顔をして《吟遊詩人》が声をかけてくる。……くそっ、こっちの気も知らないで。最後に「腹くくれ」とか意味わからんトドメをさしておいて、平気な顔して励ましてくんじゃないよ!誰のせいで無駄に疲れてると思ってるんだ!!!
や、てか、本当に。《魔王》も《吟遊詩人》も意味不明すぎる。
私に《暗殺者》を託す~~~?……そんな発想どこから出てくるんだよ。てか、そんなこと言ってるの知れたら《暗殺者》に怒られるぞ。うん、絶対キレると思う。
そもそも、だよ。《暗殺者》が今私に引っ付いてるのは、私がちょっとその辺にいない変わったやつで、面白い奴だからだ。……私としてはひどく心外な言われようだと思ってるんだけど、《暗殺者》いわく、そういうことらしい。
つまり、私に対する《暗殺者》の興味は一時的な好奇心。観覧車で話した初体験同士云々の話がその引き金になったのは間違いない。
と、いうことはですよ、《暗殺者》は仮に私の貞操を奪うことができたら、面白味がなくなったって離れていくことは簡単に予想がつく。てか、その様子がありありと想像できる。《暗殺者》は欲しいものを捕まえちゃったら、それで興味を失っちゃうような気まぐれなタイプでしょ、絶対。
そんな相手託されてもね……。てか、万が一私にその気が芽生えたとしても、《暗殺者》にそんな気ないんだから、託すなんてこと成り立ちようがない。
そりゃ、私も純粋に若かったら深く考えずそんな相手にも心を許して恋をして、んで振られて泣いて時がたつのを待って、青春の思い出の1ページとして振り返ったりできるかもしれないけどさ、すでに三十路直前まで生きた手前、そんなの今更欲しいなんて思えない。
綺麗な思い出ならいいけど、黒歴史となった青春時代を過ごした友達の話をいくつも知ってるし……。そんな都合のいい綺麗な思い出なんて、そうそうないことを私は現実として知っている。
私がさっちゃんにのめりこみすぎて修羅場、なんてことには絶対にならないけどさ、遊び半分で近づかれて大切なもの持っていかれるなんてこと、みすみす起こそうなんて思えないんだよねー。
なんやかんやで結局泣くのは女だと思うし。割り切ってても一線超えちゃうと妙な感情生まれちゃって、少なからず寂しい思いをするっていうのはすでに経験済みだ。すごい浅くてぬるい悲しさなんだけど、だからこそすごい虚しくなるんだよね。
せっかく生まれ変わったのに、わざわざあんな後味悪い思いすることなんてごめんだ。
……いや、てかそもそも私が《暗殺者》と一線超えた関係になるとか、そういうこと事態がありえないんだけど。絶対、100パー、ありえない。
だからこんなこと考えるのだって無駄だっていうのに……、《魔王》と《吟遊詩人》が意味わかんないこと言うから、余計なことまで考えちゃうじゃんか。
これからさっちゃんと合流する予定なのに……なんか顔合わせるの気まずくなるわ!
……てか、あれ?さっき《吟遊詩人》がもうすぐ頂上って言ってたよな?予定だととっくにさっちゃんが追いついてるはずなんだけど……。2年のほうが先に出発はしたけど、さっちゃんの身体能力なら余裕でここまで追いつけるって、《魔王》たちとも話してたはずなのに、……どうしたのかな?
「きゃあぁ!」
疑問が頭をよぎるのと、叫び声が聞こえたのは同時だった。はっとして顔を上げると、前方のほうがなんだか騒がしい。
隣を歩いていた《吟遊詩人》も周りの生徒に止まるように指示してから、前方に声をかける。
「どうした!?」
「大変です!女子生徒が1人、蛇に襲われたみたいで!!」
「そんな、人を襲うような蛇はこのあたりにはいないはずなのに!」
1人の男子生徒が前方から走ってきて《吟遊詩人》に前のほうで起こったことを伝える。ここは毎年登山で使ってるコースだから、危ない蛇とかは確かにないはずだ。自然のことだから絶対なんて言いきれないから、たまたま危険な蛇がこのあたりまで来ちゃってたのかもしれないけど。
舌打ちをしながら《吟遊詩人》は前方へと駆け出す。
「平野、お前は真白と鬼勢から離れるなよ!」
「は、はい……」
駆け出しながらも後ろを振り返りながらこちらを気遣うように声をかけてくれた。担任って大変な立場なのに気を遣わせて申し訳ないなと思いながら、少し前を歩いていた真白達に近づこうと一歩踏み出そうとした。
ところが、その足が地面につくことはなかった。身体が、後ろから引っ張られてぴたりととまる。
「うえぇ!!?」
何事だ!?と驚きながら振り返ると、そこにはB組の男子生徒が立っていた。私の背負っているリュックを思いっきりつかんで、前に進むのを阻もうとしている。
その目が虚ろなことを確認して、一気に冷汗が噴き出す。頂上に近づいたこの道は、崖ギリギリの狭い道。このままリュックごと横に引っ張られたら、確実に崖から落ちる。
なんとかリュックを投げ捨てて、真白達のほうに行こうとしたけど、髪の毛を引っ張られてまた後ろに引き戻された。
「ま、真白!!」
「え?」
とっさに声を上げたら、前方に気を取られた真白と《魔王》がこちらを振り返った。でも、ちょっと距離があるせいですぐには駆け付けられない。
髪を引っ張ったまま、男子生徒は崖へと私の体を引きずる。必死にもがくけど、最後は腰から抱えあげられて崖際ぎりぎりまで運ばれた。後は男子生徒が手を放せば、私の体はまっさかさまに下に落ちていくだろう。
こ、これはマジでやばい……!さ、さっちゃん!早く助けにきてーーーー!!!
湧き上がってくる恐怖に、無意識に《暗殺者》の顔を浮かべて助けを求めた。
「残念だったな」
「え……?」
そんな私の思考を読み取ったかのように、男性とがにやりと笑う。
「《暗殺者》はお前を助けに来ない」
「な、なんでそんなことがわかるんだよ!?」
「わかるさ」
「あいつも、今頃崖の下だろうからな」
不敵に笑う男子生徒の言葉に、思考が停止する。え?あの猛獣並に強いさっちゃんが、崖に突き落とされる?
……んなわけあるか!
一瞬信じちゃったけど、でもたかが男子学生が何人寄ってたかったってさっちゃんを危険にさらすことなんてできない。それくらい、あの人の猛獣っぷりは規格外なんだから。
でも、きっとさっちゃんのほうも別口で襲われてるのはこの男子生徒の言い分からして間違いない。だから、ここに来ようとしても来れなかったんだ。
何とか時間稼ぎをしたら、さっちゃんが駆けつけてくれるかもしれない!てか、その前に真白と《魔王》が助けてくれるはず!!
「無駄だ」
そう言った男子は躊躇することなく、私を崖のほうに放り投げた。一瞬体が浮いた、と思った瞬間、重力に任せて体が落下を始める。
「っひ、ぎゃああああぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
「奈美!」
「平野!!?」
手を伸ばそうとする真白と《魔王》の姿が一瞬で遠のいていく。
やっ……マジで、死っ……!!!!?
体が落下する感覚と頭をよぎった死に対する猛烈な恐怖に耐えきれず、私は意識を失った。




